077.王都出立前 8(アズ視点)
「アズはん、無事でよかったでヤンスよ」
「や、や……ヤンスさんっ、顔近いっ」
「?」
「イケメンがアズを抱きしめてる……」
「き、キッカっ!?」
後退して来たキッカが戻り様にジト目で私を責めて来る。……あ、キッカは元々ジト目だから、責めてるわけでもないか。
「羨ましい」
「キッカは何を羨ましがってるの!?」
「アズを抱きしめてるのを」
「そっち!?」
「……逆に聞きたい。どっちという選択肢があることを。アズを抱きしめる以外の選択肢を聞きたい」
しまった。キッカはいつもこんな感じだった!
キッカが「まさか私がそんなイケメンに抱きしめられたいと思っているとは思うまい?」となぜか含んだ言い方で言ってるけど、それはそれでおかしいんじゃないかなっ。
「イケメン、でヤンスか?」
「アズがトキメクイケメンでヤンス。ヤンスさんは」
「と、ときめいてないけどねっ!?」
「まさかの正体に驚きを隠せないでヤンス」
「ヤ、ヤンス……?? イケメンってなんでヤンスか??」
ヤンスさんが困ってる。
その困ったり笑ったりしてるのも、いつもだったらフードで顔が隠れてるから一緒に笑えたけども、この、ちょっと整った眉が歪んで苦笑いする様は、貴すぎて直視ができないっ。
「にふふ。アズが恥ずかしがってる。ぱしゃりと」
今、キッカなにした!?
思わずどんっと押してヤンスさんから離れてしまうけど、ヤンスさんはヤンスさんで気にしてくれなくて助かった。
ううう、まだドキドキしてる。……いきなり顔面偏差値の高い人に抱きしめられて目を開けたら目の前にいるとか、それが知り合いだったとか、ほんと勘弁して欲しい。
「とにかく。助かった、ヤンスさん」
「困ったときはお互い様でヤンス」
「ヤンスさんっ!」
ぐしゃっと潰れる音と、ハナさんの声が聞こえた。
返り血みたいな紫の血がついたハナさんが、息を切らして合流する。
……ハナさん、もしかしてゴブリンを撲殺してきた……?
「ヤンスさん、ありがとうございました」
「あれだけやれたら御の字でヤンスよ」
「ヤンスさんの針で弱めてくれなかったら私もどうなっていたか……」
「そのままにしちゃって申し訳ないでヤンス」
「いえいえこちらこそ」
「ヤンスヤンス」
右手のメイスから滴る魔物の血。左手の丸盾にも所々に血の跡があって、ハナさんがどれだけ背後で頑張ってくれていたのかよく分かる。
キッカとハナさんの戦いも。シレさんの魔法も。どれも凄い。私なんて弓撃つくらいしかできないから。
「これで仕切りなおし」
キッカが振り向いて剣を構えた。
残りはキッカが押えてくれていた九体のゴブリン。
ヤンスさんも合流してくれたから、きっとなんとかなると思う。
そう思うと、先ほど捨ててしまった弓を拾い上げる手にも力が籠もる。ヤンスさんが来てくれてこんなにも心強いと思うのは、初心者同然の私達だけだったから不安だったのかもしれない。
「ヤンスはかく乱と援護がメインでヤンス。ヤンスが突っ込んで少しだけダメージ負わせておくでヤンスから、その後に皆で各個撃破でヤンスよ」
ヤンスさんがちゃきっと音を立てて針を複数持って構えた。
私もこくりと頷いて弓を構える。
「キッカさん、またいけますか?」
「いけるけど、囲まれたら辛かった」
「背後の大群は、セシルさん達が大暴れしてくれててこっちにヘイトが向いてないので大丈夫だと思います。私達の正面を倒してから援護に向かいましょう」
「じゃあ、私とハナさんは、ヤンスさんが突っ込んだ後に遅れて突っ込んで倒してく」
ハナさんとキッカが前衛。ヤンスさんが突撃後に戻って中衛で援護。私とシレさんが後衛。背後はヤンスさんが両方を見て臨機応変に対応してくれることになった。
「アズさんとシレさんは引き続き援護してください」
「シレはん。ローザはんから受けた補助魔法が切れたでヤンス。補助魔法欲しいでヤンス」
「皆さんにかけます。……【
「……シレはん? なんか、気が抜ける魔法でヤンスね??」
「えっ!?」
続けて、ハナさんの指示が飛んで、ヤンスさんの依頼にシレさんがみんなに補助魔法をかける。シレさんが私だけに回復魔法をかけてくれて、じくじくと痛かった痛みがすぐに消えていった。痕も残ってないのだから魔法って凄い。一気に力が湧いてきて、更に勇気付けられる。
あと、ヤンスさん。よくシレさんに言ってくれましたっ!
「いきましょう!」
「いくでヤンス!」
「イケメンが離れていくからってアズは一緒に突っ込まないように」
「もぅ! キッカっ!」
キッカの悪ふざけに、心が軽くなる。
出来ること。今は私に出来ることだけをやる。とりあえず、弓を撃つ。
当たらなくてもいい。それが牽制になって前線の助けになるだけでいい。
私はぎゅっと構えた弓に力を籠める。
その力が、みんなを助ける力になるように願いを込めて。
「【早撃ち】っ!」
今出来る、最善を、放つ。
……
…………
…………………
シレさんの【
私の弓も動きを阻害して、一体倒すこともできた。
私達の戦いが終わる頃。
「おつかれさまー……」
「シレー! 大丈夫かぁ!」
「わっ……ジンジャーさんいきなり……っ」
私達が援護に向かう前に冒険者組の戦いも終わりを告げ。
疲れた表情を浮かべる、衣服も返り血で汚れたセシルさんの横を、凄い勢いで走ってきたジンジャーさんがシレさんを抱きしめてシレさんが恥ずかしそうに慌ててる。
修道服がぼろぼろになったローザさんととんがり帽子が破れて怒ってるリディアさんが合流して私達をねぎらってくれた。
「あんたたち、ほんと凄いわね」
「ハナさん、アズさん、キッカさん怪我はないですか? あるなら回復しますよ?」
「ハナさん、キッカ。大丈夫?」
「大丈夫。かすり傷もない。アズが抱きしめてくれれば治る」
「何が治るのよそれ」
私とキッカの会話に優しく笑いながらハナさんも怪我がないことを伝えると、ローザさんがほっと息をはいた。凄く心配してくれてたんだなって思うんだけども、今はローザさんの服装のほうが心配だったりします。なんだかんだで豊満なローザさんなので破れているとどこ見たらいいかわかりません……。
「お前等、よく頑張ったな! トラブルもあったけどよぅ、これで駆け出し冒険者くらいにはなれただろぅよ、やったな!」
「ジンジャーさん、このトラブル切り抜けて駆け出しなら今までなんだったんでヤンスか」
「そりゃおめぇ……町の便利屋さんじゃねぇかぁ?」
「……そっちのほうがランク的によくない?」
ジンジャーさんから少しだけ離れたシレさんがジンジャーさんのたとえにツッコミを入れてる。それよりも恥ずかしいから離れたいけど離れたくなくてぴとっと傍にいるシレさんが恥ずかしそうにしてて可愛い。
「で、さ。今回のコレを引き起こしたバカはどこいったのよ」
「バカイン。このしでかしは冒険者証剥奪されても文句言えないと思うわ」
セシルさんとリディアさんがとにかく怒ってる。
私も、ああ。やっぱりそれくらいのことをしでかしてたんだ、バカイン。という思いが湧き上がってくる。
まだ戦ったことがほとんどない初心者にゴブリンの群れをつっこませるとか本当に何を考えてたんだろう。
これがもしさっき言っていたように、シレさんに自分のいいところをみせようとしてという行動だったなら、呆れてものも言えないし逆効果にもほどがある。
「キツネさんに言って、本当に剥奪してもらう?」
「あ、それいいですね」
キッカの意見に私も賛成だ。
私達はまだ数もいたほうだったから幸運だっただけで、私達だけだったらきっと死んじゃってた。
ヤッターラ伯爵家に徹底抗議してもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます