075.王都出立前 6(キッカ視点)
「キッカさんはそのまま気にせず! 私は後ろを守ります! 間の二人はキッカさんのほうが敵は多いので優先的に排除してください!」
「分かった。突っ込む」
「ハナさん、私もハナさんを援護――」
「背後はそのうちジンジャーさん達が増援にきます!今はキッカさんに群がる敵に集中してください!」
ふむ。なかなかいい判断。
私はハナさんの判断を信じて目の前のゴブリンに突っ込んでいく。
私が走り出したところでハナさんがアズとシレさんの背後に回った気配を感じる。
ぼこっと一発大きな音がしたから、多分ゴブリンを撲殺したんだとは思うけど……ああ、ハナさんもきっとあのいやぁな感触味わっただろうな。
私とは違って、より感触が生々しいんだろうな。
「キッカちゃん、いくよっ!」
私が走ると同時に、後ろからシレさんの魔法が飛んできた。
「【
「ぉぉう」
足にかかったシレさんの魔法は、私の走る速度を一気に加速させる。
気づけばすぐ目の前にゴブリンが数体。
「【
「おぉぅ」
薙ぎ払う刃がするっとゴブリンの体に吸い込まれていく。
ぎちぎちに硬そうな肉質は、豆腐のように私の振るう刃を吸い込み、目の前のゴブリンを一気に二体を上下を分けて地面にひれ伏せさせた。
「【
斬り捨てた私の動作の終わり。
止まったところでゴブリンが一体私に棍棒を振り下ろしてきた。
シレさんが使ってくれた補助魔法のおかげで体が動かせる。斬り終えた体勢から無理やり体を動かして棍棒にがむしゃらに持っていた剣をぶつける。
変な体勢だったから剣の峰に棍棒がぶつかった。
私が握っているからか、私の体に生じた防御アップの効果もあったのか、棍棒はばちんっと弾かれてゴブリンがよろけた。
「【早撃ち】!」
アズの弓がひゅんっと鋭い音を立てて私の横を通り過ぎていく。
よろめいたゴブリンに――
「……あれ?」
――当たることはなく。
ゴブリンの手前にさくっと小気味いい音をたてて地面に突き刺さった。
「アズはへたくそ」
「しょ、しょうがないでしょ!」
でもゴブリンには効果はある。
よろめいていたゴブリンは、足元に刺さったそれを見て地面にそのまま尻餅をついた。
そこを私の一閃が首元を抜けていく。
「ゔ」
思わず剣から伝わってきた肉が切れていく感触に呻いてしまう。
途中硬い何かに当たった。
それが何かなんて考えたくもない。
すぽーんと音をたてて――とコミカルに思いたい――首が飛ぶ。
あれだけの質量が抜けていけばそりゃ押し出されて飛んでくのは当たり前。
「……」
これをどれだけ経験しなければならないのだろう。
そう思ったらぐっと口元に気持ち悪さが競りあがってくる。
「キッカっ! 危ない!」
アズの焦った声が聞こえる。
周りのゴブリンが動きを止めた私に一斉に襲い掛かって来ていた。
アズの【早撃ち】スキルで飛んできた複数の矢がゴブリン数体に突き刺さって動きを止める。
だけどもその数はまだ多い。
正面の、緑の壁のようなゴブリンに私は自分がこのまま組み倒される未来を浮かべてしまう。なるほど。これがくっころさん。
むわっとしたゴブリンの体臭に顔をしかめる。まさか近づかれただけでこんなに匂いが凄いとは。
こんなのに押し倒されたら私は確実に吐く。至近距離まで顔を近づけられたら。襲われたら。確実に気絶する。
ああ、なるほど。そこから私は連れていかれてみんなとはおさらばなのか。
なんて未来をよぎらせては、その未来にぞっとする。
避けられない。私の技量では。
だけども私には回避スキルがある。
「【葉崩し】」
スキルの名を浮かべて呟く。
体がひらひらと地面に落ちる葉っぱのようにゆらりと動いた。
勝手に体が動いていく。今この瞬間、スキルがこのピンチを最適解で私の体を自動で動かしていく。
ゴブリンの拳が、私に組みかかろうとする手が。
それらを舞うようにひらひらと動いて一つ一つを丁寧に柔らかく避けていく。
数瞬。
気づけば私は、襲い掛かって来ていた五体のゴブリンの背後に抜けていた。
「【
何が起きたのか理解できていないゴブリンが私を探す。
背後にいると気づいて振り返ったところにシレさんの魔法が炸裂して一体が炎に巻かれて黒焦げになっていく。
「ゔ」
焼ける匂い。
たんまりと焼けたその焼死していく人型の魔物に、もう限界だった。
ぴょんぴょんとその場を離れる。
吐きたい。でも吐いてる間に私はきっと倒される。
少しだけ離れたことで匂いも緩和。ぐぐっと口を押えて一気に飲み込む。終わったら後で思いっきり吐く。
「【三瞬突き】……」
隣で燃えた仲間に唖然とした表情を浮かべて立ち尽くすゴブリン三体に向かって、私は【三瞬突き】を撃った。
前にキツネさんに見せてもらった【三瞬突き】は、上下に撃たれてたけど、意識して左右に並ぶように撃つことで三体のゴブリンに一つずつ突きが入る。
普通だったらそんな分散するようなことはしたらダメかもだけども、キツネさんの家から拝借したこの黒い剣ならきっと大丈夫。
多分この剣、普通の剣じゃないから。
「ギ、ギギャ」
「ググゥっ」
二体が苦しげな声をあげてそのまま倒れていった。一体は胸元から血を噴き出させながら私に飛びかかってきた。
さっきみたいに【葉崩し】で避けようとするけど、スキルにはクールタイムがあってすぐには使えない。
緊急時だけに使えるようなものと考えるなら、いつでも【葉崩し】と同じく回避できるようにならなければこれからが辛い。
私は突きから戻した剣を構えなおした。
飛びかかってきたゴブリンが、渾身の力を込めて私に棍棒を振付ける。
ぶおんっと風を斬る音に、私の肝が冷える。
本当ならこれが当たったら、ハナさんのメイスをぶつけられたゴブリンみたいに吹き飛んじゃうんだろう。
シレさんの補助魔法がかかっているからといって油断はできない。
相手も死に物狂い。
私は今、命のやり取りをしているんだ。
棍棒を剣でいなす。じぃんっと腕がしびれるような痛みに顔をしかめるしかなかった。次は受け止められない。
薙ぎ払われた棍棒は上半身を引いて避ける。再度振り下ろされた棍棒は、バックステップで距離をとる。
「ギギャッ!?」
棍棒が地面を削る。飛び散る土塊に、あんなの体に当たったら絶対死ねると、当てられないためにも動きを止めたゴブリンに向かって剣を振りかぶる。
「はぁぁっ!」
気合の、一閃。
とすっ。
私の気合の一撃がゴブリンに当たる前に、ゴブリンの眉間から鉄の鏃が飛び出した。
「あ、当たった!?」
アズの【早撃ち】で飛んできた矢が、ゴブリンの眉間を背後から貫いたみたいで、たらりと一筋の紫の筋を作ったゴブリンが私の横を倒れていく。
「……アズ、私の見せ場だった……」
「やったっ!って……えっ!? そんなこと言ってる暇じゃないでしょ、キッカ!」
まだ軽口たたけるくらいには余裕はある。
後ろには頼もしい仲間達。まだまだ回りを囲むゴブリンはいるけども、きっとこの場は切り抜けられるはず。
そんなことを「フラグ踏み抜いたかも」とか思っちゃう私は、そろそろ自分が本の世界ではなくて自分自身が異世界にきちゃったってことを自覚したほうがいいかもしれない。なんて思う。
さて。フラグ回収去れないように頑張らないと。
そう思いながら息をすうっと吸っては吐いての深呼吸で心を落ち着かせ、目の前に残る魔物を睨みつける。
私達の本格的な実戦は、まだまだ先は長い。
残りゴブリンは、十二体。
私の前にいるのと、ハナさんが後ろで抑えているのに分かれている。
そして。
「……っ! しまっ――……っ!」
私は、先程の【葉崩し】で抜けたときに。
一体。倒しきれていなかったことに、気づくのに、遅れた。
「シレさんっ!――ふっ、ぐぅっ!?」
振り返る。
数がおかしい。そう思って振返った時、私の前にいたゴブリン数体に襲いかかられて動きを阻害される。
私とシレさん達の間に一体。
死んだふりして立ち上がったゴブリン。
そのゴブリンが、シレさんに狙いを定めて襲いかかる。
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