072.王都出立前 3(アズ視点)


 目の前に現れた魔物をじっと見つめると、自然と武器を握り締めていた手にも力がこもっていくのがわかった。


 今目の前にいるのは緑色の皮膚をした、切れて薄汚れた布を腰蓑にして腰回りを隠すだけの裸の小鬼。ゴブリンだ。

 手にはその体にあわせたのか、太い棍棒を持って、私達を威嚇する。

 その数二十体。ぐるりと囲まれて、私達は逃げ場を失ってしまっていた。


 どうしてこんなことになったのか。私達はただ薬草採取をいつも通りしていただけなのに。













 ヤンスさんのスキル【鎧通し】を実際に見てその手にかかった魔物――キラーラビットの血抜きが終わった頃。

 私達も同じく今日の薬草採取が終了した。

 今日はカインがいなかったからとても楽しく採取ができたと、久しぶりに皆で笑いあって楽しむことが出来た。

 やっぱり、私達の知らない世界とはいえ、異世界に来たんだからここでしか出来ないことを経験してきたい。もしかしたら元の世界に戻ることだってあるかもしれないし。


「今日はなぁ……お前達に魔物と戦ってもらおうと思ってるんだが……」


 ぽりっと頬を掻く仕草をしながら、言いづらそうにジンジャーさんはそう言った。


「前回キラーラビットと戦った」

「まぁ……キラーラビットはぁ……魔物とカウントされるとなぁ……」


 キッカの答えに、ジンジャーさんが言葉に詰まる。


 私達は先日、キラーラビット討伐という激闘を経験した。


 キラーラビットはとても強敵だった。

 あの可愛い目をしてるのにイッカクみたいな尖った角を向け、とんでもないスピードで突進してくるキラーラビット。

 角がなければそれこそ胸いっぱいに抱きしめるのに、あの角が邪魔すぎて。

 弓を射掛けるときも、目と目があってしまったらもう大変。

 倒せるものも倒せない。


 まずはシレさんが私達に覚えたて――やってみたら出来たらしいけど、それなんてチートなの――の防御魔法【バリア】を私達に張ってくれて、突進してきたキラーラビットを、ハナさんが丸盾を持って角の攻撃を受け流しつつキラーラビットの頬に一撃バッシュ、後退するかのようにくるりと回って着地して再度の突進を仕掛けようとしたところを私の弓矢でその瞬間を牽制。動きを止めたところをキッカが一刀。


 そんな激闘を繰り広げて、今に至る。


 真っ二つになって地面に転がるキラーラビット。

 終わった後、それを見て思うところはあった。直接倒してない私が、その内包物も出して地面に染みを作るソレを見て吐き気を催したのだから、それを行ったキッカなんてもっと思うところはあったんじゃないだろうか。

 でも、この世界では魔物がいる。殺さなければ殺される。

 いくら可愛くても、向こうは自分を殺しに来ているのだ。そう思ったら、相手の命を奪うことに、忌避なんて感じていられない。気持ち悪いけど、それでもそれを飲み込むしかないって思った。……物理的にも。


 思ったよりあっさり倒せはしたんだけども、ジンジャーさんとヤンスさんからしてみると、キラーラビットに四人がかりで倒すのはそれくらい冒険者としては当たり前ではあって、一人で倒せるのが普通だって聞いた。


 私達が使っている武器はキツネさんが屋敷から引っ張ってきた武器なんだけども、魔物を簡単に倒すことができないのは武器が通りにくいからと聞いていたのに、スキルを使わず意外とすんなりと斬ったりすることができた。

 異世界人だからなのかな。それとも、非戦闘員の人がもつ武器と冒険者が持つ武器にも違いがあったりするのかな。冒険者になれるっていうのは、平民と呼ばれている普通の人達とは違うのかもしれない。


「ジンジャーさんはどの辺りを考えてるでヤンスか?」

「んー、せいぜいゴブリン、コボルト辺りかぁ……オークまで行くと危険だからなぁ……」

「この辺境から王都まで向かう草原だったら、はぐれゴブリンとかコボルトがいるのでその辺りを探してみるのもアリでヤンスね」

「あの……」


 ジンジャーさんとヤンスさんが私達が戦う魔物を話している時、話を聞いていたハナさんが声をかけた。


「もしかして、狼とか、大型犬とかも、いますか……?」


 その質問に、私はぞっとした。


「……狼……」


 私は、【封樹の森】と呼ばれた森で殺されかけた狼や顔が複数ある口から火を吐く大型犬を思い出した。

 あんなのが、ここに、いる……。

 キツネさんは何がおきたか分からないレベルであっさりと倒してたけど、私達が到底敵う相手ではない。


「あー……」

「ジンジャーさん、気にするなでヤンスよ」

「?」


 急にジンジャーさんがしゅんっと落ち込んだ。なんで?


「……えっとな、多分その狼ってのは、エルダーウルフっていう、この領都でも結構上のランクの魔物でな、後、その大型犬ってのはなにかはわからねぇが。……ああ、あれか? Aランク級の化け物、地獄の番犬サーベラスか」

「エルダーウルフと地獄の番犬……」


 そんな名前なのかと、今更ながらに知った。あんなのがごろごろいるとしたら、ここは私達みたいなのが居ること自体おかしいんじゃないだろうか。


「ちなみにな……エルダーウルフを討伐できるパーティは、王都ではB級冒険者と同等の実力があるとみなさて一目置かれるわけだがなぁ……」

「ヴィランでは、C級冒険者パーティなら一体倒せたら御の字でヤンスよ」

「???」


 場所によってランクが違う? どういうことだろう。

 え。というか、ものすごく強い部類?


「さすがに地獄の番犬は都市を滅ぼしかねない化け物だからでてこねぇけどな」

「ゲームで言うなら。変異種とか古種とかの違いがある?」

「ゲームってのがなにかは分からないでヤンスが、同じ種で強さが違うって感じでヤンス」

「前半に出てきたボス級の敵が、後で通常の敵として出てくるみたいな感じ?」

「キッカちゃん、それ、敵の強さが変わらないけど自分達が強くなってるから弱く見えるパターンだから違うわよ」


 シレさんが珍しく笑っている。カインがいなくてジンジャーさんが近くにいてくれてるから嬉しいみたい。


「敵のレベルが場所によって違うって感じですか?」

「「それ」」


 それが一番しっくりきた。

 そうか。つまり、ヴィランは森の敵が凄く強いってことね。ある意味隠しダンジョンとか、ラストダンジョンとかって考えたほうがいいのかも。


 ゲームで例えるのもどうかと思うけど、王都が始まりの場所だとして。だから強い敵はあまりいないけど、時々出てくるフィールドボス的な強い敵がいて、倒せたら認められるとか。でもこの領都に来てみると、そのボスが当たり前に出てくるところだったりして、あとで立ち寄るレベル上げの場所?


 ……だったら、そこから始めてる私達って、いったい……。

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