071.王都出立前 2(アズ視点)


「よぉし、お前等、今日は俺がお前達に技ってのを教えてやる。ヤンス、準備はいいかぁっ?」

「ヤンスってるでヤンスっ!」


 いい加減ヤンスさんのヤンス加減が私達にもうっすらと分かってきた。

 あのヤンスは多分「準備ができてる」って意味のヤンスだ。ん? 違うかも。もしかして今のヤンスは「やってやる」って意味かもしれない。

 ううん……難しい。


 なんて、ヤンスさんのヤンスを聞きながら和んでいると、ぽすっと草原からキラーラビットが草陰から飛び出してきた。

 キラーラビットはホーンラビットと同一のうさぎさん。白いか黒いかの違いしかないみたいなんだけども、白いのがホーンラビットで黒いのがキラーラビット。可愛い赤いおめめで私達を誘惑して、その尖った角で私達を刺し殺そうとしてくるとっても凶悪なうさぎさんだ。


 薬草採取のオーダーを最初に受けた時に、あまりの可愛さにみんなで近づいたら、凄い突進で突き刺されそうになって死んだかと思ったのは、数日前とはいえいい思い出。

 今は可愛いおめめを見ても、可愛い、ぬいぐるみ欲しい。ぎゅってしたい。おうちに一匹欲しい。とか思うけども、殺さなきゃこっちが殺されちゃうから、見つけたらすぐに倒すようにしてる。

 このキラーラビットは、直線的に飛びかかってくるのが基本攻撃。ただその突進が初心者冒険者には致命的で、特に視界の外側の遠くから突進されて死んじゃう人だっているって話を聞いてぞっとした。

 言われてみれば、近くで突進されてかろうじて避けられてはいるけども、気づかないほどの遠くから突進されて、その尖った角を突き刺されたらとても痛いと思う。痛い、というか、貫かれちゃうみたいだから本当に注意しなきゃいけない。


 今回も、草陰から数匹――くっ、家族かな、家族なのかな、可愛いな可愛いな――でてきたキラーラビットは、一瞬体を引いたと思ったら、足を蹴った。これが突進。体を引くのは、力を溜めて突撃するための予備動作。

 これが分かっていたらまっすぐ飛んでくるのが分かるので、その突進がとんでもないスピードだったとしても、後はタイミングを合わせるなり避けるなりして突進をかわせばいい。


「ヤンス!」

「ヤンスっ!」

「そこだ、ヤンス!」

「ヤンスでヤンス!」

「よっしゃ! やったなヤンス!」

「ヤンスヤンスヤンスー!」


 もうどっちがヤンスなのか分からないくらいヤンスが連呼される。

 ヤンスさん、本当にそれでいいんですか。


 ジンジャーさんとヤンスさんが盛り上がってる中、ヤンスさんがなにをしたのかっていうと。

 一回目のジンジャーさんの掛け声の「ヤンスっ!」の時はそのかわした時のヤンス。ここは私達も経験したことのある、突進をかわしたのと一緒。

 二回目の「ヤンスでヤンス!」の時は、かわし様に首元を突き入れたときのヤンス。

 三回目の「ヤンスヤンスヤンスー!」が倒した喜びのヤンス。


 この二回目のヤンスの時に、ヤンスさんはスキルを使っている。

 まるで生きているかのように絶命しているキラーラビット。この状況を作ったのが、ヤンスさんのスキル。


「【鎧通し】ってやつでヤンス」


 ヤンスさんは細い針のような武器を使用している。

 時に相手の武器を受け止める細い盾に、時に投擲用に投げられたり、時にジンジャーさんの腰痛治療の針治療。シレさんの肩こり針治療にも使われれる、様々な使い方のある針。

 その針を突き刺しキラーラビットを絶命させているわけだけども、そんな細い針がうさぎさんとはいえ、魔物に通るのだろうか。

 魔物は普通の動物とは違って、外骨格が厚い。その骨格を覆う肉も強靭。普通の武器――例えば、料理に使う包丁などで戦ったとして、一般人が斬りつけても打撃として扱われる程度でダメージが通るだけであり、その武器が斬りつけとカウントされることがない。流石に何度も同じところを斬っていれば斬れるみたいだけども、寸分狂わず斬りつけられるっていうのも凄い話だと思う。

 なので、ヤンスさんがもっている針等に至っては、魔物を倒せる程の力を持ち合わせているわけではない。なのにヤンスさんはそんな魔物を一撃で葬った。



 それを為すことができるものが、スキル。

 私も弓術を使うことで発動できると思われるものを持っているけど、こんな風に使いこなせるとは到底思えないくらい、ヤンスさんのスキルの使い方は参考になる。


 【鎧通し】


 私のラノベ脳のキッカ曰く。

 鎧と鎧の継ぎ目を狙って突き刺す短刀のことをそう呼ぶそう。

 今回のスキルで言うなら、キラーラビットの首筋に針を突き刺すとき、【鎧通し】を発動することで首の弱い箇所を貫いたってことになるんだと思う。

 しかもそれがヤンスさんの細い針で行われたってことなんだけど、スキルだけではなく、ヤンスさんの技量も高いんじゃないかと思う。


 傷一つないみたいに見えるキラーラビット。

 これだけ綺麗なら、剥製などにも使われるんじゃないかな。


「暗殺者みたい」


 キッカが言ったそれが、今のヤンスさんにとてもよく似合う言葉だなって思った。

 でも。


「……待って、ヤンスさん」

「? アズはん、なんでヤンスか?」

「もしかして、さっきの「ヤンスでヤンス!」のときの最初のヤンスって、【鎧通し】って言ってたんですか?」

「そうでヤンスよ?」

「……」


 ……ヤンス道。奥が深い。


 分かるようになった私も、多分、やばい。

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