069.神徒様の言う事は(アズ視点)


 私は今、とんでもないことを聞いた気がする。


 ばっと、扉から背後に向けて顔を向けた。

 そこにいるのは長い艶やかな金髪と螺旋を描く縦ロールのナッティさん。そしてそのナッティさんに抱きしめられて恍惚とした表情を浮かべているディフィと呼ばれていたどこぞのお嬢様。


 次に再度の扉前に目を向ける。


 そこにいるのはナッティさんと同じく金髪のさわやかな笑顔を浮かべる公爵様。

 ナッティさんのお父さんだけども、会って間もないけど、とてもいい笑顔をしていると思えるのは気のせいだろうか。


「お久しぶりです、お義母様」

「なっちゃん……本当に外堀から埋めていこうとするのやめて……」



 久しぶりに会ったようにも思えるそのキツネ面の人――キツネさんは、ナッティさんが言った爆弾発言にがくりと項垂れた。

 思わずお面がはずれてしまいそうになるほどだったんだから、とにかくがっかりしたんだろうと理解できた。


 ほんの少しずれたお面の先に見えるその顔は、とても綺麗な肌をしていて、余計にキツネさんの顔が見たい衝動に駆られてしまう。

 今まで見えた場所を総合しても、どう考えても美人さん。間違いない。


「いえ、私もお父様が次の相手を見つけるなら、気心の知れたソラさんが一番かと思っております」

「「も」って……他に誰がいるのよ…・・・」

「そりゃ私だろう?」


 そう言ってキツネさんの艶やかで滑らかなさらさらっとした黒髪を一房掴むと、公爵様はその黒髪に唇を落としてにこりと笑顔を向ける。

 おじさんとはいえまだまだ若そうに見えるイケメンがそれをやると、場所が場所なら黄色い声が一斉にあがりそう。


 でも、ここにいる誰もからそんな声が出ないのは、キツネさんを見る公爵様の桃色オーラが凄かったから。


 ……なにがすごいとは、言わないけども。



 なのにキツネさんは「げっ」と、女性が出してはいけなさそうな声を出してすすっとさりげなく公爵様から離れていく。


「私もね、周りから言われるわけだよ。若くに妻を亡くしてるからね。権力者の一人として、ドルさんやワナイが仲睦まじいところを見せてるから余計に相手をみつけろといわれててね」


 ずいっと一歩、公爵様が歩を進める。


「あんたならいくらでもいるでしょうが」


 すすっと一歩、キツネさんが後ずさる。


「いても私が気になってなければ仕方ないだろう?」

「いや、あんた貴族様なんだからそこらへんは諦めてとっとと見つけちゃいなさい」

「だから見つけて手に入れようとしてるんじゃないか」


 すすっと、更にキツネさんが後ろへ下がる。ずいっと一歩詰める公爵様。

 キツネさんがもう後がないところまで来た。

 私達が座るソファの前まで。


「うわぁ……あんた昔に比べて攻めが凄いわね……」

「こうでもしないと、シテン殿は私を気にしてくれないだろう? 昔の攻めでは分かってくれないみたいだからね」

「男に興味ない私としては、ほんとこういうのきっついんだけど」


 話をしながら、キツネさんがふわりと体を浮かせた。

 それはもう、あまりにも早い動きだったとしか形容できない。

 少なからず私の目には、急に目の前のキツネさんという人の体が溶けるようにゆらりと揺れて白い影を残したと思ったら、私達の座るソファの真ん中に座り込んでいたとしか。

 出されたクッキーをぽりっと食べる音が傍で聞こえてきてびっくりしてしまう。


「なっちゃんもそう思わない?」

「……流石に、いくらなんでも攻めすぎですね。時には引くことも考えないと、お父様」

「あれ、そうかい? 押してだめなら引いてみるみたいな感じかな?」

「引いても押しても男には興味ないってのっ!」


 呆れているというより、疲れたという印象が強く感じるキツネさん。

 「次は引いてみるとしよう」と笑う公爵様は、本気と冗談を交えてキツネさんをからかっているところもあるのかもしれない。

 本当に愛を伝えているのかもしれないけど、どこか、じゃれあいたいという印象の強い公爵様。キツネさんが公爵様のことが好きだったとしたらいいカップルなんじゃないかと思う。


「そうそう。なっちゃん、ちょっと相談あるんだけども」


 ぽりっと、クッキーを一つまた食べるキツネさん。

 やっぱり食べる時はお面の口元が消えて、笑顔の口元が見えている。

 唐突に相談があると伝えたキツネさんに、ナッティさんは居住まいを正して改めて聞く姿勢をとった。

 私達の間に来たことで左右に座れなくなった公爵様は、ナッティさんの隣に座って話を聞くことにしたみたい。


「この子達をさ、王都に連れていきたいんだけども」

「ええ、では王都へ向かう際に一緒に連れて行きますよ」

「話が早くて助かるわー。じゃあ、あっちでこの子達の面倒もよろしくね」

「「「「へ?」」」」

「ああ……学園に編入させるのですね。なるほど。私の従者という立ち位置でよろしいですか?」

「凄いねなっちゃん。さすが才女。それで大丈夫よー。私ちょっと口滑らせちゃったもんだから少しだけこの子等を面倒見てもらいたかったのよ。なっちゃんなら安心安心」


 とんとんと。まさにとんとん拍子という言葉があっているような、そんなスピードで決まっていく私達の今後。


 学園? 王都???


「護衛はどうするんだい?」

「ドーターんとこから出したら堅苦しい騎士とか出てくるからいらないわよ。別部屋で待機させられちゃってるC級冒険者パーティの【ボッケイル】の二人にお任せしちゃうわ。ついでになっちゃんを守る感じのテイにもするからワンランク階級あげちゃおう」

「なんてあっさりと……」


 そんな勝手にあげていいのかと思ったけど、今思えばキツネさんってギルド長代理権限を持ってるからそういう融通も効かすこと出来るんだって気づいて権力って怖いって思う。


「勝手に決めちゃっていいのかい?」

「いいのよ。私があげるっていえばあがるのよ。それとも、神様の使徒たる私の言う事に文句ある? あ、でも本気でギルド長代理権限、返すからね」

「返されても困るからそのままでいてほしいね」

「だったらその迫ってくるのをほんとにやめて、他を探しなさい。わたしゃ、誰のものにもならんのさ」

「うわぁ……なかなか厳しい二択だ」

「あ、それこそ使徒たる私の言う事を聞けないなら……」

「シテン殿、それシャレにならないから勘弁して」

「しつこいからって権能使わないから安心なさい」


 ジンジャーさん、ヤンスさん知らないところで階級勝手にあげられちゃってますよ……。

 私の中で、ヤンスさんが「ヤンスっ!?」って言ってる光景が目に浮かんだ。


「あ、あんた達。明日から冒険者としてしばらくジンジャー達とちょっとだけオーダー受けてみなさい」

「「ええっ!?」」

「階級はD級からね」


 元々そうするべきだと思って今度相談しようと思ってたのでいいけども。

 私達も勢いでかのように、冒険者にされちゃいました。





第二章:領都『ヴィラン』の悪役令嬢様


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