068.領都の悪役令嬢様 17(アズ視点)


「なるほど……ドーターというのは娘や令嬢という意味を指して、ヴィランというのは悪役と言う意味なんですね」


 ぱさっと、扇子を持ち出し広げたナッティさんが、口元を隠して再度の確認のように私達に聞いてきた。

 その声はどこか震えていて。ああ、多分笑っているなこの人って思った。


「……ちなみに、私の場合はどうでしょうか? そういう意味になりますか?」

「ナッティさんですか?」

「ナッティン・ヴィラン。ヴィランが悪役という意味なら、ナッティンがどういう意味を持つかによっては、私も父を笑うことができませんから」


 言われてみれば、ヴィラン家の娘という意味で、ナッティさんがドーターという名前であればとてもすっきりする気がした。

 じっとナッティさんを見てみる。

 その優雅で美しささえ感じる芸術的な縦ロールは、私達の世界で言うなら恐らくは悪役令嬢ポジション。

 そう思うと、尚更、名は体を現すというなら、ナッティさんがドーターという名前であれば私達的にはとても面白いことだったのだけども、そんな人の名前で遊んじゃないけないしなりたくてそういう名前になったわけじゃないんだからと、思い至った自分を戒める。

 ちらっと私の理解者たちを見てみると、皆と目が合った。


 あ。これ、みんな同じこと考えてたかも。


「どうかしましたか?」

「い、いえ!? あ、ナッティンという意味は、私達のほうでは「なし」という意味を持ってると思います。ナッシングという意味であれば、ですけど」

「なるほど」

「ナッティンという言葉がないから無理やり考えてナッシング。……なし・悪役。……悪役令嬢じゃない? シレさん、なかなか無理やり感あるけど、合ってそう」



 ……よし、みんな。

 一旦悪役令嬢から離れよう!


 どう見ても悪役令嬢的美しさと権力を持つナッティさんを私達の世界の言葉に無理やり合わせて悪役令嬢じゃないとかそんなこと思ったところでこっちではまったく別の意味なんだろうから気にしちゃ負けだよっ!


「ああ、なるほど。皆様が思っていることがなんとなく。……ある意味、私が悪役令嬢ポジションですわね」

「え!?」

「こちらにもそういった書物はありますのよ」


 そう言うと部屋の本棚を扇子で指すナッティさん。

 そのまま扇子を閉じて紅茶を飲むナッティさんは妙に色っぽさを感じた。

 ただの紅茶を飲む姿でも、姿勢正しく綺麗な所作であればこうも色気を感じるのかと思って驚いた。


「今も大ヒットしている作品もあるわけですから。なるほど。言われてみると、私は確かに王太子と恋仲の相手からするとそのポジションですわね」

「そういう状況あるんですか?」

「ないですわ。だって、アレですわよ?」


 くすっと笑うナッティさん。

 ああ、よかった。私達の考えが間違ってなくて。

 やっぱりカース君に感じる印象は、誰もが一緒だったってことですね。


「むしろあれに無理やり相手をさせられて恨みをもつ令嬢も多いですから。その後始末にどれだけ奔走しているか。……気づけば私の派閥が出来てしまって、私の傘下に入ることで身を守ろうとする令嬢が学園に多くて困っておりますの」

「えっと……それは……」

「手篭めにされれば、婚約する相手もいなくなりますし、気分次第のアレに一生付き纏われるというのもいやでしょう?」


 ……あ。もっと酷い人でした。

 カース君、もうこの国の王様になれないんじゃないだろうかと心配になったけど、そもそも聞いてる内容からして心配すべき人柄でもないなと思って、私の中ではヤットコよりも興味ない男になった。


「もっとも……――私にとっても、好都合ですけども」

「……? それはどういう――」


 こんこんっと扉をたたく音がして私の質問が遮られた。


「お姉さま」


 部屋の入口の扉が開いた。

 現れたのは薄いピンク色の髪の私達と同じ年頃の女性だ。ふわふわな髪のショートカットの女性だけども、その女性が扉の前で一礼してからナッティさんを呼んだその声は、歌うように、聞く人をその短い言葉だけで幸せにするかのように慈しみと愛情に溢れた声に聞こえた。


「あら。どうしたの?」


 その声は、聞く相手を虜にする。

 魅了される。魔力のような何かがのっているかのようなその声に、飲み込まれるかのように聞き入っていた私は――


「大公様が間もなくこちらに」

「そうなのね。ありがとうディフィ――私のネコ」

「あぁ……おねぇさまぁ……」


 ――その女性から出た甘えるような声にはっと我にかえる。

 今、何が起きているのか、目を疑った。


 ナッティンさんの前に歩いてきてすっと座り込んだ彼女に、ナッティさんがくいっと彼女の顎に手を添えた。自らの瞳に彼女を満遍なく納めるかのように軽く持ち上げると、二人の目にはお互いしか映っていないかのように熱く見つめ合う。実際あの距離はお互いしか映ってなさそう。


「――っ!」


 そんな私達の目を覚まさせるような光景が目の前で繰り広げられたている時、遠くから聞いたことのある声が聞こえた。

 誰かと言い争いをしているようなその声は、近づいてきているようで少しずつ鮮明になっていく。


「だぁーかーらー! あんたいつまでついてくんのよ!」

「シテン殿がいくところだったらどこまでもついていくさ」

「あのねぇ……今からなっちゃんとこ行くの! 邪魔だからついてこないでって言ってんの!」

「だったら私も娘に会いに行くために一緒の方向にいくだけだから気にしないでいいさ」

「……じゃあ帰る」

「おっと、それは待って欲しいかな。もうちょっと私と話をしていって欲しいのだけれど」

「あんたと話す気がさらさらこっちにはないから邪魔だって言ってんの!」


 ……うわぁ。

 聞こえてくる内容が、痴話喧嘩に聞こえる……。


 目の前では甘く華が咲き、遠くから聞こえてくるのは痴話喧嘩。


「あーもう! だから何であんたと話をしなきゃならないのよっ!」

「いやシテン殿? どう考えても話すことたっぷりあるでしょう?」

「ない!」

「森を越えた先の話とか、彼女達をどうするのか。でも何より。私と愛を囁きあうことが一番重要なんだけどね」

「あの子達は私が責任もってのんびり育てるし、その過程であんたの協力はいらないし、必要ならワナイ君と宰相さんの力借りるからあんたはいらん!」

「うわぁ。それはちょっと凹むかなぁ」


 ばたんっと、ノックもなしに強くあけられた扉が、痴話喧嘩の女性側――キツネさんの怒りを表しているかのようで。

 その隣で楽しそうに笑う、このお城の城主様――悪役令嬢様が、キツネさんを見る目が慈しみに溢れていて、キツネさんのこと大好きオーラが出てる。

 そんなオーラを隠そうともせずに真っ向から愛を囁く城主様を、見ていて恥ずかしいと思うのは私だけだろうか。でも、そこまでされてもキツネさんが逃げているのってなんでだろうと思えて仕方がない。

 好き嫌いはあるだろうし、何があったのかはわからないけど、城主様はどう考えても優良物権過ぎると思うんだけど……。



「なっちゃん、久しぶり!――って、あんた何やってんの」

「あらおかあさま。お父様とおかあさまの言い争いのように、ディフィと愛を確かめ合ってましたのよ」

















「「「「……」」」」



























「「「「おかあさま!?」」」」






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