062.領都の悪役令嬢様 11(アズ視点)

 私達に質問するユーロ君は、カース君があの場所でなにをしたのかうっすらとアタリがついているみたい。

 なんだか、カース君から私達を守ろうとしてくれてるみたいにも見えた。


「ユーロ様と呼んでも? 私はこちら流に言うと、ハナ・ユウゼンと申します。ユウゼンとお呼びください」


 ハナさんが私達の前にいる騎士さんを分けるように前に出て名乗りを上げる。

 互いに呼び方を確認し合うと、ハナさんはユーロ君の質問に答えようとする。


「こちら流? なんだか不思議な言い方をされているけども、訳ありかな?」

「失礼ながら、お伝えしていいものか判断に迷うため、御容赦頂ければ、と」


 驚いた。

 まさか、こんなにもユーロ君が礼儀正しく聞いてくるなんて。

 大袈裟だけど、いままで見てきた貴族の人たちがあまりにも酷かったんだと、全ての貴族がこうなんだと思っていた自分の心が洗われるようで。

 でも、そんなユーロ君と普通にやり取りしているハナさんも何者なんだろうか。


「なるほど……。それはまた後で私の父君に聞かせていただくよ。それで、あの場にいたキツネのお面の女性は、どなたなのか教えていただけるだろうか。身分的には父君に迫る爵位持ちだとは思うのだけれど」

「お教えできればとも思うのですが、私達も何ぶん数日前にキツネさ――……ソラ様に助けられた身ですので、お答えできることも限られております」

「ユウゼン令嬢。それでも構いませんよ。殿下近影は殿下以外あの場にはいませんでしたので、少しでもなぜあのような状況に陥ったのか知りたいだけですから。それに、あの場にいて話ができそうな方で歳も近く気軽に話せそうなのも貴方達くらいしかいませんでしたしね」


 ……言われてみると、確かにあの場にいた人たちって、とんでもなく偉い人たちだった。

 そんな中に普通の一般人がいてよかったんだろうかなんて思ったけど、それ以前に失礼なことしかしてなかった気がして青褪めるしかない。


「……では。あの方が、この国の大公という地位にある方とはご存知ですか?」


 そうハナさんが、私達がキツネさんとして知る最大のカード、爵位を伝えると、ユーロ君はぴしっと固まった。


「……ま、まさか……っ! し、シテン大公!?  あの御方が!?」

「なんだ、ユーロ。知っているのか? なかなかいい体をしていたぞ。顔は知らんがな」


 ぐるりと、ユーロ君は自分の背後でふてぶてしくこちらを見下すカース君とその取り巻きを睨みつけた。

 ユーロ君、キツネさんのこと知ってるんだ。あまりにも知らない人が多いから誰も知らないのかと思った。


「し、知っているも何もっ! 殿下、まさか、あの御方に手を出そうと!?」

「ああ、まあ。あのキツネ面が泣いて詫びるのなら許して私の妾くらいにはしてやることも考えなくもない。あの体だからな。私の婚約者もあれくらいのいい体をしていれば、もう少し優しくしてやることも考えなくもないのだがなぁ」


 ユーロ君は「こいつ、何言ってんだ」と言ってそうな顔をした後、はっと、何かに気づいて私達を――正しくは、私達のそばにいる騎士を見た。


 私も釣られて騎士を見ると、まさに激昂という言葉が正しい表情を浮かべて、ぎりぎりと音が聞こえるほどに手を握りしめて怒りを必死に抑えているようだった。


 ユーロ君がより慌てだす。


「っ! 殿下、こんな場所でそのような戯れを口に出すのは反感を買うだけです。貴方の婚約者の耳に入ったら……」

「なぜだ? 私の婚約者の家であるのだからどう言っても問題ないだろう? それに、私は王太子だ。次代の王に文句を言えるものが、ここにいるのか?」

「……それをできる方だからこそ貴方の婚約者なのですよ……ここはその婚約者の家ですから、周りにあなたの味方は私達だけですから尚更注意いただきたいのですが……」

「ふん。そんなもの俺が一言言えば済む話だろう? それより、あの場であったテンシャクとは、なんのことなのだ?」


 思わず私もぽかんと口を開けて絶句してしまう。

 こんな人が次の王様? この国、大丈夫? それとも、私達の常識がおかしいのかな。

 私の今の常識から考えても、ここがカース君の婚約者の家なら、今の、浮気の宣言を家の人に聞かせてるってことじゃ……。


 ……ん?

 婚約者?


「――天爵。天、神から授かった爵位。近隣諸国、すべてが認めた近隣共通爵位の持ち主の方ですよ。近年ではあるものの、あの方に逆らおうとすることは王国だけでなくあらゆる国に逆らうことと同義です。本国王でさえ処罰できるわけですから」


 カツ、カツと。

 まるでハイヒールで歩いているかのような音が私達のいる通路に響いた。

 その声の持ち主は、私達とカース君達の側面にすっと現れると、私達に笑顔を向けた。


「ちっ……」

「婚約者を見て舌打ちとは相変わらずですね、カース殿下。……我が父、ドーターとシテン大公のお客様をお迎えに上がらせていただきました」


 気品に溢れた佇まい。ドレスも綺麗なコントラストに彩られ、派手さはないものの彼女の見た目を存分に輝かせていた。どうしてそこまで綺麗になれるのかと、初めて会ったその人の美しさに惹かれる自分に驚いてしまう。

 微笑みは扇子で口元を隠していても分かるほどの美しさを見せ、隠されていない目元は、出会いの喜びを映す。美女と形容するに相応しいその美しさに、思わず見惚れてしまった。


「お嬢様」

「案内ご苦労様。後はこちらで引き継ぎますよ。……そこの殿下ともども」


 騎士からお嬢様と呼ばれた女性は、慣れた様子で騎士に指示を与える。

 騎士がお嬢様にお辞儀をして一歩後退。そこにお嬢様がカツカツと、音を立てて歩いてくる。


「ふんっ。お前は相変わらず生意気なやつだ。邪魔をしやがって」

「女性を口説いて手篭めにしようとするところだけは一流だと、私は思っておりますよ。お客様に手を出されては家門の名折れ。それが私の婚約者なら尚更です」

「……お前が私の妻となった時には、思う存分痛めつけてやるから覚悟しろ」

「あら。カース殿下は、私が素直に自分のモノになると思っていらっしゃったのですね」


 牽制しあう二人の口は笑っているけど目は笑っていない。どちらも互いのことが嫌いだと分かるその会話より、私はお嬢様に釘付けだった。それは、私だけじゃなくて、きっとキッカもシレさんも、ハナさんも釘付けだったんだと思う。

 私の目を引いてやまないのは、その髪形。その縦に伸びるきめ細やかな長い金髪は螺旋を描く縦ロール。くるくると、まさに高貴なお嬢様、という典型的な髪形だった。


 まさにその縦ロールは――


「初めまして。私の婚約者が大変失礼をいたしました。私は、ナッティン・ヴィランと申します。この領都ヴィラン、並びに東の小国の領主、ドーター・ヴィラン王爵の娘であり、そこのモロニック王国王太子、カース・デ・モロン殿下の婚約者です」



        ――ドリル。

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