060.領都の悪役令嬢様 9(ソラ視点)
「て……? テンシャク?……なんだそれはっ!? 父上、このキツネ面はなぜ父上にそのような口をっ!」
「……シテン殿。すまん。……はぁ……。余と対等な会話をしているシテン殿に、お前がそのような口を聞くことのほうがおかしいと思わないのか?」
「お……公爵と父上の仲を知っているので、公の場でなければ軽い口で話し合うことくらい存じ上げています。ですがこのキツネ面を私は知りませんっ! 王位とこの国を継ぐものとして、このキツネ面には、自分より高位である私への敬意の心さえも見えてきません」
「最初に大公だって名乗りあげられて入ってきてる時点で、君よりは上の身分のものだよ。ああ、それ以上シテン殿のこと悪く言うなよ? 私も自領で親友の子供を傷つけたくはないけど、愛する女性を侮辱され続ければ我慢の限界ってものあるからね?」
どさくさに紛れて何を言ってるのかこいつは。
冗談ではなく怒っているようだけども、そんな中でもナンパをするとか、ほんと私が苦手なタイプだわ。
「大公……はっ、所詮はこの国に使える貴族の一人でしょう?」
「……大公についての今あんたが言った考えもそうだけど、どうしようもないあんたのおツムを、辛うじて貴族並みにしてくれた優秀な教育係に、自分が何をやらかしてるのか教えてもらいなさい。まずは情勢の勉強をしっかりやってくること。ほれ、こっから出てけ」
お偉い三人衆に目線を向けると、ワナイ君が王の間の扉の先に控える騎士達を呼んだ。大きな扉が開いて、外から騎士や従者が姿を現した。
「な、私を追い出すだと!? 貴様が出て行けばいいだろう!」
「私はこれからあんたがトップだと思ってるそこのワナイ君に謝罪をしてもらわなきゃならないのよ。見たい? あんたのせいで父親が私みたいな正体不明の美女に頭を下げるだけに留まらず、そのおもたーい王冠を載せた頭を地べたにべたっと擦り付けて謝罪する様。なんだったら私の足にキスでもさせようか?」
「え、それ私がやりたい。代わって、ワナイ」
「余も代わって欲しいよほんと……」
「は……はぁ? ははっ。こいつは何を言っているんですか、父上? 王に謝罪させる? 公爵も代わりに屈辱をうけるというのになぜそんなにも喜んで……」
「余より偉い相手に対して馬鹿なことを言い続けているお前が何を言っているのかと、余は思うぞ……」
「父上より……このあやしい体だけのキツネ面――っ」
言い切る前に、ワナイ君の息子の前に影が走る。
反対から反対へと一気に走り抜けたその影は、王太子の顔面に拳をめり込ませ、その体を宙に浮かせた。浮いたところに再度の追撃。
吹き飛ばされた王太子は、そのまま「ぐげぇぇっ」とイケメンが上げてはいけない奇妙な声をあげて私達の横を滑りぬけていく。
「シテン殿がとっとと出て行けと言っているのが聞こえなかったのかな? いい加減、君の無能加減で私とシテン殿の貴重な時間を裂きたくないんだけども」
「ぐ……ぐぅぅ……な゛なに゛をずる゛」
頬を押さえてへっぴり腰でぷるぷるとゆっくり立ち上がった王太子は、殴られた頬を真っ赤に腫れあがらせて涙顔。
思いっきり殴ったわねぇ……なんて感想をもってみてるけど、あの一撃喰らってなんとか立ち上がったのは頑丈な証拠ね。……あ、座り込んだ。
「ワナイ。不敬かな?」
「いや、もう少し遅ければ余が首を切り落としてたかもしれん。これで手打ちにしてもらえないかな、シテン殿も」
「後はあんたがみんな掃けた後に頭こすり付けてくれたら許すわよ」
「ははっ、なんとかお許し頂けるようで。足にキスは譲るよ」
ワナイ君は私が冗談を言っていることは分かっている。権力もない息子がやらかしたことへの謝罪のためにも落としどころを探っていたみたい。
……なんていうか、ここまで腐ってるって思わないじゃない?
なんなのかしら。若い子ほど歪んだ考えもってるわね……。将来が心配よほんと。
「まあ、ちょっとあれのおかげで殺伐としちゃったから、あんた達もしばらく客間でやすんでなさいな」
吹き飛ばされた本国の王太子を騎士が慌てて肩を貸して外へと連れて行く。連れて行く数人が私を睨みつけてたけど、まさか、その中に宰相さんの嫡男のユーロ君もいたのには驚いた。宰相さんと同じ青色の髪をして眼鏡かけたイケメン。目立つのよねあの子。
じろっと宰相さんを睨んでみると、苦笑いを浮かべている。
王太子――カース・デ・モロン王太子の周りにいるのは、モロニック王国の次代を継ぐ後継者達。
その後継者達があんなんばっかだと思うと……。
「私は、あの子達をしっかりと育ててあげないとね……」
この世界にきて、嫌な貴族ばっかみてる四人娘達を健やかにこの世界で育ててあげたい、そう思う。
四人娘達も、カースが去ってしばらくしてから、居心地が悪そうに騎士達に連れて行かれた。
来て早々、いきなり王様に会わせられたのもどうかと思うけど、いきなり自分の世界が変わって困惑し続ける彼女達には、もうちょっと平穏を与えてあげたいと思う。騎士に連れて行かれる後姿なんて、悪いことしてないのに悪いことして連行されてるみたいに見えて、なんか涙がほろほろとこぼれちゃいそう。
でも……たぶん、彼女達は、あのバカースとこれから絡んでいくことになるんだろうなぁ……。
今のうちにあの馬鹿の馬鹿さ加減を知っておいてよかったと思うべきなのかしらね……。
「反面教師ってやつね。そう思わない?」
私は、カースを殴った手が痛かったのか、ひらひらと利き手を振っている王爵――ドーター・ヴィラン王爵を見る。
さらりとした金髪の髪をかきあげながら私が見ていることに気づくと、ウインクなんてしだすけど、こいつは本当に何をしたいのかと思う。ナンパならどっか遠い別の領地でやってこいっての。その片目瞑って思わせぶりな笑顔で、老若どっちの令嬢も一瞬で虜でしょうに。
ドーター・ヴィラン。
モロニック王国、王を選ぶことのできる選帝侯の一人。
並びにこの領都『ヴィラン』を治める領主であり、辺境を治める辺境伯の地位から公爵へと登り詰めた男。
そして今、自分の一人娘を、さっき連れて行かれたカース王太子の婚約者とし、その代わりに、王位継承権を得て公爵の中も最も王に近いといわれる王爵という爵位を先日手に入れた男。
この領内でもっとも偉い人。わたしは大公なんて言われているけど、この王国内であれば、彼こそ大公と呼ばれて問題ない傑物なんだけどね……。
だって、ここ領都ヴィランは、領都でありながら、王国から自治権を得た、王国内の小国扱いなんだから。
……この王国内で呼び名が多い人ってドーター以外にいないんじゃないかしら。
嫁にでもなれば、玉の輿なんてもんじゃないわね。その気になれば王妃にだってなれるわ。
……なりたくないから私は遠慮するし、わたしゃ男に興味はないからならんけど。
「カース君が甘やかされて育ってきていることは確かだね。だから私は、彼のところにナッティを渡したくなかったんだけども」
「頼むよドーター……。君のところのナッティ令嬢が来てくれないと、この王国はカースの代で終わっちゃうよきっと」
「でしょうねぇ……。でもあんたがあれをそうしたのが原因なんだから、少しはなんとかしてみなさいよ」
「二人とも厳しいねぇ……余が生きてる間に整備はしてみせるさ」
厳しいと思うなら、とっととあの馬鹿王太子をなんとかしろっての。
まったく。ワナイ君は息子連れて何しに来たのよほんと。
とりあえず、邪魔なのも消えたし。
私も王様と公爵さんに話すことは話しておこうっと。
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