058.領都の悪役令嬢様 7(アズ視点)

 ドル・ハ・キンセン。

 ユーロ・ハ・キンセン。

 フラン・ハ・キンセン。


 ぶふーっと、思わず吹き出してしまう。

 キツネさんはなんでそこでぶっこんでできたのかと思う。耐えてたの見てましたよね!? あ、絶対お面の中で笑ってる顔してる。お面が揺れてるし!


 知ってます!

 知ってますよそれくらい!

 ちょっとフランが微妙なとこだったけど、それでも知ってます!

 ええ、お金です! お金ですねっ!


「も、もうしわけ……ひぅ……」


 シレさんとハナさんも、二人も必死に耐えてるけど、とても偉い人だってわかってるのに止められない。

 私、こんなにも笑いの沸点低くなかったはずなのに。


 というかキッカ。いい加減私に抱きついたままで顔をそこに埋めっぱなしなのやめて。ぷるぷる震えて笑ってるのを隠してるその振動でこそばゆいのよ。


「……シテン殿で慣れてるからいいのですが、シテン殿の読み通り、笑われましたな」

「お金の単位みたいな名前だからさすがにねー」

「……なるほど、異世界ではやはり私の名前は面白いようですな」

「あんたも物好きね。面白いじゃなくて珍しいって思いなさいよ……。そりゃあねぇ。世界中のお金の単位でメインどころの単位であれば当たり前のような知識だから。この子達の住んでたとこの金銭ではないけども、一般常識としてはもってるわよ。異世界人に出会わなかったらこんなん分からないだろうけどもさ。こっちでは普通の名前だからね」

「ふむ。それはそれで。教養が隅々まで行き届いていると考えるべきですか。彼女達を見る限り知性も貴族令嬢と同等のようにも見えますな。水準も高いと考えると、王国だけでなくこの世界は教養という部分は遅れていると考えるべきですか。その辺りは一度お話をお聞きしたいところですが」

「うわぁ……わたしはそういうのお断りするわ」


 怒られずに済んだことをよしとすべきなのか。

 それでも失礼すぎるので、私達はすぐに謝罪をした。


「い、いや。その。令嬢の方々にそのように謝られるのは些か……女性の笑顔を見せて頂けるというのも嬉しいことですから、私の名前で笑顔になって頂けたならそれで。それにシテン殿から前もって言われており、不敬ではございませんので安心を」

「宰相さん、あんた達が緊張してるからわざと名前名乗らせたのよ。笑うと思って。あんた達ずっと緊張しっぱなしだからね」


 宰相さんがとてもいい人だと分かる。

 いい人すぎるのはなぜなんだろうなんて思うけど、ちらっと横を見たら、そこに前例であろう人がいる。


「まあ、だから私は宰相さんって呼んでるのよ。私は慣れたけど、他にも色々あるのよ?」


 そういうと、キツネさんは王の隣――宰相さんの反対側に立つもう一人の男性を指差した。


「そこにいるさわやかイケメンだってそうよ」

「そ、その紹介はないんじゃないかな?」

「いや、あんたね……。毎回言うけど、宰相さんとワナイ君と並ぶと、際立つわよ」

「余もかい? よかったではないか、顔がいいそうだぞ、公爵」

「王よ。……私がいくら疲れた顔しているからと、私をイケメンではないと言われているようで……いや、イケメンではないのですがな?」

「んー……そうは言われてもさ、ワナイもドルさんも、この顔をシテン殿が気に入ってくれないならイケメンと言われても、と思わないかい?」

「なに言ってんのあんた。わたしゃ男に興味がないんさ。でもあんたは世間一般的にイケメンだから安心しなさい」

「だったら私に興味をもってほしいんだけども?」

「面倒。あんた達が仲良くしてるのをじーっと見て妄想するのがいいんだから」

「「相変わらず私(余)をそういう目でみないでくれないかなっ!?」」



 ワナイ君……王様を君付け……。

 大公っていうけど、キツネさんって国の大きさは別として同等の権力をもっているってことなのかもしれない。


 でも。なんだろう。

 キツネさん、さっきから隣のイケメンさんに口説かれてる気がするんですけど、もしかしてそういう関係だったりしますか? 公爵って呼ばれてたからたぶんあの人が領主さんのはず。


「おい。お前達!」


 公爵さんとは別にもう一人。

 この場にもう一人、男性がいた。

 その男性は至るところに装飾のついた西洋風の礼装を着た男性だ。私達とあまり変わらない年齢にも見える。

 顔はラノベから飛び出してきたんじゃないかって程のすらっとした美青年という印象を受けるけど、その顔は今は憤怒の表情で歪んでいる。

 その顔を見て、私は思わず小さく悲鳴を上げてしまう。


 怒らせている。

 私達は王様の前で失態ばかりを重ねている。

 いくらキツネさんという偉い人の傍にいるからって、怒る人は怒るだろう。

 でも、私達だって、いきなりこんな場所に連れてこられて、何をどうしたらいいのかさえも分からない。

 元の世界にいたときだって、こんな偉い人達に出会うことなんてなかったんだから、失礼なことだってしてしまうのは仕方がないと思ってもらえないだろうか。

 人の名前を聞いて笑うとか、失礼極まりないことはしているだろうけども。


「ドル達の紹介の前に! 王の後は私を紹介すべきだろう! 女性ばかりなのだから特にっ!」


 どんっと一歩前で出てにやりと笑うその男。

 ああ、なんだろう。

 ちょっと嫌な気分になってきたのは、私だけだろうか。


 ……あ、そうでもない。宰相さんも王様も、公爵さん? も、一斉にため息をついてるから。


 宰相さんのことをドルと呼び捨てにしているから、この人は間違いなく宰相さんより上の人。

 もう一人の紹介の途中で遮ったことからも、公爵より偉い。つまりは、王様の近親者になるんだと思う。

 見た感じ、私達と同年代のこの人――


「いやむしろ! そこのキツネ面! お前が私にまずは挨拶すべきではないのかっ!」


 ――この人、多分王様の子――王太子だ。

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