057.領都の悪役令嬢様 6(アズ視点)
「あーこほん……」
私の意識がなにかに切り取られたかのように、数秒、もしくは数分の間、まったく考えていない時間でもあったのか、我にかえるという言葉がぴったり合うその状況は、誰かのわざとらしい咳払いで終わりを告げた。
はっと気づくと、鮮明に目の前に景色が映った。
「……え、あれ?」
何が起きたのか。私は大きな玉座の前にいた。
前と言ってもそこまで目の前というわけでもなく、適度に離れた、全体を見渡せるほどの距離。
その玉座には、一人の男性が座っていた。
少しバツが悪そうに、苦笑いをしているその人は、大きな、金色の装飾と色鮮やかな宝石が散りばめられた、まるで王冠のような。その冠は、かなり重そう。
「……いや、そこまで重くはないんだがね? この王冠」
「アズさん、声出てます……」
「……え」
ハナさんにぼそっと耳元でいわれて、思わず口を抑えてすぐに謝る。
「よい。まあ、いまは、先程と違って、人もいないしな?」
威厳に満ちたその声。
私の失態を怒るわけでもなく笑うその顔には、柔軟さに溢れ、どことなく温かさと抱擁力を感じさせる。
綺麗な金髪に、笑いを止めた後にじっと見つめるその目は赤。カラーコンタクトではないと思うけども、その赤が、金色の髪の毛によく似合う。
そして、その王冠に、玉座に座り慣れたかのようなその佇まい。
間違いない。
「人払いしておいてよかったわね。……えっとね、この人がモロニック王国国王、ワナイ・デ・モロンよ」
キツネさんがくつくつと笑いながら紹介してくれる。
この、私達のいる国の、国王様。そんな上の人が、私達の目の前にいる。
待った。公爵様は? この城とこの領都の領主はどこへ? なんですっ飛ばして王様出てきてるんですか!?
と思ったけど、それよりも、
「……え? で、でも……え、私、なんで……」
王様の前に、出て行った記憶がまったくない。
キッカも同じ様子で何が起きたのかとキツネさんを見る。シレさんとハナさんは、憔悴しきった様子を浮かべていた。多分シレさんとハナさんは何があったのか知ってるみたい。
「んー? あんた達、この王の間に入った時、この赤絨毯の横でずらっと並んでた護衛の騎士とかヴィラン城の重鎮とかの圧に負けて速攻気を失ったのよ」
「わ、私達はなんとか耐えましたけど……怖かったです……海外で晩餐会の招待を受けた時にこんな感じの経験してなかったらきっと私も倒れてました……」
「ほんと。私も倒れたかったわよ……」
シレさんとハナさんはその時を思い出したのかぶるっと震えている。
自分の足元を見ると、確かに幅広い赤い絨毯が敷かれていてふわふわしている。この左右にさっき見たような銀色の鎧着た騎士さんたちがずらっと並んでいて、剣を掲げたり、剣を交差したりと色々動きがあったみたい。
みたい、だ、けど……
まったく。覚えてませんけど!?
「ああ、あのね。一応、王への拝礼に関しては恙無く終わってるから安心なさい。あんた達はぎこちないながらもしっかりと挨拶できてたわよ」
「「どうやって!?」」
「そりゃあねぇ……こう――」
キツネさんはくいっと人差し指を回した。
私の腕がひょいっと勝手に私の意思に反してあがる。
「え」
「こんな感じに――」
続いて、キッカが急に私にタックルしてきた。
ぎゅっと私に抱きついてくるけど、キッカも勝手に体が動いてるみたいで驚いてる。でも、さっきぼふんって音してたけど、私の胸んとこに顔突っ込んでぐりぐりしながら「ちっちゃい」とかぼそって言うのはやめてっ! それ、絶対操られてないしちょっと痛いからっ。
「――
……キッカが抱きついてくるのはいつも通りだからいいんだけども。
見えないけど、腕に糸を巻きつけられて操り人形みたいに動かされているみたい。
勝手に体を動かされて行われるってのはなかなか怖い。
「まあ、そんなわけで。気絶してるあんた達を動かしてなんとか人払いも終わらせたわけよ」
「へ、変なことしてないですよね?」
「変なことってなによー。歩かせてお辞儀させただけよ。そこの人に」
キツネさんはそう言うと玉座を指差した。
ワナイ王は、「なかなかカクカクしてて面白かった」と笑っている。心の広い人で本当に助かります……。普通気絶されたり目の前でこんな会話されて放置してたら怒ると思う。
キツネさんなんて、さっきから王様を指差してるし。あ、キツネさんは大公だからいいのかな。って大公ってまた驚きなんだけど。
大公って、公爵より偉いよね。
私のラノベ脳のキッカが胸元からふがふが言う。きっと「小国の王様」って言ってくれたんだ。きっとそうだと思う。でもそろそろ胸元から離れて。喋られるとちょっとこそばゆい。
「で、ね。その玉座の隣に立っているのが、さっき案内してくれたこの国の宰相さん」
「シテン殿……名前の紹介くらいしてもらいたいのですが」
「いやだって。宰相さんのほうが呼びやすいでしょ」
「……念のための確認ですが。よもや、私の名前を忘れたわけではありませんかな?」
「ち、違うわよ!? 忘れられない名前だから忘れるわけないでしょ」
「では、お嬢様方を紹介いただけますと助かりますが」
「……あー、もう。この国の宰相さんで、ドル・ハ・キンセンさん。爵位は侯爵。これでいい?」
「ドルと申します。よろしく」
ド……っ、キ、キンセ……っ!?
笑ってはいけない。笑ってはいけない……っ!
そう思う私の脳裏に浮かんでは消える王様の名前と宰相さんの名前。
失礼にも程がある。だから笑っては……っ
この国の王がそこにいる。その王国の宰相ともなれば、一般市民をその場で斬り殺すことだって容認されているはず。
だから、ここでもし笑ったら、私は殺される。
「よ、よろしくお願いします、ど、ドルさん……」
耐えた。
私は耐えた。そもそも、人の名前を聞いて笑うとか、失礼すぎる。
「ちなみに。彼の嫡男は、ユーロ・ハ・キンセン令息。長女はフラン・ハ・キンセン令嬢よ」
お金大好きですかっ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます