054.領都の悪役令嬢様 3(アズ視点)
「お、おい――」
「なんだ貴様! 平民が貴族の前に出てくるとは、よっぽど首を落とされたいらしいなっ!」
ジンジャーさんが紳士っぷりを発揮してキツネさんの前へとヤンスさんと一緒に出ようとしたところで、槍の切っ先の向く先がキツネさんからジンジャーさんへと変わった。
「あぁ? てめぇ貴族だからって冒険者に喧嘩売る気かぁ?」
その言いように、ジンジャーさんが怒りの形相へと変わる。
「ジンジャーさん、落ち着くでヤンス! 階級の低い冒険者は貴族より偉くはないでヤンス!」
「だからって、こんなところでぬくぬくと弱いものいじめみてぇなことしかしてねぇ弱そうな貴族に舐められたままでいられるかっ!」
「それはそうでヤンス! こいつら絶対弱いでヤンス! だからジンジャーさんが手を出したらあっさり死ぬでヤンスよっ!」
「きさまらぁ……っ!」
「あれ、あそこにいるの……おーい、ボブー」
一触即発。
そんな中、暢気にキツネさんが門番二人の奥のほうで見知った人を見つけて声をかけた。
私達が引き止められているお城の内門の内部にいたのは、銀髪のもみ上げ左右を刈り上げた、ツーブロックのような髪形をした、ボブさん。昨日の夜、上位貴族街の警備長として紹介されたボブさん。
銀の胸当てだけの軽装が歴戦の勇士のような格好をしていて、昨日は暗かったのと初めて会う人だったからあまり見てなかったけど、警備長っていう肩書きによく似合ってる。
「あれ? キツネの旦那。今日はお城に何か用でも?」
「んー? 顔見せておかないと何言われるか分からないでしょ?」
「……いや、あんたに何か言う人なんて、数えるほどしかいないんじゃないか?」
「ロ、ロバート第三騎士団長!?」
二人の門番の驚きに、私達も驚く。
……騎士団長!?
キツネさん、昨日、上位貴族街の警備長って言ってませんでした!?
「……ん? なによその驚いた顔」
「キツネさん……昨日、ボブさんは警備長って……」
「上位貴族街の警備長って言ったけど。上位貴族を警備するんだからそりゃ偉いでしょうよ。第三騎士団は町全体の警備を任命されてるから間違ってないわよ? ちなみに。第一騎士団は近衛騎士団で、第二騎士団は内城の騎士団、第四騎士団は外周警備の騎士団で大体出張ね。第三と第四騎士団は、戦時中には戦場に赴く軍隊にもなるから花形ではあるのよ。で、この領都は、王国の軍を率いることを許された王国の主力軍でもあるから、王都に行けば王国から正式に引き抜きがくるわよ。まー、この領都のいくつかある中の騎士団の騎士団長だから、とんでも強いわよ」
「「ボブさんモブさんじゃないですよ!?」」
「いや、君達? そんな言葉遊びみたいにモブって言われるとちょっと凹むよ?……あ、さてはキツネの旦那に肉壁にしろとか言われたんじゃないか?」
言われました!
言われましたけど、モブじゃないボブさんを肉壁なんかにしませんけども。
違う! モブじゃなくてもボブさんを肉壁なんかにしませんけどもっ!
「改めまして。第三騎士団、この町の警備を任されている団長のロバート・デ・ボブだ」
「デとボを逆にしちゃだめよ。一応貴族だから気をつけてね。確か侯爵だっけ?」
「団長は責任ある立場がなるものってことで爵位が上位のものがなることが多いだけだから――って、旦那? 気をつけろって?」
「ほら、今みたいにいちゃもんつけられたり。冒険者ギルドでもこの子の関係者と、他貴族にいやぁな思いしかしてないからねー」
「……今みたいに?」
ぎろりと、すぐに何かがあったと察したボブさんが門番をにらみつけた。
それだけでさっきまで威勢がよかった二人は怖いのか縮こまってしまった。
「申し訳ございません。……旦那。とりあえず、中へどうぞ」
「あら、いいのー? 嫌味言うと、煌びやかなドレス着てないから入れないらしいのよー」
「煌びやか?……まさか、旦那の着ている民族衣装が、そこいらのドレスより……。値のつけられない最高級の一品で、陛下に最上級のドレスだと認められた旦那の正装なのに入れない? それで本城に入れないと言われたら、世の令嬢はどのドレスを着ても城に入れないことになるのだが……」
ボブさんの顔色が少し変わる。青褪めたというべきなのか、さーっと血の気が引いたような。ボブさんの視線は一点。キツネさんを引き止めていた門番達に向けられる。
「旦那、今日はどっちの身分のほうでこちらに登城されたかお聞きしても?」
「どっちがいい?」
「できれば、いつも通りであれば嬉しいです」
「じゃあそれでいいわよ」
「ありがとうございます!」
ボブさんが大げさな動作で頭を下げた。
その光景に、門番二人は驚愕の表情を浮かべては、キツネさんとボブさんを交互に見る。
騎士団長で侯爵様が謝罪……。
おかしい。おかしいですよ、キツネさん!?
門番二人の気持ちがよくわかる。自分達が何をしたか分からないけども、上司が頭を下げるとか。私、まだ社会人経験なかったけども、それでもどういうことか理解できる。
「……我が警護領内で大変失礼をいたしました。後ほど、仔細確認の上閣下に報告させて頂きます」
「ほどほどにねー」
ひらひらと、キツネさんは手を適当に振りながら門番の横を通って内門の先へと進んでいく。
私達もその後を追って進んでいくけども、私達が通り過ぎた後に、背後からボブさんの怒声が響き渡ってびくっと体が飛びあがった。
「お前達、今何をしたのか分かっているのかっ!?」
「あ、あんな怪しいやつが城内に入ることは許されないと……」
「ばっかもぉぉぉぉおおおーーーんっ! あの方が温和で許していただける方でなければ貴様等極刑ものだぞっ! いや、許していただけたとしても、閣下や陛下が許してもらえるわけがないっ!」
「わ、私もですか!? 私はこれでもヤッターラ伯爵家――」
「伯爵家当主だろうがあの方に暴言を吐けるわけがないだろうが! いいか、あの方はなぁ――」
うぅ……キツネさんの後をついて歩いているからどんどんと声が遠ざかっていく。
ボブさん、もっと大きな声で。
キツネさんが何者なのか、もうちょっと大きい声で言ってください……。
「あらあらー……ああ、もう、だから権力とか振りかざすの嫌だからこういう格好してるってのに」
「ソラさん、それ逆効果でないでヤンスか?」
「そうでもないのよー。この格好すぐ覚えるでしょ? だから絡まれにくいのでヤンス。絡んでくるやつってさ、大体おかしいやつか真面目なやつなんだけど、真面目なやつって確認をしっかりしながら話をしたりするから、あんな感じにならないでしょ? 意外と炙りだしに成功してるでヤンスよ」
「なるほどでヤンス。でも、ソラさんはそこまで偉い人でヤンスか?」
「実は偉いのでヤンス」
うぅ……だから、キツネさん。
そろそろキツネさんが何者でどれだけ偉い人なのか、私達にも教えて欲しいでヤンス……。
そんな私の心の声はいざ知らず。
私達は、ついにお城の中へと入っていく。
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