053.領都の悪役令嬢様 2(アズ視点)
「……んで。なんで俺達も呼ばれたんだ?」
「びっくりしたでヤンス。冒険者ギルドにいたら羊族のぼいんちゃんが来て、眼福ヤンスってたら、メリィのお嬢様にここに急いでいけって言われて走ってきたでヤンスよ」
途中、ジンジャーさんとヤンスさんが合流。
キツネさんから「ちょっとだけお城で話があるのよ」と二人にもなにかがあることを匂わせるもんだから、ジンジャーさんとヤンスさんが、「俺達がヴィラン城に入るのかよ」と自分の着ている服装を気にしだしちゃった。
私達も昼起きて渡された綺麗な洋服を着てるけど、私達の服装も、お城に行く服装として正しいのかよく分からないので不安です。
「ジンジャーさん、こういうときは褒めるでヤンス」
「お、ぉう。シレ似合ってるな」
「えっ!? あ、ありがとうございます……っ」
と、ヤンスさんに指摘されて褒めたジンジャーさんが、なぜかシレさんだけを褒めたことに、シレさん以外の私達はにまぁっとしてしまう。
そんな、明らかに貴族の中でも上位であろうキツネさんが自信満々だから。顔パスって言ってたキツネさんに連れられてお城の前に辿り着いて、大きな大きな門の前に立って、「さ、いくわよー」と当たり前かのように進み始めたキツネさんの前に突き出された、二つの槍。
「なんだお前。そんな変な格好しやがって。とっとと失せな」
お城の入口。
大きな石壁の外門から内門に入って、その内門の中へと入ろうとしたところ。これからお城ってところで。
そこで、若い門番さんに、止められたわけで。
「……おーおー。私の顔に泥塗りやがったわねー。なーんてこと言う気はないけどさー……。まっさかこの勝手知ったるお城の門の前で武器使って止められるとは思わなかったわ」
とか、実際はそんなこと思ってもない程度の声量で、明らかに面白そうという感情が声に乗っているキツネさんと私達は、まさに門前払いをくらっていた。
「不審者すぎてよくこの城に近づこうとしたな。周りは何をやってたんだ。よくここまで辿り着けたと思うくらいに不審者なのに」
「不審者、とは? どこにいるのかな?」
「あんたのことだよ! キツネの仮面なんかかぶって! この辺り一帯を統べるヴィラン閣下の居城に、よくもまあそんな格好でこれたな! 顔を隠して入れるとでも思ったのか! 仮面舞踏会があるわけでもないんだぞ。牢屋に入れられたくなかったらとっとと失せろ! 変質者!」
しっしっと。まるで虫を払うかのように嫌そうな表情を隠そうともせずに、その門番は私達を追い払おうとする。
「変質者、ねぇ……んー、どの格好がこのお城に相応しくないのかしら?」
キツネさんは自身の姿を見て、袖を広げてくるりと回る。
よくよくじっと見てみると、キツネさんの巫女装束は高価なドレスに見える。
私達の元の世界でも、神職に就く人が着る服装だったから、高価というより神聖さがあるといえばいいのかもしれないけど。
「ドレスコードなんてあったかしら、この城に入るのに」
「あるに決まってるだろう! 女性なら女性らしく煌びやかなドレスでも……貴族なら宝石散りばめたドレスでも着てくるんだなっ!」
「それ、ドレスコードでもなんでもないわね。後、あんたたちの想定しているドレスはそれなりの家格の高い令嬢しか着れないわねきっと。あんた達の好みでしょそれ」
「ここは、お前等みたいな貧相な女ではなく、綺麗に着飾った令嬢が来るようなところなんだよ。……まあ? そこの女達なら? 貴族の目にでも止まるだろうけどなぁ?」
門番は、鼻で笑いながら私達をじろじろと上から下へと値踏みするように見てくる。
その目線が、シレさんとハナさんの胸元をじっと見ているようにも見えて、とても不愉快だった。
そりゃあ、私とキッカはシレさんやハナさんみたいにあるわけじゃないけども、キツネさんだって二人に負けないほどにはあるんだから。
そんなところで不愉快になったわけじゃないけども、私達を助けてくれた超絶美人(の予想)なキツネさんを馬鹿にするような態度に、不愉快にならないわけがない。
シレさんもハナさんも、二人ともむすっとした表情を浮かべていた。それでも嫌な目線をやめない二人に、痺れを切らしたシレさんとハナさんが、一歩前へと出ようとした。
「はー……なんか話にならないわね」
「なあ、キツネ。俺達がいるからダメってことなら、俺達は消えるけど」
「あー、そういう話じゃないと思うわよ。この子達、明らかに私を見て言ってるし」
シレさんの肩にジンジャーさんが触れてその勢いを削ぎ、キツネさんがハナさんの前に手を出して通せんぼ。
「でもよぅ。流石にあんたみたいなお偉い人がコケにされるのはまずいんじゃねぇかぁ?」
「んー? まあ、ほら。私って花も恥じらい月も隠れるくらいに綺麗だし見た目もかよわい乙女でしょ?」
「いや、か弱くねぇよおめぇ」
「か弱いわよ。ほんっと、こうやって色々言われてるだけで心が折れそうよ。およよよー……」
「おめぇ仮面被ってるから見た目わからねぇよ。そんなに美人だって自分で言うならその仮面とってみろや」
「やーよ。わたしゃ男に顔見せる気ないんさ」
まさかジンジャーさんも、当たり前のように門を潜っていったキツネさんが止められるとは思ってもなかったみたい。
キツネさんって、この辺り一帯の冒険者ギルドのギルド長代理――なんだから、確かにとめられることが驚きなのかもしれないけども。
キツネさん。お面外してくれないかなぁ……。
「平民ごときがこの城に当たり前のように入ってくるんじゃない!」
「お仕事に忠実といえばいいのかもだけども。そのよく分からない考えと、平民って言うってことは、貴族よね。まー、お城勤めなら貴族じゃないほうが珍しいかしら。……一応、名前聞いておいたほうがいい? その貴き青き血をもつ貴族が平民をー、とか言うのならね。あ、ちなみに私はソラよ」
「スーグニ子爵家の嫡子、スル・カット・スーグニだ!」
「ヤッターラ伯爵家次男、タイ・ケル・ヤッターラだ!」
ヤッターラ伯爵家……って、カインさんの? カインさんが三男だからお兄さん? あ、言われてみれば確かに似てるかも。
「あのバカインの……あんたんとこの伯爵家はとことん……」
キツネさんが明らかに疲れたといったため息をついた。
そのため息に、自分達の家門を笑われたのかと思ったのか、彼等の持つ槍が更にキツネさんの前へと差し出される。
陽の光を鈍く光らせるその槍の切っ先が、私の脳裏に青ローブの剣で斬られて殺された同郷の学生を思い出させた。ぶるりと震える体はとまってくれない。
貴族って、本当になんなの?
私には、その貴族という私の元の世界では出会うことのなかった高貴であろう存在が、酷く煩わしく、嫌な存在としてしか目に映らなくなっていた。
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