領都『ヴィラン』の悪役令嬢様
052.領都の悪役令嬢様 1(アズ視点)
昼。
まさか朝をすっ飛ばして昼に起きるなんて。
そりゃすっきりしてるわけですよ!
と、キツネさんから教えられた衝撃の一言に、私達は急いでミィさん達がいつの間にか用意してくれていた、異世界風のお洒落な制服みたいな洋服に着替えて大食堂へ。
そこには先に向かったキツネさんが、いつも通りの巫女装束姿でお面の口元を消して優雅にカップを傾けてお茶をしていた。
すでに昼は過ぎ、午後の時間。
ぜーはーぜーはーと急いで大食堂に向かった私達に、マイさんが慌てず落ち着くようにとお水を用意してくれる。
相変わらずの飲んだら凄い美味しいこのお水に、昨日はすきっ腹だったからお水が妙に染みたわけじゃなくて、普通に美味しいお水だったんだなって感心。
「ラーナ、軽食作ってあげて」
その後は、ラーナさんが作ってくれたサンドイッチに舌鼓を鳴らしてラーナさんの虜になって一段落。
「まー、別にそこまで急いでるわけでもないから、いいんだけどね」
と、キツネさんがくつくつとお面で隠れたの口元を隠すように笑う。
「今日はヴィラン城に行くわよ」
ついに、お城へ。
お城に向かうと聞いた瞬間、私は緊張する。
元の世界でお城にいくなんてことはなかった。あっても困るけど……あ。アトラクションのお城にならいったことあるけど、テーマパークと一緒にしちゃいけない本当のお城に住む城主に会いにいくんだと思うと誰だって緊張すると思う。
そもそも、私達の元の世界で城主っていたんだっけ? あ、いるって聞いたことがある。でも、いまだ領主やってたりする城主なんていたのかな。
「ん。キツネさん、今から向かっても大丈夫?」
キッカが素朴な疑問をキツネさんに問いかけた。
キツネさんの言うお城、ヴィラン城は、その名の通り、この町を治める、『王爵』という、元の世界でも聞いたことのない爵位を持った人のお城であり、メリィさんから聞く限りは、この辺り一帯の『辺境』を治める、とても偉い人だってことは分かっている。
「偉い人に会うんですよね? 約束もなしで行っていいんですか?」
「……ん? 約束? 誰と?」
「えっと、城主様と?」
「……誰が?」
「キツネさんが」
「……なんで?」
「「「「……」」」」
思わず無言。
まさか、この王国で一、二を争うとか聞かされた人に、約束もなしに会いに行こうとしてることに何の違和感もない……?
「ああー。いいのよいいのよ。私、あの城は顔パスだし」
「顔パス!?」
キツネのお面だから覚えられやすいとかっ?!
で、今。
「なんだお前。そんな変な格好しやがって。とっとと失せな」
お城の入口。
門番さんに、止められたわけで。
自信満々なキツネさんに連れられて、キツネさんの屋敷から出て。
オキナさん達は昨日の疲れが出ているからと、ユウ君をお偉い方の人のところに連れて行って粗相をしたらいけないという理由で屋敷に残ることになって、私達だけでいくことに。
私達も、粗相するかもしれないです、とキツネさんに伝えてみたけど、
「あんた達は絶対来なさい」
と、強制されたのはなぜなんだろう……。
屋敷の大きな玄関ホールへとミィさんとマイさんに案内されて、「いってらっしゃいませ」と優雅にお辞儀をされて外へと。
外の陽光の光に目を一瞬細めた先に広がった、屋敷の庭。
屋敷の前に広がるのは、屋敷の入口前から門まで真っ直ぐに続く石畳の通路によって左右に分けられ、綺麗に整えられた芝生と大きな噴水。水瓶を持った女性の水瓶から絶え間なく流れる水が、どこから来ているのかとかそんな疑問はどうでもいいほどに、遮蔽物がまったくない庭。
元の世界で、ここはドッグランですなんていわれたら、きっとこんなにも広い庭を縦横無尽にかけられる動物たちはどれだけ気持ちいいだろうかなんて思ってしまうほどに広く解放感に溢れた清潔そうで綺麗に整えられたその庭。
「ああ、立食パーティとか外でするときのために広くとってあるのよ」
ぽかんと口を開けて呆けていた私達に、キツネさんはさらっとそんなことを言う。
立食パーティをこの広さで行うって、どれだけのお客様が来るのだろうと、広い屋敷から門への道を、石畳に沿って歩いていく。
「キツネさん。キツネさんのおうちって、どれだけ広いんですか……?」
「んー? ここ? 屋敷が真ん中にあって」
「え。屋敷が真ん中?」
「そうよー。別に大勢で住んでるわけでもないからそこまで大きくない屋敷でしょ?」
「十分大きいと思います……」
「そう?……まあ、ざっと五千平米ってところかしらね」
「……と、東京ドーム一個分……」
まさかの大きさを現すアレをこの場で使うことになるなんて……。
明らかにここ以外にも家があるということを含んだその答えに、絶句。「やっぱり本物の貴族様は違うのね」とシレさんが呆れている。
「……あ。そう言われてみると。首相官邸くらいの大きさですよね、キツネさんのお屋敷」
「あー、うん? よくわかんないけど、それくらい? 屋敷の裏手のほうには竹林があったり花壇があったりで庭を分けたりしてて、そこでお茶飲んだりとかも出来るのよ。今いる表門より、裏手のほうが静かだから、そっちにガゼボあったりするのよ?」
ガゼボ。
あの、貴族のお嬢様方が優雅にお茶を飲むところですね……。
元の世界の私達に縁もなさそうなところが当たり前にあるってことに、ますます庶民の私は萎縮してしまう。
「あ、今度そこでお菓子でも食べてお話してもいいですか?」
「あらいいわね。ハナちゃん、慣れてる感じ?」
「小さいお家でしたけど、お庭があって、そこの庭園で、お花に囲まれて飲む紅茶とかは美味しかったですよ」
「「……」」
庭園があるおうちは、小さいとは言わないと思うよ、ハナさん……。
キッカと二人して、ハナさんが違う世界の人だったんだと戦々恐々としていると、シレさんが、慌てたようにそっぽを向いた。
……まさか、シレさんも。
前に思った、シレさんとハナさんがお嬢様かもって思ったのは、まさかまさかの真実味を帯びてきて。
「キッカ」
「うん。私達は頑張ろう」
これからお城に行くのも。庶民の私達だけが心配。
二人で気をつけようと心に決めて。
屋敷の表門から出ると、すぐ隣を見たら見えたお城。
夜に見てたから全く気づかなかったけど、今にして思えば当たり前だなって思った。
上位貴族の屋敷が並んだ上位貴族街なんだから、その近くにお城があるってことは当たり前。
横幅50m走はできそうなその道の縦の終着点に、お城があった。
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