051.ソラさんのおうち 7(アズ視点)
朝。
外からの光が顔に当たって、深く沈んでいたその意識がゆっくりと浮上していく。
何か夢を見ていたような気もするけど、その夢がなんだったのかなんて分からない。
きっとこの目をゆっくりと開いた時にはその夢は忘れているんだ。
そう。
私達が、異世界で森の中に捨てられて。
とても強くて頼りになる巫女さんみたいな格好した、お面被ったキツネさんに助けられて中世ヨーロッパみたいなところに過ごすことになるなんて、とか。
そんなこと、夢だったんだって。
……なんて。
こんなこと考えている時点で、私の意識はとっくに覚醒しちゃってる。
私の意識を目覚めさせたのは、カーテンの隙間から漏れた光。
それは、朝の訪れを教える陽の光。
体をのそっと持ち上げて、辺りを見てみる。
二つの窓があって、その窓からうっすらと光が漏れている。これが木漏れ日っていう光なのかななんてぼーっとした頭で考える。
カーテンが窓を隠しているからか、部屋の中は暗い。
広い部屋。
「昨日、楽しかったな……」
思わず呟いたその声に返ってくる声はない。
部屋には私が横になっていたベッドと同一のベッドが複数ある。
そこには私と同じく、まだ静かに寝ている三人――キッカ、シレさん、ハナさんがいる。
まだまだ起きる気配のなさそうな三人を見て、私ももう一度眠ろうかなんて思った。
もう一度布団に入りなおしてみる。
さっきと変わらず丁度顔の部分にカーテンの隙間からの光が当たって寝づらい。
窓近くのベッドなんて選ばなければ、きっともうちょっと寝られたかもしれない。
昨日は皆してラーナさんの食事を堪能させてもらった後は、体を綺麗にするように言われて一階のお風呂を案内された。
入ってみてびっくり。
まさかの大浴場。
グレー色の大理石みたいな、ぴっかぴかの綺麗な傷一つなさそうな床。天井も同じ色だからちょっと暗めなんだけども、天井に複数の電球みたいな光がつけられていて、木目調の硬い鉱石の壁が天井の光を蓄えるかのように仄かに光ってる。暗くなりがちな浴室がそれで明るく見えて、L字型の大きい浴槽も、縁は白いけども後は落ち着いた色合いの浴槽でちょっと大人な雰囲気が出てる浴場だった。
窓がないのかななんて思っていると、隣に外へ出るドアがあって。
ドアの向こうには露天風呂も完備。
外からは見えないようにしっかりと壁が張られていて、まるでプラネタリウムかのように空に広がる星を見ながら入るお風呂は、豪勢さしか感じられなくて。
さっきいた二階の大食堂よりも広い浴場に、驚きと、毎日こんな広い浴場を四人で使ってるとか、おまけに、女湯と男湯に暖簾分けして同じ広さの浴場が反対側にもあるとか、どれだけリッチなのかと――……あ、キツネさん、偉い人だったっけ。
浴槽にゆったり足を伸ばして寛ぎながら、マーライオンみたいな、虎みたいな口からお湯がざばざば出てる光景を、まさか異世界に来てあんなにお風呂を堪能出来るなんて思わなかったと、ぼーっと皆で静かに見るなんて、夢にも思わなかった。
ほかほかになった後は、これまた広い脱衣所でマイさんとミィさんが用意してくれた飲み物と浴衣みたいなパジャマを着てのんびりして。
寝室に案内してくれるとミィさんに言われて二階に上がる。
大食堂向かって右へと進んだ先には大きな客室があった。ミィさん達が用意してくれた四方に置かれたベッドを見て、どっと疲れが押し寄せてきて、皆して適当にふらふらとベッドに移動。
自分の体に毛布をかけたら、ふわふわでいい匂いがして。
まるで包み込まれているかのような、――実際毛布に包み込まれてたけど――優しい暖かさにすやぁって一瞬で眠りについちゃって。
そういう体験が、元の世界でも覚えたことのない至福に。元の世界で簡単にできないような旅行のように、夢のようだったからこそ。
「……起きたら、元の世界だった、なんてこと、ないよね……」
目が覚めて用意された広めの客室のベッドで寝ている姿に、夢ではないと。これが現実だと思い知らされて。
だけども。
「少しだけ、わくわくしてる自分がいる」
元の世界に戻れるかなんて分からない。
こんな世界に来てしまったことも怖くて嫌なことでもある。
でも。それでも。
私達はこの世界で生きていく術が必要で。
これからどうしていくかとか、決めなきゃいけなくて。
どうしたらいいか。
私達は、浴場で話し合った。
その結果に皆して納得できたからすやっと眠れたのかもしれない。
私達は、この世界で……――
「……おーい。あんたたち、いつまで寝てんのよー」
聞こえたのは、私達を助けてくれた女性の声。
呆れたようなその声に、私は布団に入りなおした体を起こした。
「キツネさん、おはようございます」
「はいはい、アズちゃんおっはよー。よく眠れたー?」
「はい、多分よく眠れたんだと思います」
「でしょうねー」
「?」
キツネさんが、キツネのお面の上からでも分かるような、呆れた表情をしていそうな雰囲気を出して、客室の扉を開けて寄りかかって立っている。
何かあったのかと、ふと思えばこの家の家主が起こしに来るとか、実はとんでもないことが起きてるんじゃないかとか思って、私はすぐに皆を起こしにかかる。
「……眠い」
「キッカ、もう起きてって」
「キッカちゃん、低血圧? 朝に弱いのね」
「ふわぁ……皆さんおはようございます……」
みんながみんな、まだ寝たりないような、でもすっきりした朝を迎えられたようで、幾分表情にも余裕が出来た気がした。
これも、浴場で皆で話し合ったからかな?
「よく眠れたー?」
私に聞いたように、キツネさんは同じことを皆に聞く。
「はい、よく眠れました。もしかしたら一番よく眠れたかもしれません」
キツネさんのいる扉に一番近いハナさんが眩しい笑顔でキツネさんに答える。
「そりゃそーよー。眠れなかったなんて言おうもんなら、どうしてやろうかと思うわよ」
「「え」」
「昼よ。もう」
「「「「…………」」」」
キツネさんの信じられないその一言に。
もう、みんなで謝るしか、なかった。
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