048.ソラさんのおうち 4(アズ視点)
「……凄い」
「ど、どうやったらあんな……」
キッカがじゅるりと口元の涎を拭うような動作をしながら、じーと穴が開けれるんじゃないかという勢いでラーナさんを凝視している。
ハナさんもラーナさんの魅惑の虜となってキッカと同じようにじーと見ているけど、二人とも見すぎだよ、なんて言いたい私もじーと見ちゃってるから人のことを言えない……。
「? ごしゅじんさまのおきゃくさま~?」
その甘くとろりとした声とあざといほどに口元に人差し指を当てて小首かしげる姿は、もう犯罪。
「……あなたたち。先ほどから失礼では?」
ミィさんにじろりと睨まれて、はっと我にかえる。
「わっ! ほんと! ごめんなさい!」
ラーナさんをじーっと見ていることでも、ミィさんの胸元と比較してしまったことに対してというより――いや、そこは私もあまり変わらないから仲間だと思ってるけども。
私達は、皆して彼女達に名乗ってもいないことに気づいた。
大変失礼なことをしたと、私達はすぐにそれぞれが名乗っていく。
「ミィです」
「マイです」
ミィさんとマイさんが、メイド服のスカートを軽く摘むと、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま軽く会釈をしてくれた。
ミィさんとマイさんの所作が滑らかで綺麗で、思わず見惚れてしまう。
ラーナさんも「ラーナはラーナだよ」とミィさん達を見て不思議そうに同じような動きをして挨拶してくれたけど、その動きに慣れてないのか、それとも初めて行ったのか、ぎこちなさに恥ずかしそうにしていて「うぐっ」と心が鷲掴みされる。
ラーナさんの可愛さはおいておいて(キツネさんがわしわしのわしゃわしゃが止まらなくなってるので冷静になれた)、その動きは、実際やってる人はみたことないけど、よく漫画では見たことがある。
カーテシーっていう、西洋式の挨拶だ。
「カーテシー……生で初めてみた」
「……この世界、いよいよもって、何世紀くらいの文化なのかわからなくなってきたわね……」
キッカが感動し、シレさんが難しいことを言い出した。
うんうん。見たことないし、こんなにも綺麗にできるんだと思うと、スカートの端をちょと摘んだりして真似したくなる。
「あの……私達、ミィさん、マイさんと同じ年ですし、身分とかも偉いとかなく平民ですので、そのような礼法で挨拶されなくても……」
「? ハナさん、カーテシーってそういうものなんですか?」
「アズ。あれは目上の相手に対して行う挨拶」
「え……目上……?」
キッカやハナさんが少しやりにくそうに二人を見ているけど、ハナさんが言うように、私達は偉い人でもなければこの世界では住所不定の無職……――思ってみて悲しくなったけど、実際そうなので、本来なら私達がするのが正しいんじゃないかな。
だって、キツネさんは、上級貴族街にこんな(多分)広い邸宅をもってるんだから間違いなくお偉い貴族様だし、そのキツネさんのお家のメイドさんなんだから。
「あー。まあ、あれよ」
キツネさんが、狐のお面の頬をぽりっと搔いた。
「目上の人への挨拶でもあるけど、形骸化してるようなもんで、こういう場合では単純に丁寧な挨拶以上のもんでもないから気にしなくていいわよ」
キツネさんが「ミィとマイも、そこんとこ分からない子達だから大目に見てあげてね」と双子さんに声をかけると、二人が同時に返事する。
今の話し振りから、やっぱりキツネさんは私達みたいな人が普通に話したりしちゃいけない人なんじゃないかと不安になる。キツネさんがどれだけ偉い人なのか、聞いてもいいのか、聞いたら駄目なのかさえも分からない。
「ですが、これだけは言わせて頂きます」
ミィさんが、キツネさんに一度綺麗なお辞儀をして、きりっと、私達に向き直す。
マイさんが呆れたような苦笑いし、ラーナさんがにこにこ笑顔。
なに?
やっぱりキツネさんに仕える人からして、失礼すぎたとかなのかな。何言われるのかさっぱり――
「――旦那様の一番は私です。貴方達が入り込む隙間がないということだけはしっかりその身に刻んで頂きます。旦那様は私だけを愛し、私だけに愛されるべき方なのだと。旦那様に助けられ保護されるという羨ましい事態に代わってほしいと思うところですが、私もまた貴方達のように助けられ保護された身であり、貴方達と私の間にはアドバンテージもなく、貴方達に有利な部分はそこにもどこにもありません。私には貴方達にない、旦那様と過ごした濃密な長い時間があるので夢々一緒の状況だから旦那様の寵愛を私のように頂けるとは思わないよう。お忘れなく」
……
…………
………………
「ミィ!? 何言ってんの!?」
……はっ!
いま、何を言われたのかと。
「え、えっと……?」
つまりは?
冒険者ギルドではBLについて話があって??
ここでは……
「……ミィさん、その……百合、ですか?」
「おお。同士」
「キッカ!? そのケがあったの!?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない」
キッカのいきなりのカミングアウトに、私だけでなくシレさんとハナさんが一歩後退る。わきわきっと、キッカの手が蠢きにちゃぁっと不敵な笑いを浮かべるキッカが本物なのか嘘なのか判断つかない。
別に悪いことじゃない。うん。でも、いきなりはさすがに驚く。
「百合? そのような言葉で表せるものではありません。もっと崇高で偉大で信仰深き――」
「やめぃっ」
ぱこんっと、ミィさんの頭をキツネさんの優しい拳骨が。
「ご褒美ですか。ありがとうございます旦那様」
「相変わらず、あんたは私関連全部が褒美になるのかな!?」
……分かった。
「なんだか、お姉ちゃんが、ごめんなさい」
しっかり者がマイさんで。
真性とつきそうなほどのほにゃららが、ミィさん、と。
「普段は普通の人で、今は旦那様成分が枯渇してるみたいなので、おかしくなってるだけなので、仲良くしてくださいね」
キツネさん成分って、なに!?
「……旦那様、お部屋のほうはいかがなさいますか?」
「んー? みんな個室でいーい?」
え。さっきのやり取り直後に二人が当たり前のように話してるんだけど。まさか今のはいつものこと??
……このおうち。
ちょっと変わった人しか、いないのかも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます