キツネさんのおうち

045.ソラさんのおうち 1(アズ視点)


 冒険者ギルドから外へと出た私達は、そこからメイン通りを外れた坂道を歩いていく。メイン通りなんて思ってみたけども、たぶん、この世界、この領都ではこの坂道の先がメイン通りなんじゃないかな。

 そんな坂道は、急な坂というわけでもなく、なだらかな坂。もし急だったら馬車が登れないだろうから大変だなぁなんて思いながら、馬車を挽く馬が上れるような斜面にしてあるんだと、なだらかなその道を皆で話をしながら登っていく。


 実際、隣をかっぽかっぽと音をたててゆっくり昇り降りする馬車も数台いた。これからどこへいくのかは分からないけど、この世界では、まだ辺りが暗くなった程度の夜は、まだ早いみたい。


 馬車ってゆっくり進んでるイメージがあったけど、私達が歩くスピードよりは十分に速かったことに驚いた。そりゃそうよね。あれで町と町を行き来もするんだし。

 長距離を移動するなら客車部分は快適なんだろうな、なんて思ったけど、よく見ると結構揺れてそうだった。中はいくら座っているからといっても揺れに揺れて気持ち悪くなるかもしれない。

 長時間乗ってたらお尻も痛そうだけど、どこにいくんだろう。


 私のラノベ脳であるキッカ曰く。


「夜会じゃない?」


 とのこと。

 なるほど。確かに貴族様は、前の世界でみた物語でも、社交の場として夜会とか舞踏会とか晩餐会で夜に出歩いていた。

 権謀術数の煌びやかな世界。お嬢様はやっぱり、扇子とか持って顔を隠しながら話をしたりするのかな?


「おーほっほっほ、いいざまね」


 急にキッカが高笑いした。


「あらあら、あなた達、こんなこともできないの?」


 シレさんがちょっと艶めかしく口元を隠す仕草をしながらふふっと笑う。


「あ。そ、そう! あなたとは婚約破棄よっ!」

「え、えーと……私と婚約破棄できるなんてお思い?」


 ハナさんに見られながら言われたので、私も思わずそれに返す。


 とか。なんとなく、夜会に反応してみんなでお嬢様を演じてみる。見るけど、なんでみんなして悪役令嬢っぽいセリフだったんだろう。

 あれ? 私とハナさん、どっちが悪役令嬢だったのかな。


 そんなことをしている間に、なだらかな坂は終わり。

 登りきった坂の上に広がるは、石畳でしっかり舗装された歩行者用通路と馬車が通る道路。その左右にはおしゃれなお店。まるで元の世界のアウトレットモールにいるかのような光景が拡がっていた。平民街と同じ構造をしているけども、まったく違って、あっちは逞しく騒がしい気風だったけども、こっちは財を尽くしたような感じ。優雅で豪華な印象を受けた。


 もう暗くなっているとはいえ、それでも街灯の光とその家から木漏れる光にまだまだ明るさを感じるその道。夜の闇を照らすその光が、少し妖艶さを纏っているようにも見えて、ごくりと喉が鳴る。


 明るい場所で見たらまた違った印象を受けるのだろうけども。私には平民街のほうが性に合ってそうだなって思う。


「あー。うん……ほんとに、いるからねー……」

「え?」


 キツネさんが、平民の住む平民街と貴族街の違いに驚いて立ち止まる私達のことなんてまったく気にせずに、すたすたと歩きながら呆れ気味に言う。背中に背負ったユウ君が重いから早く行きたいのかなとか思ったけど、そういうわけではなく、ただ見飽きた光景だからなのかも。


「ああ、勘違いしないでね。あんた達が思い描く婚約破棄のシーンみたいなものはないわよ?」


 私達は慌ててキツネさんの後を追うと、少しだけ歩を緩めてくれたキツネさんが自分の呟きを訂正する。


「キツネさんの言う婚約破棄って、あれですか? あの、卒業後の懇親会やら晩餐会とか婚約発表の場とかの大勢の場で婚約者に婚約破棄する……?」

「そうそう。あれやったら確実に自身の家名を傷つけるでしょ。それが王に連なる貴族なら尚更よ。特にこのモロニック王国は王をトップとしているから王国なんだし。王の前で誓約し王が認めた約束事を王の許可なく破棄するとか、できるわけないからね。あれってさ、そもそも自分が爵位持ってて判決権を持ってるかもだからまだわからなくもないんだけど、自分は次期であって、爵位を持ってないわけでしょ? 親の威を借りてるだけのただの威張った子供だって考えたら滑稽よね」

「キツネさんなかなか辛辣」

「あー……なるほどー……え、じゃあ、ほんとにいるってのは何の話ですか?」

「ドリルをつけたお嬢さんよ」


 そっち!?

 本当にそんな令嬢いるんだ……って、ドリル……?


 なんとなく髪型のことなんだろうなって、そんな重そうなものをつけてる令嬢がいるんだと驚いていると、キツネさんが急に立ち止まった。


「あいたっ」

「あ、シレさんごめんなさい」

「あ、私のほうこそごめんね」


 なぜかぼーっと考え事をしていたシレさんが私が止まったことに気づかずにぶつかってきた。


「ねえ、ハナちゃん」

「はい?」

「わかったら、でいいんだけども。キツネさんってさっきから――」


 ハナさんとシレさんがひそひそと話し出した。

 なんだからシレさんって時々何か考え事してたみたいだけど、何か気になることでもあるのかな、今度私にも教えてほしい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る