044.冒険者ギルドにて 13(アズ視点)


「いや、その! そこの黒髪ロングの君だ! メリィを魔法で回復していた君!」

「え、私?」


 ジンジャーさんといい感じだったシレさんが、まさか自分が呼ばれているとは思っていなかったようで、驚きながら顔を上げた。


「君、名前は?」

「え」

「みんな、行くわよ。ああ、そこの冒険者のお嬢さんたち。メリィちゃんのこと守ってくれてありがとね」


 ぐいっと、ちょっと強引な感じはするけど、キツネさんがシレさんの腕を掴んで引き寄せ無理やり歩かせた。

 驚いたシレさんも軽く悲鳴をあげ、たたらを踏みながらキツネさんについていく。


「な、待て! そんな無理やり! 痛がってるだろ!」

「あんた何様よ」


 ぴたっと、キツネさんが怒ってる風の声をあげる。

 なんだかヤットコのときより怒ってないかなキツネさん……。

 もしかして、カインのちょっと上から目線の聞き方に怒ってるのかな。


「た、ただ名前を聞いただけでなんなんだ!」

「名前を聞くだけ? あんた、私には名乗ったけど、この子には名乗らずに名前だけ聞いてるわよね。あんた、貴族でしょ。貴族じゃなきゃあんな聞き方しないわ」

「あ、ああ! 俺はヤッターラ伯爵家の三男、カイン・ケル・ヤッターラだ! これでどうだ!」


 また貴族……。

 なんでこう、短時間で横暴なことをする貴族に会うのだろう……。

 貴族が嫌いになりそう。もう嫌いなんだけども。


 カインの傍にいた女性達も、頭が痛いのか、やっちまった感を醸し出して呆れている。



「あんたね。ヤットコのことでただでさえ貴族から嫌な気分を味わった女の子に、いきなり名前はって不躾に聞いて、おまけにまた貴族とか。どう考えても無視するに決まってるでしょ」

「き、貴族として、平民に先に名前を名乗るのは――」

「間違えてはないけどね。伯爵程度の三男でしょ。継承権ないから冒険者やってるんでしょ。悪いけど、マウント取りたくて自分のほうが偉そうだとか見せたくてそういった聞き方してるようにしか見えないから。て~かあんた、メリィちゃん守らずにその場から逃げて応援呼びにいったみたいだけどさ。伯爵家の三男だって自分を誇るなら、ヤットコの時にその権力振りかざせばよかったんじゃないの?」



 ん? 伯爵って、貴族階級だと確か中間くらいの大きな領地を持てる爵位ですよね??

 伯爵をその程度扱いって……

 キツネさん? キツネさんって、どれくらい偉いんですか……!?


 一応私のラノベ脳のキッカに聞いてみたら、伯爵は階級順で言うと序列三位。真ん中みたいだけど偉い人もいるみたい。中には王様にも意見できる伯爵もいるって言う話だからきっと偉いんだと思う。伯爵をその程度呼ばわりできるなら、侯爵、公爵あたりなのかな。


「それとも何。メリィちゃんが子爵家だから、冒険者ギルドのギルド長は子爵家か自分と同程度の爵位だろうからって高をくくったとか? だったら私に聞かれて最初に自分の名前をカインだって名乗ってるのは正しい判断ね。でも、彼女に声かける時にはそうしなかった。それ、この子を下に見てる発言でしょ」

「い、いや……あなたはギルド長代理という、このギルド館では一番偉いから、俺も名乗っただけで……っていうか、伯爵家をその程度って……」

「あんたね……伯爵家の継承権あるかないかしらんけども、それでも所詮の三男と、もしかしたら伯爵家当主であるかもしれない私だったらどっちが偉いかとかもわかんないの? 伯爵じゃないけどさ私。……話にならないわね。行こう」


 キツネさんは私達に外に出るよう促し、シレさんの手を掴んだまま出口に進み出した。


「い、いや! すまなかった! せめて名前だけでもっ!」

「え、えっと……」

「言わないほうがいいわよ。面倒なことなるから」

「あなたはっ! くっ……で、では!」


 更に前へと進もうとするキツネさん。キツネさんがもうすぐ出口に辿り着くというところで、走って回りこみ、カインが出口を塞ぐ。


「なによ……どきなさい」

「いや、だったら、そこの黒髪の彼女! 君は、良い人はいるのかっ!」

「「……は?」」



 何をそんなに必死なのかと思ったら。

 まさかまさかの、シレさんのことが気になってちょっかいかけてきただけ!?

 冒険者ギルドでシレさんをじっと見てたのは、一目惚れしたとかそんな話?



「えっと……?」

「君がもし恋人がいないのなら、是非このカインと! いや、君に相応しいのは俺しかいない!」

「遠慮します」

「なぜだっ!!」


 シレさんの即答。

 流石に私も、ないわぁと思ってるけど、キッカもハナさんも、カインのお仲間の女性達も、ないわぁって顔してたから、みんな同じことを考えてるみたい。


 ジンジャーさんがシレさんの近くにそれとなく立った。シレさんを守ろうとしてくれてるみたい。ジンジャーさんが妙に紳士に見える。

 ……世紀末な格好だけど。


「キツネさん。貴族ってみんなこんな感じなんですか?」

「あー。うん、まあ……貴族って結構我侭なことあるからね。特に偉い貴族の子息なんてこんなもんよ」

「いないのならお試しでも。俺なら君に裕福な生活をさせてあげられる! その気になれば冒険者を辞めて父から領地をもらって共に領地経営でもいい! 君には俺しかいない!」


 それでもめげずにアピールするカイン。

 最初は困惑していたシレさんも、ちょっと嫌気がさしたみたい。

 いやぁ……ちょっと、必死すぎて怖い。なんの決め付けなのかと思う。領地経営するのも、土地を親からもらってだし。


「権力とかそういうのには興味もなく、貴方にも興味はまったくありません。そもそも貴方のことをまったく知らないので言われても困ります」

「じゃあ今から俺を知ってくれ!」

「お断りします」

「チャンスも与えてくれないのか!」


 カインの腕がシレさんを捕まえようとした。そこにすっと間にジンジャーさんが入ってブロック。


「おい。嫌がってるだろぅが」

「なんだ君は。どけっ!」


 シレさんは何かを思いついたのか、それともその場のお酒臭い空気も影響してたのかもしれないけど、守るかのように前に出てくれたジンジャーさんの腕に自分の腕を絡めてぎゅっと抱きついた。


「それに、私にはすでに良い方がいるので諦めてもらえますか?」

「え」


 いきなり抱きつかれて良い人に昇格したジンジャーさんが、驚きのあまり固まってシレさんを凝視する。

 ジンジャーさんが困惑してる姿に、シレさんも恥かしそうにジンジャーさんをチラッと見た。


 え、なになに。

 どういうこと。いま私達は何を見させられてるの?

 お酒入ってなくても本当に二人がくっついちゃってるよ!?


「あー、まあ、その……?」

「ヤンスならこういうでヤンス。ヤンスのものに手出すでねぇでヤンスのヤンスって」

「えーっと? 俺のもんに、手出してんじゃねぇで、ヤンス? 後、ヤンス?」



 うわっ。

 なんだろう。ちょっと可哀想だけど、勝手に突貫して勝手に始まる前にざまぁされてる……。



 カインはがくりとその場に倒れこんだ

 もしかしたらお酒に酔ってたってこともあるのかもしれないけど、それはそれで最低かなって思う。



 出口をふさいでいるから凄く邪魔なんだけど、カインのパーティ仲間の女性冒険者達がずるずると引っ張って申し訳なさそうに道を開けてくれる。キツネさんが「メリィちゃんのことも含めて、今度お礼させてね」と明るく声をかけると、嬉しそうにしてた。





 冒険者ギルドを出ると、ジンジャーさんとヤンスさんが、入口前で、「こいつが追いかけないよう見張っておいてやるからとっとと行きな」とギルド内で別れ、私達はキツネさんの後について歩き出した。


 さすがジンジャーさん。やっぱり二人は急ごしらえの大人の対応でその場を切り抜けただけなんだ。

 本当に二人がくっつくのかと思って急展開すぎてびっくりしたよ。










 ――なんてひと悶着があり、今に至る。


 その後、少し歩いたところで、さっき私が気づいた、どこで今日寝泊りするのか問題に発展したんだけど。

 同じ貴族でもキツネさんが優しくてよかった、と、心から思う、濃厚な一日でした。



 その濃厚な一日が、まだ続くとは、思ってもみなかったけど。

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