043.冒険者ギルドにて 12(アズ視点)

 ギルドからの帰り道。

 夕暮れ時の温かな陽の光は消え。今は道路と歩道の間に定期的に建てられた街灯と星という天然の光だけが闇を照らす薄暗い道を歩いている。


「はー。まあ、ちょっと早くに出れたからって、結局は暗くなってたとは思うけどもねー」


 ほんの少しのひと悶着が冒険者ギルドから出る時にあって、私達は今、キツネさんのお家へと向かっている。


 寝る場所の提供など、事前に行っていなかった私達は夜になったことで、どこで宿をとるのか、お金もないのにどうしたらいいかとかまったく考えていなかったことに、その時は今更ながらに危機感を感じた。


「ん? なにいってんの? あんたたち、今日は私の家に泊まるのよ」


 と、どうしたらいいのかとおろおろしていて、なんだったら今トラブルが起きて逃げるように出てきた冒険者ギルドに戻ってキツネさんの執務室をお借りして一泊させてもらおうと相談したところ、キツネさんから助け舟が。


「いいんですか? お邪魔しちゃって」

「お邪魔もなにも、元からそのつもりだし。つーか、あんた達さ、私に助けられた時点でもう諦めなさい」

「え、な、何をですか」

「私にお世話されること」


 どういう意味ですか!?


「そーもそもー。異世界から来て何も分からないあんた達が、いきなり町に辿り着いて準備も何もないのに宿に泊まれるわけないし、お金も持ってないことだって分かってるし。お金借りるとかそういうことも考えてなかったみたいだし? 他にも、宿屋がどこにあるかなんて分からないでしょ。優君どうするのよ」

「「「「うっ」」」」

「まだ陽が落ちて間もないとはいえ、それでも暗いんだから、あんた達みたいな娘達がふらついてたら、どっか連れて行かれてあっという間に娼婦としてデビューするわよ」


 いくら町に活気があって冒険者ギルドや治安部隊がいると言っても、夜になれば危ないことがあるってことを知った。

 ちょっと離れたところには、大きな町にはお決まりとも言える、職に炙れたり家のない人やワケ有の人が集まったりするスラム街もあるみたいだから、本当に私達だけで放り出されてたらキツネさんの言う通りになってたかもしれない。


「というかね? さっきのがいい例よ。あんな強引なのがいっぱいいるんだからあんた達だけじゃ振り切れないでしょう?」

「「「ごもっともです」」」

「ほんっと、シレちゃん、モテモテだったわね.」

「あー……もう……恥ずかしいのでやめてもらえると本当に嬉しいです……」


 キツネさんだけでなく、誰もがシレさんを見てにやにやと笑ってしまう。


 そう。

 私達が遅くなった原因。

 冒険者ギルドであったひと悶着というのが――



















 キツネさんの執務室から出て、ギルド従業員しか通れないバックヤードからギルドホールへと戻ってきた私達を迎えたのは、冒険者達のギルドホールでの騒ぎだった。

 二階が酒場も兼任しているので、暗くなってくると冒険者ギルドは冒険者達の情報共有の場として有効活用されるとメリィさんが教えてくれる。一階ホールのいくつかの机でも酒盛りがされていて、ぷわ~んとお酒の匂いと食べ物の匂いが漂っていた。

 すきっ腹の私には、ちょっと酷な状況です……。


「アズさん達は、お酒飲んでいきます?」

「ごめんなさい、メリィさん。私達まだ未成年です」

「え。そうなんですか? お年は?」

「もうすぐ十八歳な十七歳です」

「あれ? だったら皆さんお酒飲める年のような……?」

「あー。メリィちゃん。異世界では二十歳からお酒飲めるのよ。こっちは十五歳から成人だけど、向こうは二十歳からっていう社会的ルールがあるのさ。ごめんね」

「へー……あ、じゃあシレさんは飲めますよね? シレさん二十歳超えてま――」

「あら、アズちゃん、もしかして私だけここに置いてくつもりなのかな?」

「そんなつもりで言ってないですよー」


 こっちの世界では十五歳から成人……。

 言われてみれば、この場で騒いでいる人達の中で、ちらほらと私達より若そうな冒険者もいた。

 この世界って、冒険者は何歳からなれるんだろうと思ってメリィさんに聞いてみたら、基本は十二歳から、特例でこの領都のギルド長(キツネさん)の意向として、冒険者見習いという制度を持たせていて、もっと年若い未来の冒険者達を、町中で起きる小さなオーダーを受注して育成しているそう。

 時にはポーターという荷物運びで外に出ることもあって、教育にも役立ってるって話。


 聞いたときは、失礼だけど、ほんとにキツネさんがお仕事してたと驚いた。


「さーて。ここお酒臭いからとっとと出ちゃおうか」

「確かにちょっとお酒臭い」

「お酒って、美味しいんですか?」

「さーねー……私も嗜む程度にしか飲まないからねー。……前にミィとマイと一緒にお酒飲んだら、朝起きたら二人が恥かしそうに「これからももっとお酒飲んでください」とか言ってしばらくお酒を飲ませようとしてきたことがあって、それから自分の意識がもてる量というか一杯くらいしか飲まなくなったわ」


 ミィさんとマイさん?って人がどんな人かは分からないけど、何があったんだろう……。

 ハナさんの質問からキツネさんがお酒に弱い、というかお酒にちょっとした思い出があるってことがわかって、私もお酒が飲める年齢になったら気をつけようと思う。


「あ。シレちゃんは飲んでってもいいのよ?」

「キツネさん? 私をここに置いていくつもりですか?」

「いやほら、ジンジャーとヤンスに奢ってもらって友好を深めてお持ち帰りとか」

「なんでそういう話にっ!?」

「おいキツネ! お前こいつらの保護者ならそういう――」

「き、君っ! そこの黒髪の君っ!」


 ギルドホールから出て、入口と出口の丁度真ん中辺り。うっとお酒の匂いがきついと思った矢先に、キツネさんの爆弾発言にジンジャーさんが怒ろうとしたところでその声を遮る声が現れた。


 黒髪の君?

 それ誰のこと?

 誰を呼んだのか分からないので皆してスルー。


「ああ、ごめんごめん。てっきりジンジャーもシレちゃんもそういう関係になりたいのかなって」

「な、なんでそんなっ。急すぎてジンジャーさんも嫌ですよねっ?」

「あ、ああ、まあ……うん? それ答えなきゃなんねぇか?」


 おやおや? ジンジャーさんもまんざらでもない?

 ジンジャーさんの照れたような表情と言葉に、シレさんがジンジャーさんの顔を見上げ驚いた顔をして恥かしそうに俯いた。


 おお、なんだか二人ともちょっといい感じ?

 本当にお酒飲んでってもいいのに。

 ジンジャーさんならきっと無事送り届けてくれるだろうし。


 ……ん? どこに?


「ちょ、無視しないでくれっ!」


 そんな私達の前を遮る影。

 どうやら声をかけたのは、先程の騒動の時にじっとシレさんを見ていたイケメン勇者風の冒険者の人だった。


「あんた誰だっけ」

「か、カインだっ!」

「あー。んで? そのイケメン勇者風のざまぁされそうなカインは、どの黒髪の子に声をかけたのかな? 見たらわかるでしょ。私達大体黒髪よ。誰に声かけてる分からなかったら、いちいち相手しないって」


 カインと名乗った冒険者の人は、周りに女性を数人控えさせて一緒にお酒を飲んでいたみたい。

 妙に顔が赤いけど、飲みすぎたのかな。


「あー、ごめんねカインのばかが帰るとこ邪魔しちゃって」

「メリィ様、具合のほうは大丈夫ですか?」

「キツネさん、いつも助けてくれてありがとうございます」


 武道家みたいな格好をしたボーイッシュな印象の女性がカインさんの頭を無理やり下げさせた。修道女みたいな格好の金髪美人さんがメリィさんの怪我の具合を心配する声をかけ、おっきなとんがり帽子を被った赤髪でそばかすが似合う私達と同じくらいの女の子がキツネさんにぺこりとお辞儀をする。


 あ。この人達、ヤットコといざこざの時に、メリィさんの傍で守ってくれてた女性の人だ。

 じゃあ、カインって人は、この人達とパーティを組んでる冒険者なのかな?


 ……なにこのハーレム。勇者なの?

 ……あ、勇者は私だ。

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