040.冒険者ギルドにて 9(アズ視点)

 コスプレ話をユウ君に説明するのを諦めたキツネさんが改めて一人用ソファーに腰掛ける。

 ふわりと座る優雅なキツネさん。姿勢正しく座るその姿に、巫女装束がよく似合う。

 ……狐のお面は、外したほうがいいと思うけど。


「きつねさん、これでも驚くくらいの爵位持ちなんですけど。そんな高位の貴族はそんなことしないですよ」


 メリィさんが当たり前のようなことを言う。

 さっきのヤットコとの一悶着を見てれば、高位の貴族じゃなくても、貴族なら誰もやらない気がする。


「あ、ああ……まあ、なんだ、その……名前」

「ん?」

「俺の名前、覚えてたんだな」


 ジンジャーさんは言いづらそうにそう言うと、少し照れたように頬を掻いた。

 キツネさんとジンジャーさん、前になにかあったのかな。


「あら。覚えてるわよ。私に狼ちゃんを見せ付けて自慢してたでしょ」

「う……それは」

「しっかもぼろぼろの布切れみたいな皮。この領都ではD級冒険者でもお金を貯めたら防具として買えるくらいに出回ってるものなんだから、あんなの自慢しちゃだめよー?」

「そうでヤンス。ジンジャーさん、あの後このギルドでは当たり前に常駐オーダーとして出てるって知って恥ずかしそうにしてたでヤンスからね」

「なんで今それ言った!? ヤンスてめぇっ!」


 ジンジャーさんとヤンスさん、恥ずかしそうにしてるジンジャーさんと、ヘッドロックされてヤンスさんが頭をこつんこつんされてる様がじゃれあってるように見える。そんな風にキツネさんも見えたのか、あっはっはと腹を抱えるように笑いながら、「じゃあ、今度その常駐オーダー受けて、自分の実力を試してみなさいな」とさりげなくオーダーを薦めている。


 そんな賑やかな中、


「この領都にエルダーウルフの素材がたんまり出回ってるのは、どこぞの、そこのS級冒険者さんが、オーダー無視して、親の仇のように狩り尽くす勢いで倒しちゃって、需要より供給のほうが超えちゃったためです。おかげさまでしばらくエルダーウルフの討伐オーダーが禁止されたくらいです。エルダーウルフの素材は衣服にも装飾品にも武具にも使われるのでありがたくはありますが、絶滅なんてされたら今度は供給がなくなるので大変なんですよ。今は森から出てくることもわかったので問題は薄れてはいますけど」

「ふふん。凄いでしょ、私」

「凄くないです。で、ジンジャーさんみたいにエルダーウルフ狩れる人に常駐オーダーを受けてもらって、自分が大量に狩っても目立たないようにしようとしてるんじゃないですか? きつねさん」

「え。そ、そそそそそ、そんなことないわよぉぉぉぉっ?」


 メリィさんからため息と、かりかりというペンを走らせる音とともにとんでも発言が。


「そんなことしなくても、常駐オーダーとして必要数確保出来てるわけですからそんなに狩る必要ないです」

「狼ちゃんのお肉、美味しいよ? 干し肉にしても美味しいから、保存食にもできるし」

「あれはラーナさんの腕がいいだけです」

「ぐへへっ。ラーナのお料理は美味しいからねー。あげないよー」

「もらわなくてもラーナさんは私に会った時におすそ分けして頂けるので大丈夫ですけど」

「なんですと!?」

「むしろ、なんであんなに狩ったんですか」

「えー。ラーナにお肉焼いてもらいたかったから。上手に焼いてくれるんだよ。じょうずにやけました〜って言って撫でて撫でてって猫みたいにじゃれてくるんだよ? そりゃあーた。ぐへへもんだわさ」

「お肉のためというよりラーナさんを褒めたいためにとか、仮にもギルド長代理とかいう権限持ちの貴族が前線でやることじゃないです」



 ラーナさんって方はキツネさんのお友達なのかな? 

 その人がとにかく美味しい料理を作ってキツネさんがウハウハしてる事は分かったけども。


 キツネさん……なにやってるんですか……。



「お、おぅ……そうだった! あんたここのギルド長なんだったよな! 舐めた口聞いてすまなかった!」

「それに貴族様でヤンス! 」


 思い出したかのように、今度はジンジャーさんとヤンスさんが頭を下げる。


「ん? あー。そういうの気にしなくていいわよ。誰が私をギルド長代理だと思うのよ」


 キツネさんが、「代理よ、代理」とギルド長の代理だという事を強調する。メリィさんが、「ほんと、代理です。何も仕事してくれないんだから」と愚痴を言い出して、キツネさんから「うっ」と声があがった。



「ま、まー。私も時には、ギルド長代理として? お仕事をしたりするわけだけどもー?」

「してませんよね? 今からします?」

「うぅ……」



 取り繕うとするキツネさん。

 今更という目で見るメリィさん。

 どんどんと焦るキツネさん。


 大丈夫ですキツネさん。

 なんか……キツネさんがギルドのお仕事してるのは、ちょっと……想像できません……。



 これが、このギルドのいつもの光景、なのかな、なんて思うと、さっきのエセ貴族の、よく分からない思想みたいなものに当てられて嫌な気分が薄れていく気がした。


 これがいつものここの空気。

 アットホームに、和やかで温かい雰囲気。

 誰もが楽しそうなその雰囲気。



 確かに。キツネさんがそういう人だからかな。偉い人とかそういうの気にせず話しやすくて。キツネさんが優しいからこういう雰囲気が出せるんだろうなって。



 ぽんっと。

 二人のやり取りに呆れるジンジャーさんとヤンスさんの肩にキツネさんが手を置いた。


「じゃあ、ちょっと悪いと思うなら」


 くいっと、キツネさんの立てられた親指がメリィさんのほうを向く。


「事の顛末の報告書、ついでに書いていこっか?」

「ぅ、ぅぇえ!?」

「や、ヤンスヤンスっ!」


 ……鬼ですか!?


「きつねさん、緊急オーダーの完遂報告書を書いていってから家に帰ってくださいね。というか、私の報告書だけで十分なのでジンジャーさん達は書かなくて大丈夫ですよ」

「……明日、報告するわよ」

「そうやっていつもヴィラン閣下に報告するって言って、適当に報告されて困ってるって、閣下が言ってましたよ。今回の緊急オーダーも、そんな感じで終わらす気ですか?」

「ぐっ」

「今日こそは、書いてくださいね?」


 にこりと。自分の報告書を書いて立ち上がったメリィさんが笑顔を見せる。


 鬼が、もう一人、そこにいた。

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