039.冒険者ギルドにて 8(アズ視点)


 怖い。

 キツネさんが怖いと思ったのはこれが二度目だった。


 最初に怖いと思ったのは、初めて出会ったとき。

 輝くような光と共に現れて助けてくれたとき。


 あの時は、何が現れたのか、私達が何しても勝てないと思えるエルダーウルフという狼を、木の枝を振り回すだけで倒していくキツネさんに、次は私達が殺されるんだと恐怖した。


 二回目はつい先程。


 キツネさんが貴族だと聞いたし、それがぴんと来ない私が、貴族ではない平民を、人を人と思わない思想を目の当たりにして、あまりにも理不尽に理解不能な子供のお遊びみたいな考えに晒されたとき。


 面倒そうに手を揺らして人を処罰した、恐らくは高位の爵位、その権力には逆らえないという恐怖。


 この世界は、ピラミッドのようなヒエラルキーによって支配されているのだと感じた。

 いきなり階級社会に放り出されたようにも感じて、私はこの世界で生きていけるのか不安になる。


 魔物だけでも怖いのに。

 人も怖いなんて。

 あの優しかったキツネさんも怖いと感じた自分に酷く驚きつつも、「あれ?」と思う。


 よくよく考えてみたら、キツネさんの突拍子もない行動とか、魔物を躊躇なく倒して食料にしちゃうとことか。本当はもっと怖いことが多々あった気が。

 私達が必死に逃げてる後ろで、木の枝を振り回してミンチみたいに魔物を吹き飛ばしたり、その死体で腹話術みたいなのしてきたり。誰か一人置いていこうとか言ったり、スプラッタな直後にその肉を食べさせようとしたり。


 凄く強くて。凄く偉くて。

 

 でも。

 不思議と、怖くなかった。


 キツネさんが守ってくれていたから?

 もしかしてキツネさんは、私達を和ませたり、安心させるためにわざとあんな行動してたとか?



 そんな、キツネさんに覚えたこの恐怖がなにかなんて。どうしてそう思ったのかなんて。



 なんて。思う暇もなく。




 私達はぞろぞろと、キツネさんが治めた冒険者ギルド館内のトラブルの被害者、メリィさんとジンジャーさんと共に好奇の目から逃げるように、一階冒険者ギルドメインホールである受付の奥の部屋へと案内されて、そのまま言われるがままに流されていった。


 ちょっとくたびれた雰囲気のあるその部屋は、どうやら執務室のよう。

 ソファーとかの調度品は高級そうなアンティーク調のもので揃えられていて、窓の外にある広い庭の中心部に大きな樹がたっていた。あけられた窓からさわさわと音とともに優しい風が入り込んできて、不安な気持ちが吹き飛んでいく。


 なんとなく、来賓が来た時とか、お偉い人と話す時に使われる部屋なんだろうなって雰囲気があった。でも、なぜか落ち着くその部屋にこのまま居座っていたいとも思えて。それがそのちょっとくたびれた感じが起こしているのだと思うと、この部屋は誰の部屋なのか無性に気になった。


「ようこそー。私が普段使ってない私のお部屋へー」

「「キツネさんの部屋だったんですか!?」」

「きつねさん……正直に言いすぎです。ここ、一応ギルド長の部屋です。ギルド長はヴィラン閣下ですが、管理は一任されているので、代理とはいえきつねさんがここの長ですからきつねさんの部屋ではありますけども」

「ほら、合ってるでしょ?」

「仕事をするために使ってくれるなら、よりいいんですけどね?」

「うぐぅ……」


 ぽすんっと一人がけのソファーに座ったキツネさんが、左右の複数人掛けのソファーに私達をちょいちょいっと手招きして誘う。

 どうしたもんかと手持ち無沙汰な私達は、それぞれ左右にシレさんとハナさん、キッカと私、少し離れたところでオキナさんとオウナさん、ユウ君が三人掛けのソファーにユウ君を挟んで座った。ユウ君は何が起きてるのか分からない、という風で、辺りをきょろきょろしながらソファーの背もたれにうつ伏せに寄りかかったりして背後の景色を堪能したりしてオキナさん達を喜ばせている。


「さーて。メリィちゃん、状況はある程度理解できてるけども、しっかり報告書書いておいてね」

「被害者に書かせるんですか、きつねさんっ!?」


 ……ああ、なんとなく。

 メリィさんは、私達以上にキツネさんに苦労してるんだなぁって。


 驚きながらも諦めた様子で。分かっていたかのようにため息をついてはぶつぶつ言いながら。その部屋の上座とも言える場所に、でーんと置かれた高級そうな事務机にセットとなったこれまた高級そうな椅子に座って告書を書き出すメリィさんをみて、可哀想に思えてきた。


「で、あんた。ジンジャーとヤンスだっけ?」


 キツネさんは、一緒に連れてきたジンジャーさんをじーっと見ると、立ち上がりぺこりとお辞儀する。


「お、おい!? なにやってんだ!?」


 その行動に、ジンジャーさんのパーティ仲間のヤンスさんの「ヤンス!?」が止まらない。


「メリィちゃん助けてくれてありがとねー」


 素直にお礼を言うキツネさん。でもキツネさんは貴族だから、そんな簡単に頭を下げちゃいけないんじゃないかってシレさんとハナさんがひそひそ話して驚いている。

 貴族って、プライドの塊みたいなものだろうから、私もそんなことをしないと思ったからジンジャーさん達と共に驚いてると、


「あー、皆さん。そのきつねさん、貴族ではありますが、普段貴族がやらないことを平気でやったりする人なので、そういう行動にいちいち反応してたら後できつねさんに弱み握られちゃいますよ」

「おーおー。そういうこと私に言えるなんて、メリィちゃんもおっきくなったわねぇ」

「きつねさんは本当に……少しは貴族らしく振舞ってもらえたら私もこんなに苦労することないんですよ?」

「貴族らしくない? ほら、こう服とか、ひらひらーってしてるから貴族っぽくなぁい?」

「ないですね。大体そんな可愛い格好してるの、きつねさんくらいですよね」

「お? おおー? メリィちゃん、これ可愛いと思ってたの? 着てみるー?」

「着ません。……どこの民族衣装ですかそれ。見たことないですよ」


 民族衣装……。

 私達日本人からしてみたら、その格好は巫女装束。

 この世界の人達からしてみたら、民族衣装の部類に入るんだ。


 そんな何気ない会話に、よりここが異世界なんだと理解させられる。


 でも。


「確かに言われてみると……キツネさんの格好、浮いてますね」

「う、浮いて……!?」


 ハナさんがさらっと毒を吐く。


「キツネのお面ってだけでもおかしいのに」

「おかしい……!?」


 続けてキッカが。


「巫女装束って普段着しないわね。ドレスでもない儀式用の装束なんて普通着ないし。コスプレですよね」

「こ、コスプレ……」


 最後にシレさんがトドメを。

 トドメ……を……?



「「「……」」」



 三人の視線が私に向く。


 ……え。トドメ、私!?


「えーと。……巫女装束はスカートタイプよりズボンタイプのほうが飛んだり跳ねたりする時に危険じゃないと思います!」

「き、危険じゃ、ない!?」



 がくりと床に崩れ落ちるキツネさん。

 「何に対しての危険なのかが分からないわ……」と項垂れてるけど、キツネさんは飛び跳ねたりしてるので中身見えちゃいそうでハラハラします。



「ほら。こんなこと普通にするんです。貴族が地面に膝ついたりなんてしてるの見たことあります? 角度的に謝ってるみたいにも見えますし」



 あー。言われてみれば、土下座みたい。

 というか、ノリいいですよね、キツネさん。


「ねぇ、おじいちゃん。こすぷれってなに?」

「あら。優君。なにかしらねー。お狐様に聞いてみたら分かるかもしれないねー」

「おキツネさーん。こすぷれってなーにー?」

「おや、おチビちゃんもそういうのに興味をもつようになったのね。いいわ、教えてあげる。コスプレって言うのは――」

「「「「ユウ君を汚さないでーっ!」」」」

「?」


 キツネさんを止めるのに必死で。

 キツネさんが貴族だってこととか、私たちが本当は普通に会話しちゃいけないとか。そういうのは完璧に忘れてしまうほどには、必死。


「おやおや、四人娘さんは必死だーねー」


 そんな私達を楽しそうにみるキツネさん。

 ヤットコを処罰したキツネさんが本当のキツネさんじゃなくて、今のこうやって楽しく笑っているキツネさんが。そうやって周りの気持ちを解してくれる優しいキツネさんが、本当のキツネさんだったらいいなって、思った。




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これ以降、少し作品公開のペースを落とします。

え、なんでかって?

ストックがなくてかっつかつだからですね^^;

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