038.冒険者ギルドにて 7(アズ視点)
びっくりした。
いきなり何をキツネさんが言ったのかと、キツネさんが言ったその言葉が耳に入って脳に辿り着いても、それが何の意味をもっているのかまで理解するまでに数秒はかかるほどには。
それほどまでにびっくりしたその言葉。
冒険者ギルド
ギルド長代理
S級冒険者『ソラ』
異世界慣れ――異世界に慣れるってどういうことかと思うけど、それでも私達が漫画やアニメ、書籍などで知る私たちの元の世界で見知っている知識からしても、その情報は私でも分かる、簡単でとんでもない情報だった。
「S級……!?」
「……ギルド長……!?」
どう考えても、冒険者ギルドの幹部であり、冒険者の中でも憧れの冒険者ランクなのは間違いない。
ランクがどれだけ先があるのかと言われるとまだ私たちには分からないけども、それでも今この場にいる誰よりも、キツネさんは偉いってことだけは分かる。
だって、
「……この領都の領主がギルド長なら……」
「うん。実質、キツネさんがトップ。でも気になるのはこの本領地、ってところと、その領主が王爵ってところ」
キッカがぐっと自分の両手を握りしめながら私の言葉に続いてくれた。
キッカという私のラノベ頭脳がより深いラノベ知識で私に情報を教えてくれようとしている。
私はキッカと顔を見合わせる。キッカが私が同じことを考えていると思ったのか、こくりと頷いたけど、私はキッカが何に気づいたのかは分からない。とりあえず同じように頷いておく。
「やっぱりキツネさん……」
キッカが確信めいたことを言おうとした時、
「あ……ぁぁ……おま、お前……ギルド長代理って……」
ヤットコとその取り巻きが、自分のやったことに気づいた様子でわなわなと、まさにその言葉が似合う震え方をしていた。
「ああ、それと」
更にそこに、キツネさんがトドメを刺す。
「あんたさ。さっきから貴族貴族って自分のこと言ってたけど。確かに準男爵って貴族ではあるし、モロニック王国は世襲制だから家名に渡される称号よね。だからあんたはあんたの子に世襲できるわけだけど。でもね。土地を持てるのは男爵からであって、寄り親もいないその下になる準男爵って、平民よ? 自分の名前を世襲できる平民ってだけで、そういうの持ってない平民よりは偉いかもしれないけど、結局は肩書をもっただけのなんの効果もない名誉平民よ。土地持ってるなら世襲してもいいとは思うんだけどね」
キツネさんが、言い放った。
言われたことに、ぽかんと、開いた口が塞がらないヤットコ。
シレさんが、「私達の世界と同じなら、確か準男爵ってお金で買える爵位だったはず」と説明してくれる。さすがシレさん、大学生なだけはあるって思ったけど、歴史で習った気もしたのであえて口に出すことはしなかった。授業で聞いてた内容だったらちょっと恥ずかしいし、私だけが知らなかったらより恥ずかしいし。
キツネさんが、呆れたような仕草をして、「誰からも教わらなかったわけ? 貴族階級なんて誰でも知ってそうだけど。平民上がりって貴族様が全部一緒だからあまりしられてないのかな」と考えを呟いていた。
私は、その考え、正解だと思った。
私のように、貴族があまり分からない人もきっといると思う。でもあんな横暴な態度を取られていれば、貴族って怖いものだって思って、私だったら貴族に逆らわないようにすると思う。
「後、準男爵って、貴族の中にも属するわけだけど、そんな貴族様が、冒険者ギルドの受付嬢のメリィちゃんに手を出していいわけ?」
「……え?」
「メリィちゃん、ヴィラン王爵の寄子の子爵家令嬢よ。ヴィラン王爵からヴィラン直轄領地を借り受けている子爵家の令嬢に、傷が治ったとはいえ傷つけちゃったんだから、あんた、選帝侯に覚えがあればーみたいなこと、さっき言ってたけど、そんな、喧嘩吹っ掛けられてるような状況で、上がっていけるわけないでしょ。しかも理由が私にオーダーを先に受けられたからって理由で嫌がらせな時点で、さ」
会ってから時間もそこまで経っているわけでもないけど、私たちの疑問に適当に説明するキツネさんを見てたからか、こうやって説明をしてくれるキツネさんが、妙に珍しく感じる。
多分、私達に説明してくれているというより、このギルド館の中にいる誰しもに分かりやすく説明してくれているんだと思うけど……だったらも~ちょっと森の中でとか、キツネさんが二人いたのとか、説明してくれてもよかったんじゃないですかね、キツネさん……。
「で、ね?」
もうやめてあげて。
私でも分かる、ヤットコの自分が起こして自分で追い詰められた状況に、思わずこれ以上傷を広げてあげないでなんて思っちゃいなそうなほどに、キツネさんは更に告げる。
「そんな王爵が、この地域のギルド長で、この冒険者ギルドのギルド長代理なんて面倒な権限持たされてる私が。爵位、持ってないと、思う?」
キツネさんの言葉が発せられた時、理解したのか、ヤットコは言葉を失った。
キツネさんを相手にするということが、どういうことなのか、何をしたのか。
キツネさんが、何者なのか。
「お、……俺は……」
自分より、高位の爵位をもった相手に。
選帝侯、王爵という王国内最上級の爵位を持ったヴィラン家から、権限譲渡されているキツネさん。
「一応、私、なっかなかの爵位持ちなんだけど?」
キツネさんがそう言った時。
一斉にギルド館に人が入り込んできた。
騎士のような恰好をした人たちが数人。固そうでぴかぴかな金属の鎧を着た人達。キッカ曰く、
「おー、治安部隊のお出ましねー」
キツネさんがぱちぱちと拍手しながら「でも、次はもうちょっと早くに来なさいね」と釘を刺すように言うと、謝りながらヤットコを捕まえて連行していく。
領都ヴィランを護る治安部隊。
正真正銘の、この領都の騎士様だとキツネさんが教えてくれる。
「お、俺……謝罪を……」
逃げようともしないヤットコが、自分が相手にして今まで馬鹿にしていた相手がどんな存在なのか知って、顔を蒼褪めさせて謝罪の意志を見せる。
そんな相手を、キツネさんは騎士たちにしっしっと追い払う仕草をするだけの指示を与えて謝罪を受け取らなかった。
貴族社会で貴族かぶれをして、複数の上位貴族に致命的な無礼を働いた彼がどうなるのか、それはこの世界に来た私達が知る由もないところではあるけども。
それでも、彼の考えと、騎士をそのような仕草で動かすことができるキツネさんに、魔物だけでなく、人の世界でも、この世界が怖い所だと、再認識することになった。
この世界は、私達にとって、優しい世界ではなく。
私達は、まだ、何も知らないんだって。そう思った。
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