034.冒険者ギルドにて 3(シレ視点)
空気が重い。
そう感じたのは、キツネさんがガンマン張りにスイングドアを両手で押してキィキィと言わせて入ったこの大きな建物に入ってから。
「なぁにしてるの?」
最初は「な~んの騒ぎかなぁ?」と、何も騒ぎが起きてるように思っていないのに騒ぎが起きてると適当に言って入った感じだったのに。
颯爽と入っていった矢先に切り替わったキツネさんの雰囲気。
その雰囲気が、辺りの空気を、重くしている。
「もう一回、聞くけど」
その二度目の何をしているかの質問は、キツネさんの視線が建物の中で震える女性達を見ての質問。
「なぁに、してるの?」
その後に、狐のお面はゆっくりとこの騒ぎの元凶とも言える男性陣のほうへと向いた。
「へ……やっとおでましかぁ!」
筋肉質のスキンヘッドの人をボクシングスタイルで殴っていた男の人が、キツネさんを見て大声で声をあげた。スキンヘッドの人を囲んでいた取り巻きのような人達も合わせて声をあげる。
「おめぇが気にくわねぇからよぅ、ちょ~っとおめぇの近辺をイジメさせてもら――……おい、おまえ、どこにいく?」
げははと笑いながらキツネさんを挑発する男の人は、キツネさんが動き出して女性のほうへと向かったことに不快を感じたようで、当たり前のことを聞いた。
キツネさんはもちろんその問いに答えることはない。
「おいキツネ野郎! ヤットコさんを無視するんじゃねぇ!」
取り巻きがここぞとばかりにキツネさんに野次を飛ばすけど、彼らは今のキツネさんに気づいてないのかしら。いえ、気づいているけど更に煽って楽しんでいるだけ?
キツネさんが彼らとどのような因縁があるのかは知らないけど、私からしてみれば、あの森で魔物を簡単に屠っていたキツネさんより彼らが強いと思えなくて。なぜそうまでしてキツネさんを煽る必要があるのかさえも分からない。
そんな煽りを気にせず、本当に聞こえてないかのようにキツネさんは無言のまま女性の元へ。
近くにいたイケメンな男の人とその辺りに集まっていた男の人達が慌てて道を開ける。
「メリィちゃん、ただいま」
「きつねさん……」
私達もキツネさんに着いていく。途中すれ違ったイケメン男性が息を呑んで驚いたような表情を浮かべたけど、この人も彼らの仲間なのかしら。
「これ、誰にやられたの?」
座り込んでいるキツネさんにメリィと呼ばれた、被害者と思われる女性の口元にキツネさんが触れる。
より辺りの空気が重くなる。
「えっと……きつねさん、待ってください」
「誰に、やられたの?」
「……暴れないで、くださいね? ギルドの受付なんてしてたら、これくらいは普通に――」
メリィさんはどうやらこの建物――なにかの、たぶん荒くれものが暴れていたことから察したら、冒険者ギルドだと思うけど、そこの受付嬢のようね。
私は、大体の状況がみえてきた。
「アズさん、キッカさん、ハナさん、優君達。ちょっとじっとしてたほうがいいかも」
「キツネさん、怒ってる」
「あの綺麗な人、怪我してるけど大丈夫かな」
優君が心配そうにメリィさんを見て、オキナさん達が「優君は優しいなぁ」と孫の可愛さにこんなときでも蕩けてるのは凄いなぁと思う。
「だから、誰にやられたの?――そこの」
キツネさんは、イケメンを指さして
「あの、顔だけ勇者のイケメンと、群がるむっさい冒険者達に言い寄られたの?」
違うとメリィさんは首を振る。
メリィさんの近くで庇うように武器を構えていた三人の女性達も首を振る。
「じゃあ、あそこの、羽交い締めにされてる【ボッケイル】のジンジャー? それとも、あれらと私達の間にいるシーフみたいなひょろいのに言い寄られた?」
「きつねさん、ジンジャーさんの名前覚えてたんですね……助けてくれたんですっていうか、言い寄られてないです。ヤンスさんも助けてくれたんです」
「ヤンスでヤンス」
「へぇ……」
キツネさんはするりと、まるで流水のように滑らかに立ち上がると、狐のお面を残った男達に向ける。
「じゃあ、そこの、図体がでかいだけの男と、群がる取り巻き連中に、殴られたのね? しかも、顔を」
より、空気が重くなった。
キツネさんの周りの景色だけ、妙に黒く見える。辺りが震えているかのようで、近くの机に置かれた食器がかたかたと小さく音を立てる。
まだ明るいはずのこの建物が、闇に包まれたように黒く濁った。
ただ、キツネさんが怒っているという意志を見せただけで。
怒るだけで辺りに怪奇現象を引き起こすキツネさんを、それを見せられた加害者と思わしき男達は、相手を見誤ったと思ったのか、辺りの不穏に気づいて冷や汗をかいて慌てだしてるけど、多分もう遅い。
でも、
「メリィさん、でしたか?」
私は、このままだとキツネさんが凄いことをしそうに思えたので、急いでメリィさんに声をかけた。メリィさんの暴れないでって言葉がよく染みる。
「あなたは――あ、もしかして……」
「初めてなので、じっとしてくださいね」
キツネさんとメリィさんの関係は知らないけども、メリィさんが傷つけられたことはもう覆せない。だけども――
「シレさん、なにを?」
「癒してみようかなって」
メリィさんの傷を、なかったことにはできるかもしれない。
私が、聖女という称号をもっているなら。その言葉がもし私達の世界と共通の意味、用語であるならば、できるはず。キツネさんが魔力感知や魔力に関することは聖女や賢者の称号に内包されていると言っていたから、きっとできる。
私は、念じる。
癒す。標的の傷が治るように、治った後の、なにもない姿をイメージする。
じわりと、体のなかを温かいなにかが通って、メリィさんに触れる手に集まっていく。それは光となって輝きを見せた。
これが、魔力。その流れ……。この集まりを、癒やしの力に変換するよう願って、放つための
「
なんでもいい。思いついたその言葉を浮かべると、自然と言葉は口から漏れ出て呪文となって意志をもった。
光に包まれたメリィさんに驚いて、キツネさんも狐のお面を向ける。
その光はキツネさんの怒りに満ちた闇を払う。たぶんこの光は浄化の光。聖女の力が関係しているのかも。回復効果も増幅してくれればいいと願う。
そんな聖女の光が辺りを照らし鎮まる頃。メリィさんの傷は綺麗に治っていた。
「えっと……」
「なんか、できましたね。初めてなので私も驚きました」
どれだけの容量か分からないのにありったけの魔力が抜けたせいか、少しだるさを感じた。額にたまのように溢れた汗を拭う。
「す、すごい! すごいですよシレさん!」
「私もやってみたらできるかな」
アズさんが自分のことのように嬉しそうに褒めてくれる。
キッカさんは今度試してみてね。
「ありゃ」
キツネさんが、振り返ったままの体勢で私を見ていた。
さっきまでの怒りに溢れた怖いキツネさんではなく、私達と接してくれてるときも変わらないキツネさん。
「そんなどでかい魔力使って回復するほどの怪我でもないでしょうに」
「加減の方法なんてわからないですよ」
「まー、自分で使えると感じることはいいことよー。これで回復役として活躍できるわね」
よかった。
こんなとこで喧嘩にならなくて。
こんなとこで私達も血をみたりすることなく、押えることができてよかった。
森の中であれだけ戦えるキツネさんが暴れたら、きっとこの建物だって無事ですまなかったから。
「で」
……あれ?
「メリィちゃんを殴ったあんたらは、どうしてくれようかしら」
ぞわりと、怒りのオーラがキツネさんから溢れていく。
私の頑張りは、どこへと……?
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