032.冒険者ギルドにて 1(メリィ視点)
「きつねさん、遅いですね」
今日もきつねさんは帰ってこない。
私――メリィは、今日も冒険者ギルドのカウンターできつねさんを待っていた。
同僚も心配そう。
私も、
「え、え!? メリィちゃん!?……あの、金額が……ホーンラビット十匹が銅貨一枚って、ちょっとレート下がりすぎ。……せめて銀貨一枚……」
「はぁ……」
「メリィ……依頼を受けたいんだけど……」
「はぁ……」
私のところにきて、オーダー完遂の報告をして報酬をもらいに来た馴染みの冒険者の報奨金を間違えてみたり、最近実力を伸ばしてきた女性三人、男性リーダー一人の若い冒険者パーティのイケメン君にオーダーを見繕って欲しいといわれて、D級クエストではなくてB級クエストを斡旋しようとしたりするくらいには心配。
そうね。ホーンラビット一匹は大体大銅貨二枚だから魔石付きで五匹納品されたら銀貨二枚くらい。十匹であれば銀貨四枚ってところよ。
大銅貨二枚でリンゴ一つ買えるくらい。そんな安い報奨金なら誰も冒険者やらない、きっと。
「メリィが渡してくれた依頼、きっと完遂してみせるよっ!」
「カイン、あんたばかなの!?」
「メリィちゃん、オーダー間違えてる!」
「カイン様、いますぐそのオーダーをメリィ様へお返しくださいっ!」
と、イケメン君がB級オーダーをもらって立ち去ろうとするところをパーティ三人の女性がそれぞれ引き止めてくれてなかったら、きっとイケメン君は藻屑と化してたなぁとか。
そんなことを思いながら、ここ数日間、きつねさんが帰ってくるのを待っている。
誰もが怖がり受けなかった緊急オーダー。
きつねさん自ら言った、あの柱の正体。
勇者召還。
そこにいるカインってイケメン君も、勇者みたいな風貌ではあるけども、実際の勇者が召還されたなんて、本当に驚いた。
でも、その召還場所が『封樹の森』であれば、望みが薄い。
死亡確認のために行くようなものなんじゃないかな。
ベテラン冒険者でさえ、徒党を組み、数日間に渡って慎重に進んで一、ニ週間かけて辿り着く中層。
そんなところに緊急オーダーだからって一人で行ったきつねさん。
「きつねさん、大丈夫だよね……」
私が緊急オーダーを依頼したのだから、余計に心配。
無事に帰ってきてくれるだけでも嬉しいのだけども、一ヶ月はかかるかもしれないその待ち時間の、待っている間がもどかしい。
「おいそこの受付女っ! いい加減俺に見合ったランク高なオーダーをよこせっ!」
物思いに耽る私を怒鳴りつける声で、私は戻ってくる。
目の前にいるのは、大きな大剣を背負った私と同じ種族――人間族の人。
ああ、そう言えばこの人、この町では珍しい、素行が悪いことで有名なC級冒険者の人とその取り巻きだわと思い出す。
きつねさんがオーダー受けたことに憤慨してたのもあわせて思い出す。緊急オーダーを受けてくれた人を、自分が受けられなかったって怒ってた唯一の人だったから嫌な方向で覚えていた。
こんな不安なときに、嫌な相手に絡まれた。
「なんだったらそこのいけすかないハーレム野郎に渡していたそのB級のオーダーでいいぜ! あの狐野郎が向かった森のオーダーだろうそれ! あの森は許可がねぇと入れないらしいからなぁ面倒なことに。これであの門の先に向かえるぜ!」
「ヤットコさん、やる気ですねっ!」
さっきのカイン君から返されたオーダーを無理やり私から奪い取ろうとするC級冒険者――ヤットコと呼ばれた冒険者から、私はオーダーの紙を掴んで返してもらおうとした。
力の差か、私はカウンターから引きずり出されるようにして待合場に出てきてしまう。
離してしまえばよかったのかもしれない。
でも、緊急オーダーを受けて森に入ったきつねさんを追いかけて悪さをしようとしていると聞いたら黙ってこのまま行かせることはできない!
「当たり前だ! なんで俺がこんな低いランクでいなきゃならん! 俺様に勝てるやつがこの町にいるか!? 俺様に勝てねぇやつが俺より上のランクにいることが許せねぇ! 特にあの狐野郎だ。あんな弱そうなやつが俺より強いわけがねぇ! あの森で見つけてぶち殺してやる!――って、離せっ!」
「だめです! 緊急オーダーならまだしも、C級の冒険者はまだ森には入ってはいけませんっ! B級から入れるところなんですあそこはっ!」
「あぁ? だったらお前はさっきなんでD級に渡してたんだよ、顔がいいからひいきかっ!」
「好みじゃないですしひいきじゃなくて間違えただけですっ!」
「だったら俺の時でも間違えたってことにすりゃいいだろうがっ!」
腹部に痛みを感じて思わず手を離してしまう。
体がその痛みと同時にカウンターにしたたかに打ち付けられた。最初は何にぶつかったのかと驚いて痛みはなかったけど、目の前の男に蹴られたのだと認識してからはじわじわと背中にもお腹にも痛みが溢れてくる。
「メリィ! 大丈夫!?」
「最初から渡しておけば痛い目にあわねぇんだよ! ほれ、これにギルドカードをかざして……ほら、受領してやったぜ」
同僚が私の口元にハンカチを当ててくれる。どうやら蹴られたときかぶつかった時かで口を切っちゃったみたい。
ハンカチをもらって私が痛みに耐えて立ち上がる頃には、ヤットコはそのオーダーを受領してしまっていた。
「これで俺はあそこの森にいけるなぁ?」
「すぐにキャンセルを……」
「は~? するわけねぇだろ」
「ヤットコさん、こいつヤットコさんの経歴に傷つけようとしてるんですよ」
「ち、違いま――」
「それともなにか、俺だと力不足だといいてぇのかっ!」
B級以下の冒険者があの森に入れないのは力不足ということもあるけども、それよりもB級に至るまでに培った経験とサバイバル能力があって初めてあの森の中で生き残ることができるから制限をかけているだけだってことが、この人には通じない。
紙を返してもらおうと手をむけたら今度は頬をはたかれて私は再度痛みと共に地面に倒れてしまう。
「ぼ、僕は助けを呼んでくるっ!」
「え、ちょ、待ちなさいカイル!」
「カイル様! こういうときは助けに入るのが普通ですよ!」
「カイル……それだとしっぽ巻いて逃げたみたいだよ……」
まだ近くにいたD級冒険者のカイル君は、慌てて外へと走っていく。
パーティメンバーの女性陣達は私を心配して寄り添い助けてくれたのに。
……うん。ほんと、睨まれてすぐだったから、本当に逃げたみたいで格好悪い。でも、この目の前のヤットコよりは、自分の力では敵わないと理解していてすぐに助けを求めに行くことはましなのかも。
……女性を置いて去ったところは最低だけど。
「おい、お前、いい加減にしとけ」
そんな窮地に陥る私達に、助けが現れた。
現れたのは――
「なんだぁ? てめぇ、見ない顔だなぁ」
「こっちのセリフだ。てめえこそみねぇ顔だな」
「はっ! この町でC級パーティ『トット・ト・イケ』のリーダーの俺様、準男爵のヤットコ・デ・ヒラをしらねぇやつがいるとはなぁ! てめぇ、モグリだな」
「数日前にここに来たばっかだからな! 知るわけねぇよてめぇごとき。準男爵なんぞ平民に屁が生えた程度だろ」
「てめぇ……屁は生えねぇもんだぞ!」
それ、ほんとに、モグリだし、問題なのはそこじゃない。
思わずツッコミそうになったけど――
「俺も横暴なほうだが、女性は大切にするもんだ。こっから先は、このC級パーティの『ボッケイル』のジンジャー様が相手になってやるよ!」
――本当に、数日前に王都からこの町に来た、ジンジャーさんが、頼もしく見えた。
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