冒険者ギルド
030.領都『ヴィラン』 1(アズ視点)
大きな穴のような、城壁の一部をくり貫いたような大きな門のついたその門を、城壁を守る衛兵の人達はキツネさんの顔を見ると先に進むように促してきた。
普通こういう大きな門の出入りって身分証とか必要なんじゃないかなとも思ったんだけども、キツネさんは顔パスみたい。私達はぞろぞろと城壁内へと入っていく。
潜り抜けた先に見えた光景に、私は一歩立ち止まった。
城壁だからきっとその先にあると思った町。
――ない。
あるのは離れたところにもあるもう一つの城壁と、まるでお庭のような、公園のような原っぱ。
でも、がやがやと騒がしいその城壁と城壁の間の原っぱには、町に暮らす人達であろうたくさんの人がその場で商売を行っていた。
フリーマーケットに近しい感じで、丈夫そうな木でハリを作ってテントのように日差し避けを作って露店販売をしているお店がほとんどだけど、活気に溢れているといえばいいのか、がやがやと騒がしい喧騒が過ぎた先には広がっていた。
城壁から人が踏みならしたことで出来た自然な草木の生えなくなった少しだけカーブを描く道。
その道を歩きながら、思わず出た声が、
「わぁ……」
だった。
隣で歩くキッカもシレさんもハナさんも。オキナさんとオウナさんはちょっと分からないけど、ユウ君も辺りをきょきょろ見ては見上げてはと私以上に忙しいみたい。
異世界。
まさにそこには、私達が少なからず思い浮かべたことのある異世界が広がっていたから。
見たことのない姿をした人。多分種族ってものがあるのだと思う。私達を人間とするなら、猫のような顔をした人だったり、ウサ耳が生えてる人だったり。ねじれた角や尖った立派な角が生えている人もいれば、小さな小人のような人もいるし、耳の尖った美男美女がいたり。
あ、あそこに綺麗な宝石がついたアクセサリーが売ってる。……なんて宝石だろう。
露店販売されているものも、魔物を倒すために使うだろう大きな剣とか槍とか。中には豪勢な弓矢もあればりんごやレモンのような果物を売っていたりと様々。
商人風の格好をした人もいれば、がちゃがちゃと、動くたびに金属鎧の音を立てる人もいる。軽装な格好でちょっと半裸チックな人もいれば、おっきなハンマー持って歩いている人、女の人を複数人連れてデートしている人、買い食いしてる人もいたり、辺りに充満する熱気と食べ物の匂いに、私のお腹もぐるぐる音をたてちゃうくらい。
「異世界ってどうして西洋風の中世貴族の世界が多いのかと」
「文化水準という意味では私達の科学の世界よりはるかに低いってイメージね」
私のお腹具合とは関係なく、シレさんはそう言うとくるくると人差し指で円を描いた。それは恐らくは魔法をイメージした動きみたい。
ぽわっと。温かなそうな光が指先に灯っているのを、私が習得した魔力感知が見せてくれる。あれが多分魔力なんだろうなぁって思ったけど、シレさんが無意識に魔力を練っていることに、称号の力だと感じて、聖女とか賢者ってとんでもないチートなんじゃないかとか思った。
「科学が発展しなかったから。科学ではなくて、魔法が身近にあったから、文化を発展私達の世界のように形成する必要がなかったのかもしれないわね」
「……難しいこと分からないけど、魔物が蔓延る世界ってことも理由?」
「そうかも。魔物に襲われたら壊れちゃうからってところなのかしら。だから移動しやすいようにしている?……でもそうだとしたらこうやって大きな都市はそれだけ魔物に襲われても耐えられるだけの水準があるってことだから……――」
どうしてそうなのかはいくら話し合っても答えはでない。
多種多様な種族が互いに支えあって生きている。そしてそこに魔法があって、剣とか武器で戦うのが普通に日常なファンタジーの世界。
鍛冶屋とか道具屋とかが当たり前にあって薬草を煎じて傷を癒したり、もしかしたらポーションだって売ってるのかもしれない。
ポーション……苦いのかな。
とことこと歩いていると露店に置いてあった青い液体の入った小瓶に自然と目が行く。
あれがポーション。まさかあれが? それぞれ色が違うけどどれがポーションなんだろう。
なんて。なぜかそこにポーションがあることを前提に見ちゃって思わず私もきょろきょろ。
でも、楽しい時間はすぐに終わる。
時折声をかけられたりして品物を薦められたりするけれど、お金ないし。
だから止まらずに、でもゆっくりとではあるけども、辿り着いたその次の城壁。
「……なぁにー? あそこに飛び込んでいきたいの?」
後ろ髪を引かれるかのようなフリーマーケット。
あまりにも衝撃的で。あまりにも楽しそうで。
「この世界で人と出会ったのが初めてで……」
「ちょ、ちょっと。……ここよりも先にみんなに私が会ってるんだけどっ!?」
キツネさんが慌てている。
私もそんなつもりじゃなかったので慌ててしまう。
「まるで私が人じゃないみたいなー?」
「ち、違いますっ!」
キツネさんが「分かってるわよー」とひらひら手をおいでおいでと言う風に振ると「私、キツネだから人じゃないってことね……」と一人凹んで項垂れているけど、そういう意味でもないんですキツネさん……。
……え。待って。キツネさん、人じゃないの? さっきみた他人種だったりして。もしかしてエルフとかそんな感じで、本当にキツネな人だったりするのかな。
……尻尾。尻尾、あるのかな……。
「外街もにぎやかだけど、中街もきっと楽しいと思うわよ」
慌てる私達を笑うキツネさんが、城壁の門番さんの一人にカードを見せた。
見せなくても分かるから通るように言われてたけど、キツネさんは「こういうのはしっかりやるもんだって見せないとね」と私達にレクチャーするように色々教えてくれる。
「これが皆がこれから必要になると思う冒険者証ね」
門番さんに見せた交通系カードくらいの大きさの証明書を見せてくれる。私達はその証明書を受け取ってみんなで見た。
「なくしてもいいわよ。再発行できるから」
「なくしませんよっ!?」
「じゃあ、折る?」
「折らないっ!」
銀色に鈍く光る証明書。
--------
Name :ソラ
冒険者ランク:【非公開】
パーティ :王女様と愉快な
--------
刻まれるように書かれた内容は、光の当て方を変えるとそこに「ソラ」と書かれていることが分かった。
「キツネさん。ランクとかある?」
「あるわよー」
「ランクによって色変わる?」
「変わらないわよー」
「ランクとか書いてないのかな」
「んー。なんか名前くらいしか書いてない気がするわね。あ、パーティ名書いてある。王女様と……王女様??」
「これ、本当に折れないですね……」
「ちょ、本当に折ろうとしないでハナちゃんっ!」
ちなみに門番さんから「冒険者証はなくしたら一応罰金だぞ」と一声かけられるけど、キツネさん再発行したことあるんだろうか。あるんだと思うきっと。
「あと、こんなのでも身分証明できるけど」
ぽんっと。キツネさんが【ボックス】から取り出したのはキラキラと縦に長くて滑らかな丸いバッジだった。
金色に光って太陽の光が当たるとちょっと眩しい。
三つの剣が直立するように、真ん中の剣だけが反対側に向けられたデザインのバッジ。
それを見た門番さんが心底驚いて「こんなとこで出すなっ!」と怒ってるけど、身分を証明できるものとして出してくれてるみたいだからきっとすごい意味を持ってそうだと思った。
私のラノベ頭脳であるキッカ曰く。
「貴族様ね。門番さんは平民。きっと見せられたら、ははーって平伏しなきゃいけないやつ」
だそうだ。
キツネさん貴族なんだぁって思ったけど、私達の世界で貴族って馴染みないからどれだけ凄いのかよくわからないんだけども。
私の中ではキッカの説明のせいでミトノコウモン様が出てきたけど、多分違うんだと思う。
「ほらほら、先いくわよー」
気づいたら門の先に進んでいたキツネさん達を追いかけるように、門番さんにお礼をして入る私達。
門番さんに「悪いことするなよ」と笑われながら言われた。大きな町なんだから身分証明書がなかったら入れないんじゃないかと今更思ったけど、身分証明のない私達を入れるためにキツネさんがわざわざ身分証明書を二つ出してくれたのかもとも思った。
キツネさんには本当に頭があがらない。
キツネさん。ありがとうございます。
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