027.生存者 3(ソラ視点)
「女が奪われたっ! あの野郎っ!」
馬車から怒声が聞こえる。
野郎とは失礼ね。こちとら女よ。いまのとこ。
「待てっ! いきなり突っ込んできたと思ったら馬車の速度を追い越していくなんてただものじゃない!」
「だからってあんな化け物がうじゃうじゃいる森の中で禁欲してた俺たちの身にもなれっ!」
「仕事が終わったら色街にでもいけばいいだろうがっ! なぜ待てないっ!」
なんの話をしてんのよあんたら……。
馬車から乗り出す男が数人見える。それぞれが抜刀してこちらを狙い定めている。馬車の速さをあわせて抜け様に切りつけようとしてるのかしら。それとも馬車から降りて切りかかろうとしてるのかしら。そんな蛮族みたいなやり方しか思いつかないほどに怒ってるのかしら。荷台に乗ってイキって獲物振り回してはしゃいでる暴走族みたい。
見た目からして自分達の正体を隠してるみたいだけども、どう考えてもどこぞの騎士くずれかまたは準騎士とか正騎士に見えるのよね、あの青ローブ達。
もうちょっと騎士っぽいことしてくれないかしら。
私の好感度は元々ないけどダダ下がりよあんた達。
「特S級災害指定『狐巫女』だとっ!? 確かにこの辺りを拠点としていると聞いてはいたがっ! ツイてない!」
馬車から驚きの声が聞こえた。幌から飛び出すように現れて御者の座席を奪ってすぐさま配合馬に鞭を入れだす青ローブの男。多分あれがこの集団のまとめ役ね。
「また懐かしい呼び名ねー」
とはいえ、まさかその名で呼ばれるとは。
驚いたのはこっちも一緒。
その呼び名を使うってことは、確定ね。
元々青ローブの背中にモロニック王国の紋章を携えてたから、まさかの王都の騎士が、なんて思ったんだけどねぇ……。
さすがに選帝侯に喧嘩を売るようなお馬鹿さんは王国にはいなかったってことね。
私を『狐巫女』って呼ぶのは、帝国――インテンス帝国だけ。
モロニック王国とは数年に一度は戦争してる国。
帝国側がいちゃもんつけて領土を得ようと毎度ながら攻めてきてるけども、大体王国が完封して守りきっている。
王国が攻めるときは、領土取られたときくらいだからそんなに数も多くはないけど、もう恒例行事みたいなものになってるのよね。
王国に来る前に帝国で暴れちゃった時につけられたのよね、『狐巫女』って異名。
戦争中だったから賞金首にされるとかそういうお咎めはないけども。主要な都を虫の居所悪くて一つ滅ぼしていれば特S級災害指定なんてつけられるわよね。
なつかしいわぁ。
そんな帝国さんが、勇者召還に関係してたってことね。
勇者を戦力として使おうとか考えたのかしら。それとも、領都と王国の関係性を悪化させる罠とか。
王国と領都を仲違いさせることも踏まえてのわざとの紋章だったわけか。
まー、確かに、いい手ではあるかもしれない。
領土戦争のときって、東の領都、ヴィラン選帝侯のとこから猛者がわんさか戦争で勲功あげるから、
とはいえ、どうやっても今の時期ってのはありえないわねー。
時期が悪すぎるわよ。帝国さん。
少し前に王太子とヴィラン公のとこの令嬢が婚約したとこよ?
それに、王様――ワナイ王とヴィラン公はBLばりのなかなかの熱い絆で結ばれた親友同士だからそう簡単に落ちないのよね。
ガチなイケメン二人の絡み。……うん。絵になるわ。どっちも奥さん大好きだけど。
ヴィラン公に今度会ったら「あんた達舐められてるわよー」って教えてあげよっと。
そう言えば私、冒険者ギルドから緊急オーダー受けてここにいるんだったわ。報告の報酬が『選帝侯との謁見』だったわけだから丁度いいわね。
「厄日とはこうも続くのかっ! 先にいけっ! ここが俺の死地だ!」
身を乗り出していた男の一人が、死を覚悟したみたいな顔して走り続ける馬車から降りようとしている。
あんたの厄日なんてしらないけども。さっきまで女の子奪われたからって切り殺さんばかりに怒ってた男の切り替えが早い早い。
そうまでしてその『狐巫女』が怖いかしらねー。
……
…………
………………
……あ、『狐巫女』って私だったっ!
なんなのよみんなして!
私のどこが怖いのよっ!
やっぱりこのお面かっ!?
「この子を置いていくなら見逃してあげるわ。追いかけないからとっとと失せなさい」
私はまだ抱かかえたままの女の子を青ローブの騎士達から隠すように抱き寄せた。
ちょうどいい。
『狐巫女』なんて古臭い名前を出してくれて、勝手に驚いて勝手に恐怖しているんだから、この際この流れに乗ってみたらこいつらもこの子を見捨てて逃げるでしょう。
「いい! 今は勇者を連れて行くことが優先だっ! 逃げろっ!」
ほいほい。
ではとっととおさらばよー。
私の傍を通り過ぎていく馬車。
本当に手を出さないのかと不安だったのか、すれ違い様の警戒心はなかなかのものだったわ。
「っ! ダメだ! 置いてくことなんてできな――がっ!」
「うるせぇ! てめぇが逃げ回らなかったらこんなことにならなったんだよっ! 黙ってろ! もう少しで楽しめたのによぅっ!」
私が馬車が巻き起こす土煙をもろに受けて「ごほごほ」とばれないように咳き込んでる間に、そんな若い学生らしき男の子の声が聞こえた。
その後に殴られたのか静かになっちゃったけど、一緒に助けてあげたほうがよかったかしら。
……ま、いっか。
あっちはあっちで勇者が必要だろうし。
それに、全部の勇者を私が助けちゃったりしたら恨まれちゃったり国そのものが不利益被るかもしれないから犠牲になってもらっちゃおう。
あの子にはこれといった印象ないしね。
「あんたたちー。ちょ~っと手伝ってもらえるー?」
馬車がはるか遠くへと消えて、配合馬の走るたびに起こる音が聞こえなくなったことを確認すると、私はため息をついて三人娘に声をかけた。
そろそろ準備もしなくちゃだし、こりゃ今日はもう一泊ここでなんてこともありえるからそろそろテントも設置し直さないと。
ごそごそと時々「どうなってるのこれ」とか慌ててる三人娘が布の中でもじょもじょする様は、ちょっと面白い。
出てくる間に私もちょっと休もうかしらと【ボックス】から椅子を取り出して座る。ついでにあまりにも状況が急展開したためか、服を押えて固まっている救出した女の子にも椅子を出してあげて座るようにうながした。
「ほぉれ~、あんたたちの仲間でしょー?」
出てきた三人娘達に声をかけると、彼女達はそれぞれが驚いた顔をした。
一瞬、「あれ? もしかしてこの子異世界人じゃなかった?」と思ったけど、こっちで見たことない制服を着てるから異世界人なのは間違いなし。
とはいえ、こんだけこの子の制服が破かれちゃったりしてるもんだから、着替えさせてあげないと可哀想だわ。私にゃあ流石に若い子の着替えを手伝ってあげるのは無理がありそうだから、夜営地を作って明日への準備をしたほうがいい気がしたので三人娘に手伝ってって言ったんだけど。……今思ったら三人娘ちゃん達も着の身着のままね。
私は【ボックス】から適当に衣服を見繕うと、ついでに三人娘の衣服も取り出して着替えるように促した。
テントを先にさっとたてては、そこで着替えてもらう。
これからまた増えるんだから、そんな格好してたら恥ずかしいでしょ?
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