025.生存者 1(アズ視点)



「そもそもさ。勇者ってのは何もないって称号じゃないわけさ。あんたたちのところでもあったでしょ? タンス漁ってアイテムゲットしたり、そのタンスから出てきたパンツとか下着とか装備したりする勇者がいたり。皮の鎧とか出てきて装備しちゃったりするけど、タンスから出てくるってことは他人の匂いが熟成された皮よ? 臭くない?」

「それはゲームの話。ステテコなパンツは履かない」

「いたら怖いわねー。あら、だったらあぶない水着とかどうかしら」


 私が泣き止むまでキツネさんとキッカは他愛無い話をしていた。

 泣き止みたくても自分でもどうしてか泣き止められなくて、シレさんが傍で優しく背中を叩いてくれていた。


「……」

「シレさん……?」


 泣き止んでからも話が止まらない二人にそろそろ参加しようかなんて思っていたら、シレさんが、じーっと二人を。……違う、キツネさんを見つめていた。


「どうかしました?」

「えっ? いえ、なんでもないよ」


 シレさんは私が声をかけたら慌てるように何もないと否定する。でも、その後もキツネさんとキッカが話している様子をぼーっと見だしたので私も気になってなんの話なのか聞いてみた。


「いくら勇者っていっても周りに優秀な人いないとね。賢者なのに師匠の影響で大魔導士って言ったり、最終戦で四本の指で魔法でできた鳳凰を破ってみたりな仲間が傍にいないと勇者ってものにはなれないわけよ」

「それは賢者と聖女の称号もってるシレさんに任せる」

「じゃあキッカちゃんはなに目指すの?」

「禅問答な剣術を使って試合に勝ってみたり、裏切られて敵に囲まれた中、集められた名刀と畳返しで刺客を返り討ちにしながら必死に戦ってみたい」

「それ最強の剣聖と将軍様な剣豪様……? 片方その後死んでなぁい?」

「じゃあ一度死んで世界樹の葉で生き返って、導かれし宿命の剣の王様に剣術を教わって、自分を倒した魔に堕ちた勇者の末裔と戦って打ち負かしたい」

「一回死んでみたいのかなキッカちゃんは」


 はぁっと頭が痛いのか、実際は痛くないんだろうけど頭痛がした風にため息をつくキツネさん。


「死んだら元も子もないんだから、ちょっとは生きてこの世界を楽しむとか考えなさいな」

「この世界が死にまみれてるってことだけはあの森でわかった。あそこには私達と同じように召還されて森から出られないまま死んだ人がいっぱいいる」


 ……だから、私達はその人達に分まで生きなきゃ。


「その人達の分まで生きなきゃなんて思ってたらアウトね」

「……」

「死人なんかのためになんであんた達みたいな可愛い子達が犠牲になんのよ。あんた達はあんた達で、この世界を楽しめばいいのよ。死人に引っ張られるなんてありえないわ。もしそれでも目的とか使命なんかが必要なんだって言うなら魔王でも倒すとかって目標たてればいいのよ」


 キツネさんが「魔王なんかいないけど。ん、いやいるのかな? ちょっと探してみないとなんともだけど」となんとも適当な発言を残す。


「それに。あんた達だけが生き残ったわけじゃないでしょ」

「……あ」


 そう。そうだった。

 さっきもちょっとだけ思い出したのに、すっかり忘れてしまっていた。


 あの森で、私達と同じく、青ローブの人達から逃げたいけ好かない男子と、傍で悲しそうにしてた女子の、歳の近い二人――



「――そう、例えば……っ!?」



 キツネさんが人差し指をたてて話そうとしたとき。何かに気づいて森を見た。

 私達が一泊した場所からはそれなりに離れた場所に位置する【封樹の森】。

 その森から、土煙を上げてこちらに向かってくる何かが見えた。


 それは、


「馬車、ね」



 馬車。

 幌をまとった、馬車。

 私達を森から連れ去るために使用されていた荷馬車。

 心なしか、荷台を牽く屈強な軍馬も必死な形相に見えるのは、多分、あんな魔物しかいない恐ろしい森から逃げてきたからなんだろうって思った。


「まさか、あれ、青ローブの……」


 シレさんが青褪めた。

 もし、あの幌馬車が私達を召喚した青ローブの生き残りなら、私達はどうなるんだろうと、脳裏に瞬時に浮かんだ恐怖に体が震える。


「……う〜ん? なんか揉めてるわね。あんた達、ちょーっと隠れてなさいな」


 キツネさんが近づいてくる馬車を見ながら私達にひらひらと手を振った。

 直後、固まる私達の頭上に影が降りる。

 ばさばさと音とともに空から何かが被さってきて、思わず悲鳴を上げてしまって暴れてしまうけど、キツネさんから「静かにっ」と指を口に当ててしーっと言われて三人揃って息を殺した。



 近づく馬の音。

 轟音とも思えるその音が、私達の間近に来たとき。



「――っ! っ!……――!!」



 女性の怯える悲痛な叫び声が聞こえて、キツネさんが動いた気配がした。

 でもどうしてこんなにも見えたり聞こえたりするんだろうって、緊迫とした状況のはずなのに冷静に別のことを考えられている自分がいる。

 きっとキツネさんがなんとかしてくれるからって思いがあるからなのかもしれない。遠くを見れたり遠くの音を聞けたりするのも、魔力とかそういうもののおかげなのかもしれない。


「ほいさっ」


 私達のいる場所から離れていったキツネさんの、なんとも締まらない声と、がつんっと何かを蹴る音が耳に入る。


 暴言のように荒い男たちの声。

 誰かを呼ぶような、叫ぶ男の子の声。


「特S級災害指定『狐巫女』だとっ!? 確かにこの辺りを拠点としていると聞いてはいたがっ! ツイてない!」

「厄日とはこうも続くのかっ! 先にいけっ! ここが俺の死地だ!」

「いい! 今は勇者を連れて行くことが優先だっ! 逃げろっ!」

「この子を置いていくなら見逃してあげるわ。追いかけないからとっとと失せなさい」

「っ! ダメだ! 置いてくことなんてできな――がっ!」

「うるせぇ! てめぇが逃げ回らなかったらこんなことにならなったんだよっ! 黙ってろ! もう少しで楽しめたのによぅっ!」


 はっきりと聞こえた声。


 覚えてる。あの声は、青ローブ達の声。

 その中には私達の目の前で学生の首を切り落としたあの青ローブの人の声もあった。指示出しをしていたから間違いなくあのローブの中でもリーダー的立ち位置の人なんだろう。

 途中聞こえた声も、あのいけ好かない消えるスキルを持った学生だ。



「……よしっ。もう出てきていいわよー」


 馬の、どどどっと激しい蹄鉄が地面を蹴る足音が遠くまで過ぎ去って、耳を打つその音が急に静かになった時、キツネさんから声がかかった。


 ばくばくと心臓が高鳴る。

 青ローブの人達があの男子学生を捕まえていた。



 もし、あの時狼に襲われてなかったら。

   もし、あの時キツネさんが

    助けにきてくれてなかったら。

      今、見つかっていたら。


 キツネさんが、

   私達のことを守ってくれていなかったら。



 私達は、キツネさんに、どれだけ助けてもらっているのだろうか。



「あんたたちー。ちょ~っと手伝ってもらえるー?」


 そんなキツネさんが私達に珍しく手伝いを求めてきた。


 まだ震える手で自分達に覆いかぶさっていた布を手繰ってはどかしてキツネさんの声のほうへと向かう。

 ばさりと端を持ち上げて外に出たときに目に入るのは、太陽の光。

 暗い場所から明るい場所に出て目がちかちかした。


「ほぉれ~、あんたたちの仲間でしょー?」


 出てきた私達の前にいたのは。


 憔悴したように椅子に座っている女生徒と、隣で「疲れたー」と疲れてなさそうな雰囲気で同じく椅子に座るキツネさん。


「その人……」


 キツネさんが助けたのは、あの、消えるスキルを持った男子高校生と一緒にいた、女子高校生だった。

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