022.ここをキャンプ地とするっ!(アズ視点)


 何度目かのスプラッタが後方で繰り広げられては、私達は逃げ続ける。

 気づけば轟音と化していた後ろの群れの声も足音も聞こえなくなっていた。

 キツネさんの「ほいさっ」ももう聞こえてこない。


「ほらほらー、あの光をみてみなさーい」




 もう走れない。

 そう思うほどには走り続けたその先に見えた光。



 森の出口。

 鬱蒼と茂る森の中からその光の中へ、ゴールテープを切るかのように私達は飛び込んだ。



 さーっと、風が私達の体を弄ぶ。

 森を抜けたことで少しずつ走る足を緩めていく。

 止まる頃には、その場で酸素を求めて必死に喘ぐ。体ももう動かない。四つん這いにその場で止まり込んでは時折咳き込みながらも息を必死に吸い込む。


 空気が美味い。

 なんて美味しい空気なのかと、私の体は喜びに打ち震える。



「ほいさ。無事森の中抜け出しましたーおめでとー」



 ぱちぱちぱちっと、疲れを見せないキツネさんが、惜しみない拍手を私達に送ってくれる。

 送ってくれるけど、私達にはそれに答える余裕はない。

 べったりと顔に貼り付く髪が鬱陶しくて仕方がない。


「ほらほら。回りみてみなさい」


 しばらくの無言の後、キツネさんは私達にそう促す。

 私達も息を整えて顔だけ上げて目の前をみた。






 辺りに広がるは、何もない平原。そして草原。

 先程の、自分より何倍も高い大木なんてどこにもない、遥か遠くまで先を見渡せるような、気持ちのいい風がそよそよと吹いては、気持ち良さそうにそよぐ。芝生より少し背丈の高い草本が辺り一面に広がる、まさに草原である。



「……ここ、どこ」

「次は、草原、なの……?」


 キッカとシレさんが、元の世界では見たこともない光景に感動しているかのように絶句しながら、それとは別の感情も吐露している。

 私も、美しいと思える光景に感動はしたけども、それだけではない別の感情がもたげてきて、げんなりした。



 まだまだ、先が、ながい。


 と。


 森を出てもまだ見えない。

 森の中から続く舗装されているかのような固められた道はまだまだ草原の先へと続いてる。


 一体どこまで続くのかと、遥か遠くを見てみると、うっすらと、壁のようなものが見えそうで見えない。

 遠くに何かがあるようで、でもそれがどこまで遠いのかまったく距離感が分からない。

 壁はある。うん、壁はあるみたい。

 でもその壁がなんなのかが分からない。山岳地帯? もしそうなら私達は森を抜けて草原を抜けて、今度は登山することになるのだろう。



「いい? みんな」



 そんな私達の感情がわかってかわかってないのか、キツネさんが私達を見る。



「……よく、聞きなさい?」

「……」


 心なしか、キツネさんはうきうきとした感情を私達に向けてきているようで。


 ……あ、これ、絶対私達の思ってること、気にしてないわ。

 数日だけども、なぜかキツネさんが何を言おうとしたのか、分かった。



「ここを、今日のキャンプ地とするっ!」

「「「……」」」



 多分、キツネさん。

 そのフレーズ、言いたいだけ。

 気に入ったんですね、そのフレーズ。


 なんて言える気力もないけれど、ここは安全なのだと、私達はその場でごてりとうつ伏せに倒れこむ。



 そんな逃走劇の末。私達は、無事、森を抜け出すことができた。


「おつかれさまー。今日は栄養満点の豚さん料理よー」


 やめて。

 今は肉は食べられません……。



 もしキツネさんと同じ冒険者になるとしたら。

 こんなのを日常的にやっているのなら、私達はきっと、耐えられないんじゃないかなって、心から思った。







 ……後で知ったことだけど。


 私達が必死に走ってる途中で、キツネさんは追いかけてくる魔物を殲滅しちゃってたらしくて。

 追いかけてくる敵なんていなくなってたんだって。


 道理で、途中から悲鳴聞こえなくなったなぁとか思ったんですよっ!

 私達が森から出て倒れこんだときに森から出てくる魔物いなかったのも。

 森から出たからって、魔物が襲い掛からなくなるわけじゃないし。悠長に休んでなんかいられないとか後で気づいたけど、どれだけ私達が平和ボケしてたのかよくわかって。



 でも。

 でも……




 その時に、教えて、ほしかった……っ!









 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□






 私達が息を整えて少し動けるようになった頃には、空は暗く。


 キツネさんが「ほいさっ」とかけ声とともに、取り出したお馴染みのテントキットを見て、



「え、こんなど真ん中でですか?」



 森からは離れたものの、目的地と森の間に広がる何も遮蔽物もないその場所で作られたキツネさん曰くキャンプ地に、私達は辺りをきょろきょろと見渡す。


 見晴らしはいいので遠くから敵を見つけることは可能だとは思うけど、辺りは真っ暗。

 私達が住んでいた元の世界ではありえない暗闇。

 森の中では見えなかった空に見たこともない程の大量の星が輝く光で暗闇が照らされているその闇は、少しずつ目が慣れていくにつれて遠くは見えるようになるとはいっても、素人目であり、私達が出会ってきた魔物達であれば数歩歩いてすぐ手が届く距離しか見えない。


「あのねー。あなた達に何か索敵とか期待しちゃっても無駄でしょー?」

「「「うっ」」」


 キツネさんの率直な意見が胸に突き刺さる。

 多分今日もキツネさんは私達のために寝ずの番をしてくれるのだろう。


「こういう何もない場所では、素直にど真ん中でキャンプするものよー」


 私達が何かを手伝おうにもどうしたらいいかも分からないのだから足手まとい以外のなにものでもない。


「ああ、それと。このキャンプ地、安全だからゆっくり寛ぐといいわよ」


 キツネさんがいるから安全。……という意味ではなく、純粋にキャンプ地とした周りに結界を張っていて、魔物から見えないようにしてくれているとは聞いていたものの、流石に外の景色が見えていると心配にもなる。


「だいじょーぶだって。【ボックス】の中にいると思えばらくしょーらくしょー」

「「「それ死体と同じ扱いですよねっ!?」」」


 冗談だとわかっているから逆にツッコミがしやすい。

 なんて思って、助けてくれたキツネさんに遠慮なくツッコミを入れる私達ってどうなんだろう。

 でも、そんなツッコミを嬉しそうに笑うキツネさんを見ていると、ちょっと気が楽になる。


「明日はさー。ちょ~っとこの場でゆっくりしてから出発するから。のんびりたっぷりこの草原を満喫しながら休みなよー。町までもうすぐだから、もう一踏ん張り」


 キツネさんは見ず知らずの知り合ったばかりの私達を心配して、必要以上に落ち込まないよう勇気付けてくれてるのだろうと思うと、キツネさんって凄い人なんじゃないかなって思った。




「豚ちゃん角煮、美味しい?」



 出された肉料理を食べているときにぽそっと言われた言葉。

 脳裏に先ほどまで追いかけてきていたオークの群れが浮かんで、美味しそうに口に入れていたキッカとシレさんも分かるほどに青褪めてしまう。きっと私も同じくらいに青褪めてるんだろう。


「だいじょうぶよー。さっき倒した豚ちゃんじゃないから。角煮なんて時間かかっちゃうからねー。ぶひぶひ。美味しいでしょー?」


 ……美味しいけどもっ!

 言われなかったら、美味しく食べれたと思います……っ!



 これさえなかったら、キツネさんって凄い人なんだって思えるんだけども……。


 キツネさんに弄られながら、異世界の三日目の夜は更けていく。

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