021.森からの脱出(アズ視点)
「ほいさっ」
キツネさんの声が背後から聞こえる。
その声は若干間抜けな――こほんっ。気が抜けるような声に聞こえて、本当に私達は危険な状況なのかと疑ってしまう。
「ほいさっ」
でも、その聞いていると気が抜けるような声の後に続く――
「――ぷぎゃ」
「――ギィィッ!?」
という人のようで人でない断末魔の声が聞こえてくるたびに、そんな考えを改めて、振り向くことさえせずにまっすぐ前を見て走る。
「ほらほら~、もっと走らないと追いつかれちゃうぞー」
キツネさんの残酷な言葉が突き刺さる。
息も絶え絶えな私達の走る速度は遅くなっている。
でも、止まるわけにはいかない。
なぜなら、背後には、あの黒い波のようになった人種の魔物の軍勢がいるから。
表層。
入ってすぐに、この表層という森にいる全ての人種の魔物が向かってきているのではないかと思ってしまうぐらいの数に、私達はすぐに森から抜け出すために走った。
知らない森。走り続けてもいつ抜け出せるかわからない森。どこまで広いのか、どこが出口なのか分からないままに走る。
最初は大木を避けながら、まるでパルクールの試合でも出てるんじゃないかと思うくらいの障害物を避けながらの蛇行逃走劇。
私達の体力もすでに底を尽き、それでも、後ろにいる魔物達に捕まったら終わりだと必死に走る。
キツネさんが途中で指示を出してくれて向かった先に、舗装されているような道を見つけた。
何度も何度も歩かれて、または走られてか堅くなった道。人為的に舗装された道。
その道を見て、少しずつ森の出口が近いのだと知る。
ここは人の手が入っている。人が入ることができる場所なんだ、と。今までいた中層になかった人の痕跡。
自然と、どこから出てくるのか分からないけど力が湧いてくる。
森の中を走るより、コンクリートほどではないけど堅く踏みならされたその道の上を走ったほうが走りやすい。一気にスピードも上がっていく。
この先を抜けたら、きっと私達以外の人にだって会える。文明に出会える。助かることができる。
でも。
「ぶももーーっ!」
「ギィィッ!」
どんどんと大合唱が近づいてくる。
なんで? なんで?
「そりゃ、当たり前でしょ。舗装された道が走りやすいの、あっちだって人種なんだから一緒でしょ」
「「「えっ」」」
「二足歩行ばっかだからまだましよー。あれが四足歩行だったらもう追いつかれてるわねー。でも、敵さんも早いからとっとと走る走るー」
「「「い、いやぁぁぁっ!」」」
私達が走りにくい道は、向こうも走りにくい。
私達が走りやすい道は、向こうも走りやすい。
言われて青褪める。
そんなの、当たり前。
心なしか、スピードはあがる。
「おやおやー? 可愛い顔が台無しになっちゃってるよー」
キツネさん、今そんなのどうでもいい。
キツネさんの、必死に走る私達を見ての楽しそうな声に、三人揃ってキツネさんを睨んでは、キツネさんがなぜ息も切らさずに私達と並行してカニ歩きのように走っているのかと、なぜそんなに体力があるのかとか、どうして助けてくれないのかとかそういった想いが一気に溢れて原動力となって私達を前へ前へと突き動かす。
後々考えれば、私達があの魔物の群れから逃げられるように焚きつけて走らせてくれたんだろうと思うけど。
「くふふっ。すっごい顔。これで捕まったりしたらその可愛い顔がどんどん歪んでいくんだろうなー。それはそれで見てみるのも一興。だいじょぶだいじょぶ。苗床になってしばらくしたら助けにきてあげるから。おお、そうそう。そうよね。異世界人と豚さんのハイブリットとか、どんなん生まれるんだろう。豚さんヒーローとか、もしかして種族を超越したなんかとか生まれるんじゃない? 三人いるからちょっと一人だけ。一人だけでいいから捕まってみる? あ、こうしない? 私が今から適当に選んで、足引っ掛けて倒すから、置いて残りは走って逃げちゃおう!」
……この人なにいってんの!?
「じょうだんよー」
本当に味方なのかあやしい発言されたり、本当に焚きつけて私達を奮い立たせてくれてたのか疑っていい発言もあったんだけども。
「……まー、そろそろ限界よねー」
そういうと、キツネさんは私達の横で飛び跳ねるようなカニ走りをやめて後方へ。
「振り向かずにはしりなさーい。
そう言うと、もうすぐ私達に追いつきそうだった第一陣の魔物を、
「ほいさっ」
かけ声一つと、片手に持った木の枝一振りで一掃。
爆破音のようなどでかい音と悲鳴の大合唱が辺りに響いては、びちゃっと液体が飛び散るような音が聞こえてくる。
「
次々と爆音と共に吹き飛ぶ魔物たち。
それは、殿と言う名の。
木の枝を振り回すガキ大将の、純粋で圧倒的な。
ただの、暴力。
走る私達からしてみたら、
なんでそれを最初からやってくれなかったんですかっ!?
なんて思いが駆け巡る。
後ろは見れてないけれど、どう考えても走る私達の横をとんでもない速度で通り過ぎていって近くの大木にべちゃっとぶつかった肉の塊とか中身とか、そういったものを見せられればとんでもない状況をキツネさんが引き起こしたってことだけは分かる。
キツネさんがあの群れを一掃してくれれば、こんな必死になって逃げなくてもよかったんじゃ……
「おー、高級豚肉ちゃんたいりょうげっとー♪」
再度の爆発音。
今走ってる私達の前に飛んできたスプラッタな内容物とか見て、後ろにいるオークが豚肉って意味なのは分かるけどそれを食べたいとは思えない。
「ぶひぶひっ。今日のご飯は豚肉満載だよー」
カニ走りに戻ってきたと思ったらキツネのお面じゃなくて豚の顔を両手で持って腹話術みたいに言われても、そんな日常的にスプラッタな光景に異世界から来た私達が慣れているわけがなく。
キツネさんの持つ豚さんの顔がにやりと笑って口からどばっと血を吐き出す光景に私達は顔を青褪めて、より必死に走る。
後ろの魔物からだけじゃない。
このスプラッタな光景で遊ぶキツネさんからも逃げたくて、私達は走る。
気持ちは光。
そう、自分達の足や体が本当に光速のように走っているようなイメージをして、逃げるためにただただ走る。
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