020.走る(アズ視点)

 キツネさんと歩いた二日目。

 キツネさんに怯えているのか、遠くから警戒する程度の狼の魔物達との遭遇はあったけど、


「がるるるるー――……な~んてね」


 その度にキツネさん曰く威嚇のポーズでキツネさんが威嚇して。

 ちょっと可愛らしい威嚇もあってか、戦うこともなく先へと進むことができた。

 休憩を挟みながら空が暗くなってきたところで森林が途切れる場所に出て、私達はついに森を抜けたのかと喜んだ。


「なわけないでしょー」


 キツネさんがくつくつと笑う。

 どこから流れてきているのかは分からないけど、森と森を切り裂くような大きな川が目の前に現れた。


 元いた世界では見れないような、透明感のある水が流れる川。食べられそうな魚も泳いでいるのが見えて、歩き続けた私のすきっ腹に、「私の今日のご飯になってくれるの?」なんて問いかけてしまう。


「いい? よく聞きなさい? ここを、今日のキャンプ地としますっ!」


 今日はこの川辺でキャンプをすると宣言して胸を張るキツネさんに、思わず可愛らしくて笑ってしまう。心なしかちょっと釣り目のキツメな表情のお面も可愛く見えてくるから不思議。


 そんなキャンプで、私達は特に何もすることがなく。

 せめて手伝いたいのに、ささっと昨日と同じようにキツネさんが【ボックス】からテントを出して、素朴な木の椅子を出されて座らされる。


「て、手伝うこと、ありますかっ」


 何もすることのない私達に何かできないかと問うと、ほんのすこし考え込んだキツネさんは、


「ないわね」


 ぽんっと。

 最後のトドメのように、焚き火の準備が整ってしまう。


 がくりと。

 三人揃って項垂れる。


 だけども。

 ずっと歩き続けて棒のようになって悲鳴を上げる両足と体からすると、それは救いだったのかも、なんてことを思った。











 ぐつぐつと、焚き火の上に吊るされた鍋の中のスープが美味しい匂いを漂わせた時。




「……え。ここって、前人未到の地、なんですか」




 そこで聞いたこの森の全容に、私達は唖然とした。


「そうよー」


 キツネさんが【ボックス】から取り出した食材を鍋に入れてかき混ぜ味見をしながら答えてくれる。


「……そんなところで私達放り出された」

「そうよー」

「あの、はじめて見る魔物とか、そういうのって、もしかしてかなり上位ランクの魔物だったり?」

「そうよー。……上位ランクって程ではないけども。あなた達が逃げ出した番犬ちゃん。あれは上位ランクに位置するかなぁ」


 ごとごとと、鍋の中のスープを混ぜ私達に出来上がったばかりのスープをお椀によそって私達に手渡しつつ、キツネさんはとんでもないことを口走ってくれた。


 この森は『封樹の森』というこの大陸の中でも1.2を争う森林地帯。その全容はいまだ解明されておらず。遥か遠くまで続くその森の先に何があるのかさえ分からないという。

 そんな森から出てくる魔物は高ランクの魔物も多く、その魔物を森の中に封じ込めるかのようにならず者達が集まり棲息して町になり、モロニック王国の王都からも組合が派遣されるほどの一大拠点となったというのがこの森の近くの町の発展理由。

 今では【領都】という、王都に次ぐ都とまで発展しているそうだ。そんな都を拠点にして、魔物を倒して生計をたてて活動する冒険者の一人がキツネさん。

 私達がこれから向かう場所が、領主の住む町であって、その町の名前が『領都ヴィラン』という名前だってことも教えてもらった。モロニック王国の中でも活発的で野生的で、とても綺麗な町だってことも教えてもらう。


「あなた達がいた場所が、この森の中層って呼ばれてるところね」

「中層……」

「逃げる先が逆だったら、深層に向かってたから、死んでたわね」

「……」

「ちなみに、もうすぐ表層よ。明日も同じ感じで進めばきっと夕方には森を抜けられるわ。問題は、表層にいる女性の敵ね」

「女性の、敵……?」

「まさか、ゴブリンですか」

「豚ちゃんもいるわよ」

「オーク……それ、私達、運よくここまで来られても、死んでません?」

「死んでるっていうか、苗床ちゃんね。ぶひぶひー」

「「「……」」」



 私達は、キツネさんに出会って、本当に幸運だったのだと知った。






 色々話したあと、皆で眠りについて。異世界に来て三日目の朝。


「おっはよー」


 キツネさんが、私達より早く起きて、火の番と朝食の準備をしながら迎えてくれる。


「キツネさん」


 そんなキツネさんを見て、私は、素朴な疑問を持った。


「ん。どったの?」

「キツネさん。寝て、ますか?」


 のそのそと昨日の疲れがまだ残っているのか眠たそうな表情のキッカもその答えが気になるようだ。

 シレさんは、キツネさんのため息に察した様子。


「……あのね。冒険者の鉄則よ。誰かが一人起きてないと、なにか起きたときに対処できないでしょうに」


 やっぱり。

 キツネさんは、私達と出会って、一度も私達の前で寝ていなかった。

 常に気を張って、私達が眠れるように警戒してくれていたんだと気づく。


「ありがとうございます……」


 私達は、つくづく、お荷物で、何も知らなくて、守ってもらい続けたままで。


 無力、なんだと痛感する。


「どういたしましてー」


 そんな私達を、気にせず何を言わずに守ってくれるキツネさんは、とても優しい人なんだって。

 そう、心から、思った。


 キツネさんと一緒にこの森を出て、新たな一歩を踏み出したい。

 キツネさんみたいに強くなって、キツネさんに恩返しがしたい。








 そう、心から思った、私達は、今、とても……。

 とても……



「ぜーぜー……」

「キツネさん……辛い」

「もうちょっと我慢しなさーい」


 無理、と思わざるを得ない状況だった。




 異世界の朝、三日目。


 川を渡った先の森に辿り着いた私達は、キツネさんから、この川を挟んで中層と表層に分かれると教えてもらった。

 私達がいる場所は、表層。

 狼――エルダーウルフや、番犬――地獄の番犬サーベラスに会うことは滅多にないってことだけど、これから先は人種の魔物が多く出てくると聞いたとき、真っ先に思い浮かんだのは、ゴブリンやコボルト、オークといった、異世界の定番の魔物だった。


 案の定――


「ほらほらー、大量にきたよー」


 キツネさんが指差す先に現れるは、大小の、人の姿を魔物の群れ。


「逃げないとどうなるか分からないわよー」


 笑っているかのようなキツネさんの声色に、私達はその魔物の群れは恐怖以外の何物でもなくて。

 エルダーウルフや地獄の番犬のような、大きな個体や少しの群れではなく。

 ただただ、圧倒的なまでの、軍隊のような魔物の群れ。


 ばきばきと、そこにある大木なんて無視して一直線にこちらに向かってくる、その、多さのあまりに一色に見える、黒い群れ。


「……ひっ」


 なんでこんなに群れているのかなんて、分からない。


「そりゃ、ここに可愛い子が何人もいれば、禁欲状態にも近しいあれらが匂いに敏感に反応して向かってくるに決まってるでしょ」

「そ、そんなの……」


 走る。体が勝手に群れとは反対へと向いて、走り出す。


「「「教えてもらってもないからわからないですよっ!」」」

「教えてないからねー。ほらほら、早く逃げないと、苗床ちゃんのでっきあがりー」


 人の群れがこんなにも怖いなんて思わなかった。

 ただただ、自分達の身の安全のために、逃げる。



 そりゃ、これだけ必死になって逃げるのなら。


 森の入口まで辿り着けるのも、早いってものです……ねっ!

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