019.生きている(アズ視点)
私たちが目を覚ますと、そこにはすでにキツネさんが用意してくれたご飯があって。
私達は言われるがままに焚き火の前でぐつぐつと小さく音を立てる鍋の中のスープをお椀によそって席に着く。
「さてはて。朝食食べたらすすみましょか」
キツネさんが「んー」と伸びをする姿を見ながら私達はキツネさんが用意してくれたスープをいそいそと飲み干していく。
「……美味しい……」
ぎゅっと包むようにお椀を掴んでいたキッカが、ぼそりと私の隣で呟いた。
急いでたから味を確かめてなかったけど、すっと一気に飲み干せたから、美味しくなかったなんてことはなかったけども、キツネさんがあんなことを言うからつい急いで飲んじゃったことを悔いてしまう。
それほど、キッカの緩んだ顔が、そのスープの美味しさを物語っていたから。
「ん? そんな美味しいもんじゃないと思うけど?」
キッカの呆けた顔を不思議そうに見て、キツネさんは私達の正面に座ってお椀に二掬いほどスープを入れて飲んでいく。
「まーまー。急いだってなーんもいいことないから。とりあえず、朝食はゆっくり食べなさいな」
さっきキツネさんが言った言葉は、朝食を食べてからの話であって、特段急がせるような言葉じゃなかったことに気づいて私は損をした気分になった。
「そこのスープ。全部飲んじゃってねー」
キツネさんがぱんぱんっと緋袴のスカートの埃を軽くはたくような仕草をしながら立ち上がって、私たちに背を向け少し離れた遠くを見つめている。
「私達……生きてるのね」
シレさんが、ぼーっと、お椀の中を見ながら呟くように言う。
誰に聞かせるわけでもなく、ただ、自分に言い聞かせるようなその声に、私も昨日あったことを思い出した。
普通にキッカと一緒にフードコートにいたらいきなり白く光って。
光が収まったら目の前に輝く光の柱と辺りは森。ラノベとかでよくある召還なんだと思ったのは確か。実際そうなんだと思う。
だけども、そんなの実際起こされてみれば、ただただ恐怖となんで?って疑問しか浮かばない。例えこれがラノベよろしくな王宮での召還で、辺りに王族がいたりしたとしても、その感情は変わらないと思う。集団でいたのにあれだったんだから、きっとそうなんだと思った。
……ラノベの主人公達。
もうちょっと、考えたほうがいいんじゃないかな。
れっきとした誘拐だよね、これ。
その森からまだ出られてはいないけども、その後は、私達と同じ世界から召還された学生の子が、話を聞かないからといきなり殺されて。
シレさんとキッカが一緒にいてくれなかったら、私は発狂して叫び続けてきっとあの学生の子と同じことになっていたんじゃないかなんて。
そう思ったら、私の体は急にがくがくと震えだした。
シレさんとキッカが一緒にいたからちょっとありえない状況でも軽口を叩くことができて。
でも、それでも状況は悪くなる一方で。
馬車に載せられたときは、本当にこれからどこへ連れて行かれるのかって、手錠を嵌められているからどこかに売られちゃうんじゃないかとかよぎったりして。
ただただ、これからの自分がどうなるのか、不安でしょうがなかった。
それは今も変わらない。
変わらないけど……
「うん。生きてる……」
「生きてるね、私達」
キッカも同じく震えていた。
シレさんが後ろから抱きしめてくれて、三人揃って涙を流す。
あんな見たこともない大きな獣に襲われながら生き残れて。
逃げた先に追いかけてきた青ローブの宗教団体に掴まりかけたけど、狼に襲われていたところをキツネさんに助けられて。
濃厚な半日だった。
生きるか死ぬか。その瀬戸際だった。
「生きてる、よぉぉ……」
まだ、こんな非常識な状況で、生きていられていることに、嬉しくて。
「……おや? 涙流すほど美味しかった? 本当に~?」
キツネさんが私達に気づいて声をかけてくる。
そのキツネのお面でどんな表情を浮かべているなんてことは分からないけども、私達は笑った。
助けてくれたキツネさんに感謝して。
ただ、今この瞬間を、笑いあう。
「さぁて~……そろそろいくよー」
ぽんっと音とともにテントも木製の椅子も簡単に消えた。
キツネさんの【ボックス】に消えたのだと分かっているけど、慣れていないからか目にするといきなり目の前から消えるから驚いてしまう。
綺麗に片付いたその数時間ほど寝泊りした異世界での初宿泊。
その場所はもうなくなってしまったことにほんの少しの寂しさを覚えたけど、それでもこの森から出ることが先なのは間違いないからさっさと先に進みたいと思った。
「キッカ、シレさん。キツネさんについていこう」
「そだね」
「そうしないと」
私の思いをそのまま口に。
キッカもシレさんも、私に賛同してくれる。
「あら? あなた達。私についてこない可能性もあったの?」
キツネさんがじっと私達を見てきた。慌てて私は答える。
「ち、違います! キツネさんについていかないとこの森から出れないことは分かってます」
「私達、何も出来ないから、キツネさんに守ってもらわないと」
「安全な場所まで着いたら、きっとご恩は返しますので」
「んー?……まあ、恩とかそういうのはいらないけども。――……ってなわけだし」
キツネさんがぼそりと、ため息混じりに何かを小さく呟いた。その呟きは聞こえなかったけども私達の身を案じてくれているのだと勝手に考える。
「ま、とにかく。今日はちょ~っと長めに歩くわよー」
くるりと進む先に振り返りながら、ぶんっぶんと、持った木の枝を振りまわりながら進み出すキツネさん。
「なんか……」
「昔の漫画とかで見る、悪がきとか、ガキ大将みたい」
「あー。木の枝を振り回してる辺りがねぇ」
「木の枝。そもそもRPGでは武器にしたって攻撃力はたったの2」
「え、キツネさん、あの木の枝で狼倒してたよね」
「力任せなところもガキ大将」
「ちょっとー、聞こえてるわよー」
前を少し先に進むキツネさんがそのお面の中で笑っているように見えて。
私達も釣られて笑う。
そして私達は、この異世界で、一歩。
やっと、初めての一歩を踏み出せた気がした。
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