018.後始末 後編(ソラ視点)
先に考えた、王国とヴィラン公爵の仲違いを狙ったというのは、あながち間違っていない推理なのかもしれない。
だけども、それは流石に難しいのではないか、と私は更に考える。
モロニック王国の領土を手に入れる為に侵攻したいインテンス帝国。モロニック王国は中央政権以外の東西南北の領土を守る選帝侯達が強く、団結力も高いので攻め込まれればどこの領土からも援軍がくる手筈となっている。集中型の防衛戦を得意とする国だ。
その防衛に、もっとも戦力として期待され、成果を上げているのがヴィラン公爵の東の辺境地区である。
東は魔物の森が拡がるため、国家がない。だから他地域が攻められたときにもっとも兵力を出せる場所なのだ。人が減ることで魔物が襲ってくるのではないかという心配も、冒険者に声をかければいいだけ。その冒険者達からしてみると、戦争によってヴィラン辺境地区に兵士が少なくなる時は書き入れ時ともなるので各地域から望んでやってくるほどでもある。
「勇者召還で揺らぐような信頼関係でもないんだけどね」
むしろ、疑いがかかるのは、ヴィラン公爵に対してではなく、他地域になるだろうとも思う。
王の側近としてということもあるけども、戦いにおいても優秀な公爵家。その気になれば、王のいる中央だって、いとも簡単に制圧することができ、政権交代さえもあっという間に行うことができる選帝侯としての地位もある。勇者なんぞに頼らずともいいのだから、勇者召還をこれ見よがしにしたというのは、ヴィラン公爵と王の関係性に傷を与えようとする他者が行った策略という線がもっとも濃厚となるのだ。
「で、更には、そんな磐石な状態を知らないのは、他国ってことになるわけだけども」
他国にも轟く、ヴィラン公爵家の名。更には、昨今の王からの要請(嘆願とも言う)により、ヴィラン公爵家はこの度、一人娘のナッティ・ヴィラン令嬢が王太子の正妃確約の婚約者として選定された。その結果、中央政権との繋がりは確固たるものとなり、功績も著しいことから『王爵』を賜ることになっている。王位継承権さえ今後は持つことになる。
「……お粗末な、諜報による強行よねぇ……」
呆れる。
恐らくこの考えはほぼほぼアタリであると断言できそうであるからこそ、ため息が出てきてしまう。
なんてことを考えたところで、あの青ローブのローブに描かれた紋章を思い出す。
「あれも、ねぇ……紋章変わったの知らなかったんでしょうね」
公爵家の紋章は、王爵を賜ることによって、王家と同一の紋章となった。つまり、その紋章に×印を入れるという事は自分達の家に対しても反旗を翻すことにもなる。
王家に入ることを良しとしない勢力が、ならわかるのだけども、と、私は再度ため息をついた。
そんなことに巻き込まれたこの子達が可哀想に思いながらも、命が助かっただけでもいいのかもしれないとも思う。
ほとんどの命は助かっていないけど、そこに対して思うところもない。
もしもの話で、知らない誰かを助けられなかったなんて思うほどセンチな自分ではないとも思っている。
「とまあ……そんなこと言いながらも」
私は、『千里眼』を発動した。
ぐぐっと視界が一気に拓けていき、更に遠くを見ることが出来るようになる。
その視界をより深く潜らせていく。
じっと遠くへ。
彼女達が召還された場所ではなく、彼女達が逃げ出したと思われるその場所へ。
その近辺へ。
そこに、まだ誰か生き残りがいないか確認する。
「……ありゃ。まだいたのね」
生存者。
焼け焦げて原形を留めていない馬車と思われる木枠の作り物。その傍で、何かをつつくような仕草をしている番犬ちゃんを見つけた。
つついているものは時にはびりっと破られては口の中に放り込まれたりと、番犬ちゃんは食事中のよう。その食事のお肉ちゃんも、なかなか食べ応えがあるようで。
その近くの茂み。
そこに血だらけになりながらも、ぶるぶると震える人が三名ほど。
逃げることもできず。ただそこで食べられている人を見て、青褪め今にも卒倒しそうな状況の人。お爺さんとお婆さん、そして孫であろう小さな子供。その孫をカタカタと震えながらも抱きしめ、孫を助けたいという心持がよく分かる。
今日何度目になるか分からないため息をついては、私は立ち上がる。
こんこんっと結界を叩くと、私と同じくらいの大きさの穴が開き、そこから外へと出ると先程までいた空間の中ではあまり感じられなかった外の空気を鼻が嗅ぎ取った。
青々しい森の匂い。それこそ森林の匂いと言うべきなのだろうか。
今のこの状況ではなく、のんびりとした危険のない場所でこの匂いを嗅いでいればリラックス効果でもあったのだろうかと思う。
「みたら助けないと、ね」
足に一気に力を篭める。
解放すれば私を一気に目的地へと運ぶ力に変わる。
大木の溢れる森を駆け抜ける。一足飛びで距離を縮めていく。自分の周りを、木々が道を開けるように通り過ぎていく。着地と同時にまた足に力を溜めると、射出された矢のように、槍のように私の体を更に素早く前へ前へと進ませる。通り過ぎていく目に映る木々が、早かった景色がゆっくりと、スローのようにゆっくりと映し出されていく。
「ぐぅるぅぅぅっ」
番犬ちゃんの唸り声が聞こえる。息を潜めて隠れていた三人を見つけたようだ。
今まで見つからなかったのは、辺りに番犬ちゃん達が食して散らかした人の死骸と自分達が燃え散らかした木々の焼け焦げた匂いとか様々な匂いが混ざり合って番犬ちゃん達も判別つかなかったのかもしれない。
見つかったのは、辺りの匂いが薄くなったか、それとも誰かが見つかるようなヘマをしたかだとは思う。
もうちょ~っと待ってくれれば良かったのに。と、走りながら舌打ちしてしまう。
叫び声があがる。
その叫び声に、辺りをうろついていた番犬ちゃん達が声の先を見た。
番犬ちゃん達だけじゃない。恐らくは森の中にいた夜行性の魔物がそのうちぞろぞろと現れてくるだろう。
元々番犬ちゃん達のお零れに預かろうとか思っていた節もあるから、動きも早いと思う。
助けにいったら囲まれて助けられませんでしたなんてしゃれにもならないわ。
ただでさえ三人娘を結界の中に置いてきちゃってるんだから死んで堪るもんですかっ。
今にも獲物に飛びつきそうに前傾姿勢になった番犬ちゃんへと迫る。
「唸れっ! 木の枝ちゃん!」
この森に入って出来た相棒。聖剣エクスカリバーが、番犬ちゃんの背中へと突き刺さった。
「……んっ……」
閉じていた瞳に光の刺激を感じたのか、アズはゆっくりと目を覚ました。
まだ眠い体に、辺りを見渡してみるが、まだ起ききっていない脳では、ここがどこなのか分からず。
それもそのはず。
自分はつい昨日までは大型ショッピングモールのフードコードにいたはずだから。
だからいきなり狭い仕切られた空間の中でここで何をしているのだろうか、なんて平和な昨日を思い出してぼーっとしてしまうのも仕方のないことであろう。
「……っ!?」
思い出す。
自分の身に起きたことを。
三角錐のような、それでいて地面はふわっとしているテントのようなその場所で、隣に共に召還されたキッカとシレさんの姿を見つけると自分だけがまた別のとことに放り出されたというような最悪の状況に陥っているわけではないことにほっとする。
召還されて魔物の蔓延る森の中にまだいるという、最悪な状況であることには変わりはないのだが。
「あ、起きた? 三人入ると狭いだろうからテントから出てきちゃいなよ」
外から声が聞こえる。
その声は、昨日助けてくれた人の声だと理解すると、よりほっとした。
ゆっくりと、自分のいる場所――テントから出ると、眠る前に見ていた森とは違う光景が目の前にあふれ出た。
空から森の木々の間から振り注ぐ自然光の木漏れ日。白と黒の光と影と、緑と茶色の木と葉っぱのコントラスト。それら自然が創り出した幻想的な風景。
息を吸うと美味しいとさえ感じる空気。鼻が嗅ぎ取るのは、緑の優しい匂い。
都会なんかで見ることのない光景。
そんな木漏れ日の一つの下で、自然光を浴びながらこちらをじーと見るは――
「おはよう、よく眠れた?」
――キツネのお面を被った、巫女装束のような格好をした女性、ただ一人だ。
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