017.後始末 前編(ソラ視点)

 いやはやいやはや。

 どんだけ疲れてたのよこの三人娘ちゃん達は。


 私はスープを飲んだらぐったりしてその場で眠りについた三人娘ちゃんを見ながらたらりと頬に汗をかいてしまう。

 実際、私と会う前には狼ちゃんに襲われてたところだし、この子達を保護した辺りから遥か遠くで地獄の番犬サーベラスと戦ってた、この子達を異世界召還したと思われる青ローブの集団から逃げてきたんだと思うと相当な距離を走ってきただろうし。本当に疲れてたんだろうなってのは分かるんだけどね。


 でも、疲れてただけってわけでもないのかなとか思う。

 彼女達からしてみれば、知らない世界に連れてこられていきなり手錠嵌められて奴隷のように連れて行かれそうになっていたんだから、心のほうも多分疲れてたでしょうし、もしかしたら異世界からここに来るまでに何か知らないぱぅわぁーみたいなものでも浴びちゃってたとかもありえるし。

 私のスープが美味しすぎてほっと一息つけて安心したのなら、私も少しは信頼してもらえたってことかしらね。スープが美味しかったのならなにより。



 ……薬盛ったとかじゃないからね。



 というかこの子達。よくあれだけ走って逃げて魔物に追われたりしなかったわね。

 今は私がこの辺りに魔法で結界を張っているから、追われることもないけども。私と合流前にこの子達が襲われずに森の中を走っていたことがとても不思議だった。


 私はその場から少し離れ、結界と外界の境界上にある薄い膜を触る。

 シャボン玉のような油分が水の上に浮いている時に現れるような波紋が私が触ったところから拡がっている。触り心地は風船みたいな感触で、相変わらず割れちゃったらどうなるんだろうとか脳裏に浮かんじゃう程に薄いのが不安である。


「ふむ。今日もうっすうすー」


 とはいえ、自分が作ったものだし、強度を落とさず極限まで薄くしているものなわけなので割れるなんてことはないってことくらい分かってはいるんだけどね。


 結界の強度を確かめた後は、また彼女達の傍へと向かう。

 この結界は魔物だけじゃなくて空間を遮断するタイプだから安心して寝てもらっていいからねーなんて耳元で声をかけてみるも、「うぅん」とちょっと悩ましげな声をあげるだけでぐっすりである。


 私は三人を一人ずつ抱き上げてはテントの中へと連れて行って寝かせてあげる。もちろん、一人一人に耳元で言ってみてはいるが、決して悩ましげな声をそれぞれから聞きたかったわけではない。

 あんな座ったままで眠るより、ちょっと柔らかめなところで横になって寝たほうが絶対疲れ取れるから声をかけているだけよ。


 さあて。

 今日は念のための徹夜ね。と、見える範囲で静かな夜の森をぐるりと見渡しながら焚き火の前に置いた丸太の椅子に座って火の番をする。

 ぱちぱちと時折爆ぜる火の音に飲み物を飲みたくなってきて鍋の中に魔法で水を出して沸騰させると、コップに移してぽろぽろと粉をまぶしてスプーンで混ぜていく。

 先ほどまでコップの内面を映していたお湯が、みるみるうちに黒くなって香ばしさをかもし出した。


 本当は砂糖とかあれば甘くはなるのだけれど、普段から持ち歩いているわけじゃないからそのままで飲んでみる。


 ……にがっ。


 今度から砂糖を【ボックス】の中に入れて常備しておこうと思ったところで、それなら牛乳とかも必要そうだと気づく。


 いやいや、私の【ボックス】には余裕がある、というか無限だろうから気にする必要はないんだけども、泥水みたいなこの苦い飲み物にはケーキとかあま~いものが合いそう。ケーキなら私のラーナが美味しいのたくさん作ってくれそうだからそういうのも用意しときたいなぁなんて。ミィとマイもケーキ好きだからなんだったら皆で作っちゃうのもアリね。


 なるほど、なるほど。そうなってくると……――


「……はっ」


 ――……どんどんと荷物が増えいく予感にどうしたもんかと考え込んでしまって、思考をリセットする。


 何も考えてない状態でぽけーとしていると、今この場所はとても最適な時間だと気づいた。

 この一人きりの暗闇の中での静かな時間。

 焚き火の明かりを見続けるだけでも時間は過ぎそうだけれども、集中できそうなこの時間を利用して、今困っていることとかを考えてみるもありかもしれない。


 今考えるべきは何かと思考を巡らせてみると、



「そう言えば……」



 異世界召還を行ったと思われる青ローブの集団を思い出す。


 あの青ローブ達、この国のシンボルマークを背中に背負ってたわね。

 もしこの国の暗部とかの集団でこの領都預かりの【封樹の森】で勝手に転移陣を使用して異世界から人を呼び寄せたとか本気なのかしら。

 さっきは「やっちまったわね」とかなんか【千里眼】を使ってみた光景に思わず呟いちゃったけども、王国が関わったと考えるのは早計な気がした。

 この国の王は、選帝侯によって選ばれる王なのだから、その中でも王国の盾であり剣でもある親友のヴィラン公爵にわざわざ喧嘩を売るような真似はしないと思うのだけれども。

 ヴィラン公爵に喧嘩を売ったのなら、中央と他地域の貴族が集まってもヴィランには勝てるわけがないってくらいの戦力さがあるので、滅んじゃって新しい国ができてしまいそうである。

 とはいえ、どちらも私は知った顔ではあるので、そんなことするわけないだろうなぁとも思う。


「……どこかの謀略?」


 そう考えたほうがしっくりくる。

 さし当たって考えられる国としたら、お隣のあの激しい帝国さんかしら。

 戦争の前準備として、ヴィラン選帝侯の力を削ぐことが目的、または選帝侯と王の仲違いの策略のような気もする。

 もしそうだとしたら、確かに禁忌ともされる勇者召還をヴィラン選帝侯の領地で行って、選帝侯に謀反の疑いをかけて戦力を削ぐことを考えていたのかもしれない。


「それであれば……あれだけの大規模召還にも納得ってところかしら」


 多くの数を召還する。召還先を人が生きていられない場所に選んだのは理由がありそう。

 召還に際して発生するどこからでも見えそうな証拠が立ち上がる柱を見せることが目的だったと考えるべきかしら。それだけでどこで何かが行われたのかも一目瞭然だし、すぐに調査に乗り出そうにも人が入れるところではないからこそ、余計に選帝侯が怪しくも見えてくるってことね。

 時間稼ぎも出来るし、証拠隠滅というわけではないけども、大量の人を呼び出してその中から最低限の数を連れ出すことができれば帝国としては御の字。カモフラージュにもなるし、あれだけ大々的に見えちゃっても、勇者召還に失敗したとも思わせることも出来ればなおよし。召還に成功した勇者達を数人連れ出して囲うだけで、戦力としても使えるし、いざとなれば切り捨てて勇者召還の証拠ともすればいい。どちらに転んでも、王国とヴィラン選帝侯の仲違いを誘発することができる。


「……な~んてこと、考えたのかしらねぇ……」


 ざっと簡単に思いついたそんなしょうもないことに、もう少し考えてみたほうがいいかもしれないとも思った。


 静かな夜の森の中。

 ぱちぱちと焚き火の爆ぜる音を聞きながら、私は思考を潜らせていく。

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