016.今はおやすみ(アズ視点)
「そのお面、暗闇で見たら怖いですからね」
その後数時間程度歩いたところで、キツネさんは森の中で少しだけ開けた場所を見つけると「ここを今日のキャンプ地とするっ!」と明らかにその狐面の奥でドヤ顔していそうなことを言った。
「一回言ってみたかったのよね」と小さくご満悦そうな含み笑いを上げながら、いきなり何もないところに魔法陣のようなものが現れて、キツネさんがそこに手を差し込んだと思ったらぽんっと出されたそのテントは、すでに組み立て済みのままその場に現れて、ただ地面に設置するだけという、ものの数秒でキャンプ地がその場に出来上がった。
「い、今のって、なんですか」
「ん? ん~……【ボックス】?」
「ボックス……? 収納魔法とかそういうものかしら」
「アイテムボックスの略っぽい。インベントリとか無限収納とか」
シレさんとキッカの順応力が凄い。
異世界ものやゲームでよくあるアイテム収納。それが今見せられたものなのだと二人の会話で理解する。
「でも、そうなると、空間魔法とか時空魔法とか、時間に関する魔法とかがある世界な気もする」
「キツネさん、その【ボックス】ってどんなことができるんですか?」
「無限に収納できて、入れると自動分割と整理ができて、その気になったらその中で分解・合成もできるわね。死体も入るわよ。ああ、さっきシレちゃんとキッカちゃんが言った通り、アイテムボックスの略よ」
「……チートですか」
「後は、時間停止のオンオフの切り替えも出来るし、内部で四角い箱の中に仕分けてその中の時間を早めたり遅くしたり、自由に設定できたり」
「チートですかっ!?」
流石になんでもできすぎていることは、あまり知識のない私でもよく分かる。
キツネさんから「とりあえず休みなさい」といわれて、また【ボックス】から出された小さな木製の椅子に座らせられると、あっという間にという言葉がぴったりな具合に、テント近くの細かな木を切ってせっせと焚き火が設置された。
「その【ボックス】って、他の人も使えるものなんですか?」
「ん……? 見たことあまりないけど、出来る人もいるんじゃない? んま~、異世界の人からしたら、魔法とか気になるわよね」
一段落したのか、キツネさんがそういいながらほんわかな温かい火の上に鍋のようなものを置いて指を向ける。ぽわっと音がして指先に小さな魔法陣のような光が現れると、綺麗な水がそこから溢れて鍋の中へと落ちていく。
「どんな魔法があるんですか?」
何気なく目の前で行われているその指先から出ているのも魔法。日常的に魔法がある世界なんだと思う。キッカがキツネさんに興味津々と言った様子で質問した。
「火、水、風、土。後は光と闇ね」
「あれ? じゃあさっきの【ボックス】って……」
「複合魔法よ。それぞれの魔法を組み合わせたりすると出来るのよ」
「詠唱とかは?」
「あるけど、私は略してるわね」
キッカとシレさんが「詠唱破棄!」と異世界魔法のロマンだと騒ぎ出すけど、私にはちょっと追いつけない。言葉からある程度の理解はできるけど、私のジャンルはどちらかと言うと乙女系がメイン。キッカとシレさんのような、オールジャンルとかロールプレイ系はからっきし。
こぽこぽと鍋の水が沸騰すると、人数分のコップを取り出して注がれていく。私達がそれを受け取ると、残ったお湯の中にキツネさんはいくつかものを投げ込むように入れて、鍋の中をどこかから取り出したお玉杓子でことことと煮込み出す。
「お腹減ったでしょ。もうちょっと待ってねー」
どうやらスープを作ってくれているようで、コンソメのようないい匂いがしてきて食欲をそそる。
流石に今は、キツネさんが私達を助けるとはいえ、魔物を殺している様を見ていて、お肉とかは食べられそうになかったのでスープなことがとても嬉しい。
出来上がったスープを渡されて、その匂いにごくりと喉が鳴る。
素朴な、具もほとんど入っていない、ただの何かを溶かしたスープ。コンソメのような匂いに、どろりとした黄色いスープを飲むと、体に染み渡っていく気がした。
「あ。ちなみに。匂いとか浄化したり外から見えなくする結界張ってあるから、安心してね」
「え……」
そう言われて、ぎょっとした。
私達のいるこの森は人を簡単に殺せる魔物が棲む森だってことをすっかり忘れていた。
きょろきょろと見てみるけど、普通の森が拡がってるだけ。
どこにそんなものがあるのか分からないけど、頼る先のない私は、キツネさんがそういうならきっと安心なのだろうと、信じることにした。
お腹もとにかく空ききっていたこともあってか、とうもろこしのような味のするスープをお腹に入れると、体が気だるさに襲われた。
とにかく自分が疲れていたのだと理解する。今までずっと緊張していて安らげなかったのだとわかって、キツネさんがこうやって助けてくれたことに安堵をしてしまったせいなのか、妙に眠い。
「うぅ……」
「大変だったでしょ。疲れてるだろうし、とにかく今はゆっくりお眠り」
眠くて眠くて。キッカもシレさんも、疲れていたのかすでにぐったりと眠りについていた。
緊張の糸が切れるというのはまさにこのことか、なんて思っていたところで、私の目の前が真っ暗に。
まさか、眠り薬?
もしかして私達はキツネさんに薬を盛られて……
「明日、ず~っと歩くんだから、疲れ取らないとへばっちゃうぞー」
――そんなわけがない。
ああ、それは、あまり聞きたくなかった……。
言葉にもできず。
私の意識は一気に眠気に負けて、落ちていく。
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