011.その輝きは、忘れない

「あ、君達っ!」


 とりあえず進もう。

 そう言って三人で歩き出したときに、大きな声をかけられて、びくっと三人揃って立ち止まってしまう。


「よかった! 君たちも逃げられたんだねっ!」


 そう言って立ち止まった私達に合流してきたのは、私達と同じように手に手錠を嵌められた私達と同じ世界から来た人達。

 二人組のその人は、一人の男子高生と一人の可愛い女子高生。互いに庇いあう様が同級生のように思えて、揃ってこの世界に飛ばされてきたんだと思う。

 同郷の人達と会えたことに私はほっとしたのに、


「貴方達も襲われて?」


 シレさんが少し警戒しながら声をかける。まだ同郷とはいえ、味方じゃないって可能性もあることにシレさんの警戒の仕方ですぐに分かった。特にシレさんは、声をかけてきた彼に警戒を強めているみたい。


「ああ、俺達もさっきの犬みたいなのに襲われて。とっさに俺のスキルでなんとか逃げ切ることができたんだ」

「……スキル?」


 キッカが異世界的チートと思わしき用語にぴくんと反応した。


「さっきステータスを皆で見てたら急に生えてきてさ。俺のスキル『身の隠し』って言うんだけど、接触してる相手数人の姿を見えにくくするみたいなんだ」


 そんな、ご都合主義な。

 思わず言葉に出そうになって飲み込んだ。

 今この状況でもっとも欲しい能力だなって思うと、私もスキルが生えてきてないかとステータスを見たくなった。


「でもよかった! 俺達と一緒に逃げよう!」


 彼が少し楽しそうに、嬉しそうに言う。

 逃げることの何が嬉しいのか、さっぱり分からない。分からないけど、そんなことで嬉しいわけじゃないってことも、私には分かっていた。

 そんな彼を、彼女が諌めるように声をかけたけど、彼はその声が聞こえなかったのか私達をみて嬉しそうにしている。

 彼女さんなのかは分からないけども、傍から見たら目移りして別の女性に声をかけてるようにも見えていい印象はないんだけど……きっと隣の子も同じこと思ってるんだろうな。顔が険しいもん。


「……あー。ごめん。私達は別行動するよ」


 キッカがなにかに気づいたのか、私のワキをこつんと叩いて言った。

 多分キッカも私と同じことを考えたのかもしれない。


「なんで!? 一緒に逃げたほうが絶対にいいって! ほら、俺のスキルもあるし!」


 彼の言うことは正しいのかもしれない。彼が言った『身の隠し』があれば、青ローブが追いついてきても逃げられる確率は上がる。


「……逃げるアテは、あるの?」

「え……?」


 逃げる先。

 ここは森の中。薄暗い見たことのない森林地帯で、土地勘もない場所で、どこに向かって逃げたらいいのか。



「大人数になればなるだけ、見つかりやすくなるし、動きも鈍くなる」

「だったら、別々に反対に逃げたほうが、どちらかが逃げ切れる確率もあがる?」


 でも、本当は――


「な、なんだよ……俺と逃げるなら助けてやるのにっ!」


 ちょっと下心がありそうなこの人と、一緒に逃げたくない。

 そんな警戒心に気づいたのか、彼の隣にいた彼女さんも、申し訳なさそうに複雑そうな表情を浮かべて私たちがついてくることを諦めたようだった。

 なんとなく、彼女も彼から逃げたいのかななんて思ったりしたけど、こんな状況になったら彼女も彼から逃げることなんてできないのかもしれない。それに、彼女は一度助けてもらっている。だからもう、彼を一人にすることだってできないだろう。


「そ、そんなこと言って、どっちも死んじゃったら意味がないだろう! 何を考えてるんだ君達は! 俺と一緒に来ればいいんだよっ!」


 彼が驚いて大きい声を出した。

 正しい。言ってることは正しいのかもしれないけど、私達からしてみたら、死の危険と同じく、彼への貞操の危機も感じてしまえばその言い方では私達は付いていこうと思わない。


 だから、どこに逃げようとしているの、なんて私も逃げようとしか言わずに声を荒げる彼に次第にイライラしてきていた。

 回りの女性陣が不機嫌になっていることに気づかないのか、そんなことはお構いなしに、彼は大きな声で喚くように声を荒げる。


「ちょ、大きい声ださないで――」


 そんな大きい声を出して、周りに青ローブがいたら――


「おいっ! こっちから声が聞こえたぞ!」

「逃がすなよ。せめて数人でも」


 案の定。

 近くにいた彼等が、こちらに向かってくる。

 彼は「ちっ」と舌打ちをして、隣にいた女の子の手を掴んで私達を置いて消えた。


「「「えっ」」」


 目を閉じたわけでもなく、ただいきなりその場から消えた。

 気配なんて感じることはできないけど、それにしても唐突に消えたことに皆して唖然とする。

 

「これが、スキル……?」

「す、凄い。確かに自信持てるわね……」

「いや、そうじゃなくて、とにかく今は隠れないとっ」


 スキルの凄さに感心した。

 でも、そんな状況じゃない。

 荒い声と何かを振り回す音が近づいてくる。


 私達は走ろうとした。


「――あっ」


 青ローブと思われる彼等とは反対側に逃げようとした私達は、すぐに足を止めることになる。


 そこに、黒い四速歩行の獣がいたから。


 ぐるると唸る声。

 それは警戒の音であり、威嚇の音であり。

 そして、敵と相手を見定めた音でもある。


 忘れていた。


 ここには、青ローブや彼のような相手以外にも。

 自分達を、死に追いやる化け物がいることを。


「お……狼……?」


 狼のフォルムをしたその獣は、炎を出して暴れていた犬とは違って小さい。

 だけど、小回りが効きそうなその体をゆっくりと揺らしながら、私達を標的と見定めて近づいてくる。

 はっはっはっと荒い呼吸音が聞こえるその口元は、鋭利な牙が生え揃い、その牙で噛まれたら痛いだけじゃすまないだろうとは見ただけで理解できる。


「見つけたぞっ! 三人! 女だ!」

「やったな! 捕まえ――おいっエルダーウルフがいるぞっ」

「やばい、群れがいるかもしれない、逃げるぞ!」


 青ローブが背後に現れて狼――エルダーウルフを見て焦って逃げていく。

 武器を持った男の人達がただ一匹の狼を見て逃げるというのはどういうことだろうと思う。


 でもすぐに分かった。それは――


「……ど、どうしよう……」

「体が……」


 エルダーウルフから発せられているのか、体に纏わり付く視線に、私達の体は動きを止める。

 動けない。

 ただただ、逃げたいのに、体はいう事を聞いてくれない。


 一匹の狼が近づいてくる。

 その後ろからぞろぞろと、狼がぞろぞろと。

 一匹だけじゃない。

 一匹だけじゃないから、私達はその姿に恐怖し、畏怖し、そしてへたりと力が抜けて尻餅をついて地面に座り込むことしか出来ない。


 死ぬ。

 こんな分からない場所で、何が起きてどうなって私たちがここにいるのか、どうしてこんなところつれてこられたのかさえ分からないままに。

 私達は――




「――おんやぁ? かわいこちゃんが三人」



 そんな声が。



 しゅたっと、白影が私達の前に降り立った。

 暗闇の中にはっきりと、光っているかのように、輝いているかのようにそれは白くくっきりと私達の前に現れる。



「なぁにしてるの?」


 くるりと振り返るその姿は。





 狐面を被った、声からして女性。

 それだけしか、分からなかった。

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