010.逃亡

「キッカさん、アズさんっ!」


 それは一瞬の出来事。


 外にいた大きな犬が、口をぱかっとあけたかと思うと、炎を口から吐いた。

 その炎は外で戦っていた青ローブの人の剣が犬の顔にかすったことで軌道が逸れたのか、私達には当たることなく幌を焼ききって空へと消えていく。


「あっつ!」

「アズ、逃げるよっ」


 幌が焼けたことで視界は一気に広がった。

 幌の燃えカスが炎を纏ったままに舞い散って私達に降りかかる。犬が周りに噴き放った炎で火災が発生していて真っ赤な火の海と化していた。


 キッカが私の腕を引っ張る、はっと我にかえった私は、キッカが原形をとどめない馬車から飛び降りたのを見て、勇気を振り絞って同じように飛び降りた。

 シレさんも遅れて飛び降りると、馬車が炎に包まれた。顔面に感じる熱量の高さに焼けて顔が引きつる。


「どうする!? どうしたらいい!?」


 私は辺りを見渡す。

 馬車と共に炎の中に身を委ねることは回避できた。

 でもそれでも辺りの森林に燃え広がった炎に囲まれている私達は逃げ場がない。


 まだ近くでは怒声のような声とともに、犬が戦っている様子。

 炎の陽炎に揺らめいて遠くで人影が動いている風にも見えた。


 手伝う? 手伝えるわけがない。私達は戦ったこともなければ武器もないし手だって手錠をかけられて満足に動かせない。


 戦えないなら。

 今は、彼等から逃げる絶好のチャンス。

 でも。


「逃げて、なんとかなるかな!?」


 キッカが泣きそうな顔をして叫んだ。

 人を簡単に殺すような青ローブの集団。明らかに私達はあの集団によってこの世界へ転移させられた。

 この世界のことを知るには彼等についていくのが一番手っ取り早い。でも、あの集団が私達をどうするのか、どのように扱うのかなんて分かるわけもない。


「逃げる。……今は逃げるのが一番だと思う!」


 シレさんが辺りを見ながらそう私達に言う。


「だって、あんな簡単に人を殺すんだから、私たちだって逆らったらどうなるかなんて分からないんだから、時間の問題よっ」


 シレさんも同じことを思っていた。

 私達の世界で、人を殺すことや、殺されることなんて、日常には起こり得なかった。ううん、違う。起こっていたけど、身近なものではなかったが正しい。

 そんなことが、目の前で軽々しく。一昔前の争いの絶えなかった時代のように、簡単に実行された。写真でしか見たことのないような、本物の武器で実行に移された。


 そんな相手が、私達をどうするかなんて、分かりきったことだ。


「逃げようっ!」


 私は震えるキッカの手を強く握り締めた。












 逃げる。

 その選択肢を、二人も受け入れてくれた。


 辺りは炎に囲まれている。馬車の近くは燃えたばかりで火の勢いは強いけどそこまで範囲が広がっているわけじゃない。


 まだ燃える馬車を、犬や青ローブの集団に見つからないようにこそこそと。

 抜けた先は暗闇が広がる森。

 まだ燃える火と、犬が噴き出す火で明るいけど、奥へ入れば入るほどに声も聞こえなくなれば剣戟も光も薄れていく。


 走る。

 走って、逃げる。手錠のせいで腕が触れなくて辛い。これだけでこんなにも走りにくくて阻害されるなんてよく出来た拘束道具だと素直に感心するけど単なる現実逃避。


 もう走れない。でも止まることはしない。いつ誰が追いかけてくるかなんてわからないから、とにかく今は遠くへ行きたかった。


「追いかけて……はぁはぁ、こない、かなっ!」

「だ、大丈夫、だ、と思う。あんな、おっきなの化け物、すぐに、倒せるわけ、ないしっ」

「あれも、きっと、そんないっぱいいるようなのじゃないよねっ」


 がむしゃらに三人揃って走りながら、私は自分が見たことのない巨大な犬がそこらへんにうじゃうじゃいないことを願う。


 あんな犬はみたことがない。

 大型犬に属する犬だってあんなに大きくはない。人が何人も載ることの出来る馬車と変わらない大きさだったのだから。


 そんな大型犬に、何人もの武器を持った青ローブの人達が群がっていた。

 私達から見たらどちらも脅威。でも、どちらもが争ってくれたので今は脅威は去った。

 シレさんが言うように、そう簡単に追いつかれるというわけでもなさそう。


「や、休もう……こんな全力で走ってたら、もたない……」


 休むことを提案する。

 ずっと休むわけじゃない。息を整えてすぐにまた走り出すために。


 二人も限界だったみたいで、すぐにスピードを緩めてくれた。

 私も合わせてスピートを緩めてゆっくりととまる。



 ……疲れた。

 どうしてこんなことになったのか。


 疲れてるからか、必死に息を吸いながら脳内に思いつくのはそんなことばかり。



 辺りは静寂。

 私達の呼吸を整える音だけが、辺りに響くほどに。静寂。


「ねぇ……」

「う、うん……なんか、静かすぎじゃない……?」


 その静寂が、私達の不安感を煽る。


 薄暗い森の中。

 私たちが召還された時はまだ召還の光のようなものがあったから明るかったけども、今は明かりも何もない森の中だった。

 だけども、月明かりのような光が空から木々の隙間から木漏れびて、その光と私たちが暗闇に慣れたのかうっすらと辺りの景色は見える程度には明るい。


 だからこそ。より、静寂が怖かった。


「どっちに進む?」


 キッカがきょろきょろと辺りを見渡しながら聞いてくる。

 私も見てみるけど、どこもかしこも似たような光景で、どっちに進めばいいかさえも分からない。


「土地勘があればどっちに進めばいいかわかったかもしれないけど」

「土地勘あっても、こんな森の中じゃわからない」

「それもそうね」


 青ローブたちが私達をどこかへ連れて行こうとしていたことから、近くに町などがあるのかもしれない。

 だけど、その青ローブから逃げた私達は、方角さえも確認することができないほどに必死に走っていたので、もう元いた場所がどこかさえもわからなくなっていた。

 せめて馬車の向いてる方向だけでもわかればよかったけど、もう私達の目には燃えてなくなった馬車も見えない。


 逃げられたのはいい。

 だけども、逃げた結果が、どうしたらいいかなんて考えていなかった私達は、途方にくれる。








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本作品はほとんど関連性はみせておりませんが、興味がありましたら是非他作品も読んで頂けると嬉しいです。


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