009.二択


「騒ぐと同じようにしてみるけど、どうする?」


 そう言われたのはもう一時間ほど前。

 私達はぎゅうぎゅう詰め、とは言えないけど、青いフードの人達と一人ずつ向かい合って馬車に載せられていた。


 がたがたとゆっくり進む馬車。

 数としてはそんなに多くない。

 一応私達異世界人を連れて行くためにいい馬車を用意したなんて言ってたけど、それにしては進む度にがたごとがたごとと揺れてお尻が痛いし車酔いなんて滅多にしたことないのに気持ち悪い。

 スプリングの偉大さというものを身に染みて感じているとこ。


 目の前の青いフードの人達は、それぞれ剣だったり槍だったりを持っていて、その切っ先がいつ自分達に向くのだろうかと、静かにしていれば向けられるはずもないと思うけど、それでも怖いものは怖い。


 馬車の周りにも歩いて追従している青いフードの人達がいて、何にここまで警戒しているのか不安になる。

 ごとごとと揺れる馬車に乗せられ、手錠をかけられて動きも制限されている。為す術もなく途方にくれるこの様は、何かあの歌を思い出しちゃうのだけど――


「――ドナドナ、思い出すわ」

「「……」」


 シレさんが、言った。

 ……あえて言わなかったのに。



 他の馬車にも何人か乗せられて、護衛されるように進んでいく。

 足並みはとても遅くて、がさがさと音がなると外の護衛の人達が一斉にそっちに武器を向ける。必然と、馬車も動きを止める。


「……ねえ、これ、もしかして……」


 私は、先ほど、三人で思ったことを思い出す。


 テンプレ。


 本当に、テンプレ?

 もしかして。という疑問が現れる。

 勇者として召還される。これはテンプレ。でも、それ以降の扱いがテンプレとは思えない。

 どこぞの王国が召還して、世界を救うために~等なら何となく分かる。

 でも、そうじゃない。


「キッカ、シレさん」


 私は、二人に声をかけた。


「これは、モブ的扱いじゃないかしら」


 同じことを考え込んでいたのか、シレさんがそう言った。

 キッカがちらりと目の前の青ローブを見ると、


「意識的に日本語で話すようにして」

「え?……わかった」


 キッカに言われて、日本語で話すことを意識してみようと思う。でも、こんな状況で何を話したらいいのかわからない。

 シレさんとキッカは当たり前のように世間話をしているけど、やれ天気がとか、やれ家の近くの犬が、と適当な会話をしているようにも見えて不思議だった。


「……やっぱり。大丈夫そうね」


 シレさんが青ローブの顔を見てから私たちを見た。キッカが頷いているけど私にはなにが大丈夫なのかが分からない。


「日本語で話そうと意識して日本語で話すと、こっちの世界の言葉で伝わらなくなるのか実験。上手くいったから内緒話ができる」


 キッカに言われてやっとおかしな会話をしているのか理解できた。


「さっき、私が言ったこと。モブ的扱いってことについてなんだけども」

「うん。私も思った」


 シレさんが改めて話し出してくれる。


「私達、ステータスが見れるけど、転移されたあの時、『勇者』って称号をもった人が複数いたってことだよね。でもあれはカモフラージュなんじゃないかなって思うの」

「え……」

「これだけの勇者が現れるっておかしい。だから、本当の勇者を隠すために勇者ってついてたのかもしれないってこと」


 なるほど。と思わず納得。

 だって、そうじゃなかったら私が勇者。あの場で騒いであっさり死んじゃった人だって勇者って憧れの主人公になるんだから。

 異世界転移だってことが確定したこの時点で、神様とかとであって使命を教えられて「そなたに勇者の称号を与えよう」みたいなことを言われて渡されたわけでもない。

 異世界転移した誰もが勇者なのであれば理解できるけども。


 ……あ、転移なんてとんでもないことしてるんだから、確かに『勇ましい者』ね。


「……異世界転移した誰もが得られる称号であって、そこから何かを行った功績とかで『真の勇者』がこの中から選ばれるとかかもしれないね。それか、他の卓越した能力がある子は勇者じゃなくて他が出るみたいな」

「シレさんみたいな賢者とか?」

「……照れるわね」


 シレさんはやっぱり私達より頭がいいのかもしれない。

 言われてそんな気もしてきた。

 そうじゃなかったら、シレさんに『賢者』なんて称号はない気もするし、説明された内容であれば複数人に勇者の称号があるのも理解できる。


 ただそうなると……


「ねえ、キッカ。称号あった?」

「あるよ」


 キッカも勇者以外の称号があって、シレさんも賢者が別にある。

 私は他に何もないから一般人。あ、まって。そう。私には弓使いって称号が……。

 弓使い……? それ弓使えたら誰でもなれる一般的な職業じゃ……。


「……つまり、そういうこと?」

「「……」」


 ぽんぽんっと肩を左右から叩かれて、「大丈夫。何かあったら護るから」とぐっと親指立てられても嬉しくない。


「……おいお前達。いい加減どこの言葉か分からないそれで会話するのをやめろ」


 青ローブの人が立ち上がった。腰の剣をすらっと抵抗もなく抜き出したことで私は「ひっ」と声をあげてしまう。


「おい、脅すな。少しは――」


 諌めるように立ち上がったもう一人の青ローブの人が、言葉の途中で幌から先を見て固まった。

 私は剣を向けられてただただ固まっているだけだったけど、隣のキッカにわき腹を突かれてキッカを見る。


 驚いて青褪めたキッカが眼に映り、剣でキッカも驚いているのかと思って涙目になるけど、キッカは幌の先――青ローブの人と同じく外を見て青褪めている様子だった。


「キッカさん、アズさん……」


 外に一番近いシレさんから震えて怯えた声が聞こえる。

 私も、皆と同じく外を見て――


「……ひっ」


 ――そこに、人より何倍も大きな犬がいて。

 口からちろちろと、真っ赤な炎がまるで今から私達を焼き殺そうとしているかのように見えて。

 ただただ、その目が。

 私達を、食事としてしか見てないように見えて。


 青ローブの人達が馬車から降りていく様がとってもゆっくりに見える。

 馬車の外にいた青ローブも加勢したのか、とても何人もの怒声のような声が聞こえてくる。

 だけども、私はただそれがとても遠くに聞こえてきた。


 身動きもできず。ただ、その場所で。



 ああ。ここで、一般人の私は死ぬんだ。



 生きるか死ぬかの二択もなく、ただただ、死ぬ。


 

 そう、思った。

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