008.テンプレと絶望


「おいお前達」


 青いパーカーコートの集団達の中から一人、ぱさりと被っていたフードを外して顔を見せながら、一人の男の人がよく通る声で私達に声をかけた。


 その声と顔に、私もキッカも、思わず「おおっ」って小さな声をあげてしまう。

 でも、その私達の声に重なるようにもう一つ声があった気がして。聞こえた方向――背後をキッカと二人してちらっと振り返って見てみる。


「あ……あはは」


 そんな、「やっちまった!」みたいな顔して、恥ずかしそうな、焦ったような、気まずそうな表情を浮かべた女性が一人、私達の背後で私達と同じように手錠をかけられ座っていた。


 さらりと黒髪ロングの、見た目どこのお嬢様?といった風の私たちより年上な女性。

 知り合いが誰一人いなかったのか、他の人達は私達と同じように固まっているのに一人でぽつんっと座っているのが可哀想だった。


「ご、ごめんね。思わず声でちゃって」

「「わかります」」


 キッカと一緒に同じことを言ってしまう。


「凄いイケメンね、あの人」


 お姉さんが、私達の背後にいるフードを外した彼を見て、ほぅっとため息をついた。


 そう。

 カルト集団のフードの中身は、とんでもイケメン。なにそのゲームやアニメ、漫画の中の主人公みたいな西洋風イケメンは。と、金髪碧眼の彼に私達は共通の声をあげてしまったのだ。


「……お姉さん、分かる人?」

笹良枝連ささら しれんよ。友達からはシレって呼ばれてるわ。……分かる人っていうか、多分ジャンルは別ね」


 ジャンルが別。

 思わずどのジャンルなんていいそうになったけど、お姉さん――シレさんは、うっとりするような表情で見つめているが、どことなく邪悪なものも感じてしまう。ただ単に面食いなだけと思えばいいけど、そうじゃないとなぜかわかってしまって、苦笑い。


「どっち方面?」

「え、そこ聞くのキッカ」

「ガチムチリバよ」

「うん。全然違う方面。でも理解できる」


 キッカの「同士はみな姉妹」とよく分からない根拠に、何かあった時に仲間が多いほうがいいと思い、シレさんに私達も自己紹介して一緒に固まることにした。


 ガチムチリバってなんだろう……流石に私はその呪文は知らない。

 シレさんが「あの服の下は絶対いい肉よ。周りの人達も顔見せてくれないかしら」なんて妄想が加速してるみたいだけど、それ以上私に知識を与えないで欲しい。


 回りも声をかけられてざわざわしていたけど、私達が固まった頃には静かになって、次のイケメンの言葉を待つ。


「お前達を召還したのは俺達『インテンス帝国』だ。お前達はこれから俺達と一緒にモロニック王国を抜けてインテンス帝国へと向かってもらう」


 インテンス帝国??

 モロニック王国??


 聞いたことのない単語に、キッカと私は顔を見合わせ、その後私達より知識がありそうなシレさんを見るが、シレさんも無言で首を振る。

 三人揃って他に知ってる人がいないか確認しようと回りをちらちら見たけども、やっぱり私達と同じように手錠を嵌められた人達は知らないみたいで、またざわざわとざわめきがあふれ出す。


 私達三人は、


「まずいね」

「これは来ちゃったね」

「テンプレね」


 これが、異世界転移だと。分かってしまった。

 周りの人達も、ほとんどが理解したようで、騒ぎ出した。私達と同じくらいの学生さんの何人かが揃って「おおっ! 俺もついに!」と立ち上がって叫びだしたりしているけど、まだ時期尚早なんではないかと私は思った。


「時間がないので少し静かにしてもらおうか」


 すらっと。

 イケメンが腰の剣を、危なげもなく、それが当たり前かのように抜いた。


 これ。

 これがあるから。私達を召還したといった彼等が、友好的かどうか、見極めてから騒ぐべきなのよ。と、本当は異世界転移したことによる驚きと興奮に騒ぎたい心をしっかり抑えて状況を確認する。


 それに、


「……まずいね」

「この手錠を付けられた時にまさかなぁとか思ったけど確定ね」

「シレさんもやっぱりそう思います?」


 私達の手につけられた手錠。

 これは罪人がつけられるものであるというのは世界共通だろうと思っていたけど、それは多分的中しているのだろう。


 この人達は、悪いほうの人達だ、と。


「お前達――」

「おおっ! おいおい、これまぢもんだよ!」

「え、ほんとか、これ。おお、すげぇ!」


 西洋風の剣を抜いたイケメンの話を遮って、立ち上がって興奮を抑えきれない三人の学生が、「ステータス!」と叫んだ後に自分達の目の前の虚空を見て指差して騒いでいる。


 ああ、まさかこれって……


「ステータス……」


 ぼそっと呟いてみると、やっぱり異世界テンプレ。

 私の目の前に現れたのは四角い薄く青く光るボード。


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 Name  :朝桐梓あさぎり あずさ

 スキル   :早撃ち

 称号    :勇者

        弓使い

        異世界からの来訪者

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 異世界よろしく的に体力とかも出るのかと思ったけども、それよりも驚いたのが称号の項目。


「ゆ、ゆ……」

「おおっ! おい俺の称号のところに勇者って書いてある! 俺がこの世界の勇者なんだな! やったぜ!」

「ん? いや、待てよ。俺のところにも勇者ってあるぞ」

「え。あ、俺にもある」

「え」


 あ、私もあります。

 なんて手を挙げたかったけど、私もそこの騒いでる人達と同じくその称号を見て同じ事思っちゃったので恥ずかしい。


「おやおや、アズ。まさかと思うけど~?」

「言わないで」

「あ、私は賢者って称号があるわね」

「「!?」」


 他にも数人勇者の称号をもった人がいたみたいで、こちらの世界では勇者って当たり前の称号なんじゃないかって、特別感がないなぁって思ったところで、


「人の話を聞かないとどうなるか」


 私の思考は、一気に恐怖に塗り替えられる。


 ざんっと。

 銀色の一閃が、騒いでいた学生さんの首元を抜けていった。

 共に、舞い上がっていく、丸い球体に、何が起きたのか頭の中が真っ白になった。


「見せしめにするのも悪くない」


 イケメンさんが振るったのは、先程私たちがこの人達が悪人だと理解することになった西洋風の剣。

 さっきまで学生さんの近くにいなかったはずのイケメンさんが、気づいたら学生さんの前にいて、その剣を振るった。


 飛んでいった球体は、どこか勢いよく飛んでいったわけでもなく、宙を舞ってそのままころりと、地面に落ちる。


 私達の、前に。


 その球体は、先程まで騒いでいた学生さんの、頭部だ。


 その剣で、人が斬られた。

 斬られた人は、丸い球体――頭部が離脱した。

 辺りに飛び散る真っ赤な液体と、力なく倒れていく体。

 血飛沫を浴びながら友人の体を抑えて何が起きたのか分からず顔を引きつらせる学生。

 叫び声。叫び声。叫び声。

 私達の目の前には、騒いでいた学生さんの顔。

 驚いた顔をしたまま、目から光を失わせた、学生さんの顔。

 叫び声。叫び声。叫び声。


「あ……ぁ……あぁ――」


 一気に、恐怖が支配する。


 ここは、異世界。

 私達の命が、命そのものが軽く見られる世界なんだって。

 一番恐れていたことが、おきた。

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