005.かっこよく出発したい

「ほれ、これだ! これを見てみろ!」


 意外と出てこなくて焦らしテクニック? なんて思って待ってたら、やっと出てきたそれ。


 なんだっけ。ボケたジンちゃんやらが自慢げに従者みたいな仲間に出させたのは、毛皮だった。


「……それ?」


 とにかく死闘の繰り広げられたと分かる毛皮。

 ざっくざくに切り裂かれてはぼろぼろになっているから死闘を繰り広げて、正しく搾取せずに無理やり切り取ったと思われる毛皮。


 毛皮……? 毛皮、だよね??? と思わずはてなマークを出しちゃうほどにはぼろぼろ。


「すげぇだろ!」


 その毛皮は、汚い。

 自慢げに出されたにしては酷く杜撰な管理がされていたのか、それとも、見せびらかしては汚れていったのか、はたまた、元からそうだったのか。

 ……全部当てはまってそう。


「なんだなんだぁ? へへっ、そうかっ! こいつを見たことなくて、驚いてるんだろう!」


 違う違う。

 多分みんなが言葉になってないのは別の要因よ。

 見て、毛皮だってすぐにわからないんだってば。出されたものがてっきりあんたの汚物のついた下着かと思うくらいよ。ゴブリンだって真っ青よ。


「言葉にならないくらいみたいですぜ、ジンジャーさん。やっぱりジンジャーさんはC級に収まる器じゃないんでヤンスっ」

「はっはっはっ! そうだろうそうだろう!」


 その自慢げにだされた毛皮は。

 ――ウルフの、毛皮。


「おー、エルダーウルフかぁ」

「お、知ってるやつがいたなっ! どうだろう! 凄いだろう!」

「この辺りでエルダーウルフを倒せる人なんて、ジンジャーさん以外いないですヤンスっ! ほらほら、おこぼれに預かるでヤンス!」


 どんどんと盛り上がるボケルなジンジャさん達。


「それって――」


 エルダーウルフと言えば、【封樹の森】の表層、中層によく出る森の代表的な狼型の魔物。森のおおかみさん。

 時々、表層から【領都ヴィラン】範囲圏外の届かない場所からこっそり溢れ出ちゃっては領都ヴィランと王都の間に広がる草原や森の中に群れを作っちゃう魔物だ。


 つまり。


「――肉は草原や森を駆け回っているからか引き締まって、煮ては焼いては美味しいし。皮は人々の衣服、防寒具等にも使われるし、牙や爪は武器や装飾品にもなる。おまけに二回言うけど煮ては焼いては美味しいし。あの肉の柔らかさは燻製にしても美味しい、ステーキに変わる予定のあの狼さんかな?」

「「そうそう、ステー――……え?」」


 私の言ったことを、理解できなかったのか、先ほどまで笑っていたボケジンさんたちは固まった。

 変なこと言ってないんだけどなぁ。


「う~ん。これ何度斬りつけたの?」

「え」

「だって、ぼろぼろじゃない。これだとこの毛皮、売り物にならないぞー?」

「う、売り物!? なにいってんだ! 売るわけないだろこんな高価なもの!」


 私がじろじろと顔を近づけてみてみると、二人は私から毛皮を遠ざけた。

 まるで見せたくないみたいな感じで遠ざけられても……うん。まあ、臭かったから私から離れなくてよかったと思おう。


 周りの冒険者達も、ボケジさんの「高価なもの」発言に「あぁ」とほんの少しだけ気の毒そうな顔を向けた。


「分かった! お前、この毛皮の価値がわかってないからそういってんだろ!」

「それエルダーウルフなんでしょ? だったら価値もなにも――」


 私はその辺りにいる冒険者の一人を指差して見るように伝える。でも、すぐに二人は気づいてくれないわけよ。


 わかんないのかな? その子はまだ入りたての冒険者。そう、このボケジンさん達よりも一個ランク下の、D級の冒険者のグループなの。

 そのうちのリーダーみたいな男の子を適当に指差したわけだけども。

 その男の子、周りに魔法使いみたいなおっきな可愛い帽子を被った女の子と格闘家みたいに両手に篭手とナックルが合わさった防具をつけた女の子と、司祭みたいにおっきな宝石のついた杖を持った女の子をはべら――なにこの子。まさか典型的なハーレム勇者なのかな。ざまぁされちゃうぞ。


 こほんっ。

 そんなイケメンで女性の庇護欲をそそられる可愛い男の子が胸につけてる胸当てを指差したわけだけど、それを見てもな~んもぴんとこないこの二人。


「あの子の着てる革鎧に使われているの、エルダーウルフだよ」

「「……はぁ!?」」


 なんだか驚いてくれるのが面白くなってきちゃった私。

 二人の驚きがこれからどうなっていくのか楽しみになった私は、もう一度メリィちゃんのいるカウンターへと歩いていく。


「あ、そうだそうだ。メリィちゃん」

「……この流れとその笑顔では受け付けたくありません」

「私、仮面つけてるんだけどっ!?」


 なにこの子、透視能力でも持ってるの!?

 思わず仮面をつけてるか手で感触確かめたりしながら、私は手を水平に持ち上げた。


「【ボックス】」


 私が一言告げると、そこに六芒星を丸で囲んだ魔法陣が浮かびあがった。

 その魔法陣をみて、メリィちゃんが「はぁ……ご愁傷様、私」と諦めの言葉を告げた。失敬な。


 格納したボックスの中から今吐き出したいアイテムを選ぶと、魔法陣からどさどさと音を立てて、おっきな塊達――私のためにステーキとなってくれると了承してくれた狼さん達が出てきた。


「こんな感じで、毛皮とか、肉とかお金になるんだから、さくっと一撃で倒さないと、売り物にならないわよー?」


 自分で言うのもなんだけど。

 私がカウンターにどっさり出した狼さん達は、一撃のもとに倒しているから、そりゃもう使いどころが満載。傷口を見せなかったらまだ生きてるかってくらい新鮮なんだから、この領都でも人気の品だったりする。

 いくつかは肉と皮と骨と血液に分けちゃってるけど。中にはまだ新鮮な死体そのままのものもあったりする。……新鮮な死体ってなによ。


 ありがとう、あなた達の犠牲は無駄にしないからね。

 一頭だけでも結構なお金になるのよね、じゅるり。それこそ、ボケッターさん達が自慢しちゃうほどなんだから。


「さて、私のお腹を静めるステーキになりて」

「今から緊急オーダーしてくれるんですよね?」

「そうでしたっ!」 


 危ない危ない。

 ステーキの誘惑に負けるとこだったわ。


 メリィちゃんに狼ちゃんの精算は帰ったあとでいいと伝えたあとは、くるりと振り返って改めてスイングドアへと向かっていく。


「さぁて、これでわかったかな?」

「……な、なんだよお前……」

「ジンジャーさんが一頭相手にするだけでも大変だったのに、それを何頭も……っ」


 井の中の蛙ってことを、気づいてくれればいいんだけれども。


「あ、あんたなにもんだ……?」

「んー。なにものっていうか、この領都にいる大体の冒険者達はこれとよく会ってるから、さほど特別ではないわよ?」

「……なっ」


 私の暴露に、ジンジャさんと仲間は周りの冒険者たちをみた。

 これでこのレベルの人達が恐れる森がどういったものかも分かってくれるはずと、私は今日もいいことしたとドアを来たときと同じように――


「「――旦那様、おかえりなさいませ」」

「だんなしゃまだんなしゃま、おかえりなしゃいませー」


 私を呼ぶ、よく聞いたことのある声。

 妙にきりっとした二つのよく似た声と、間延びするようなほんわか感のある一つの声。


 私は、なんかこう、かっこよく、出発できないのかな……?

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