003.緊急オーダー
ばしんっと、冒険者ギルド内に大きな音が響いた。
いつもはそんなことないのに今日に限っては注目を集めるためか、ギルド内の受付嬢がわざと大きな音をたててオーダーボードにオーダーを貼り付けたのだ。
「この依頼を受ける冒険者の方はいないですかーっ!」
そのオーダーボードに張り出された依頼は、【封樹の森に発生した光の柱の調査】だ。
「緊急オーダーですから、報酬もたんまりですよーっ!」
ボードに張り出すだけの冒険者ギルドの受付嬢も、少し切羽詰ったように声を張り上げて周りに声をかける。
なぜなら、これは、先に受付嬢自身が言っていたように、【緊急オーダー】だからである。
「【選帝侯】からの直接のオーダーですよーっ!」
【選帝侯】。
この町でその名を示すのはただ一人。この冒険者ギルドだけでなく【領都ヴィラン】を治める公爵のこと。
モロニック王国、東を統べる、ドーター・ヴィラン公ただ一人である。
領都の領主からの直接のオーダーである。それを受ければ選帝侯からも覚えがよくなることを示しており、今回の緊急オーダーの規模からしても選帝侯に確実にお近づきになれるのは間違いない。一介の冒険者が選帝侯に近づけるというのは滅多なことでは起こり得ないのだから、本来であれば、誰もが飛びつく優良オーダーだ。
貴族からのオーダーも冒険者ギルドには多く入る。この領都ヴィランにも選帝侯をトップとして下位には貴族がいるのだからオーダーには事欠かない。貴族との関係性をもつ冒険者もいるにはいる。だがそれは一握りのエリートである。だがそのような貴族が召し抱える冒険者が、それらトップに会うことができるだろうか。
否。それは確実に起こり得ないのである。
ただの領主ではない。
この国の王を決める権限を持つ四公の一人なのだから、おいそれを会うことさえできないのだ。
だが、そのトップである選帝侯が、冒険者ギルドを通じて出したオーダーが、ここにある。
領主が出すということは、それこそ、領都の安寧を脅かす危険性の高いものだ。
そして、誰もがその依頼がこの国――いや、この世界の命運をかけるほどに重要だということはわかっている。それはどこの場所より近くでおきていてそれだけのことが起きたからこそ、冒険者だからその依頼を受けに行かなければならないのだ。
いつもなら。
緊急オーダーで報酬も高いのであれば食いつくはずの屈強な冒険者達は――
「ギルドからも、報酬を上乗せしますよーっ!」
――誰も、そのオーダーを受けようとしなかった。
「どなたかっ!――」
「ごめんな、メリィちゃん。流石にそいつはうけられねぇわぁ……」
受付嬢――メリィにぺこりと頭を下げては気まずそうに違う方向を見て、緊急オーダーそのものを拒む冒険者達の中の一人が声をあげた。
「で、でも――」
「メリィちゃんもさ、分かってんだろ?」
「……」
いつもは愛嬌のあるそのそばかす顔の少女は、冒険者のその言葉に声をあげることをやめ、俯くことしかできなかった。
なぜなら、その依頼は。
「誰だってさ、お金は欲しいんだけどなぁ……死にたくは、ないんだよ」
「そ、そうですけど……」
他の緊急のオーダーより、なによりも。
【死】を、伴うから。
この冒険者ギルドにいる誰もが、あの光の柱を見て、すぐに駆けつけた猛者達だ。
そうじゃなくても、常時何かあったときのために、何人かはこのギルドホール内に待機して不足の事態に備えている。
言葉を間違えるとおかしなことになるのであえて言うなら、ギルドに入り浸る彼等は、暇なわけではない。酒場も兼任しているから情報を仕入れるためにもここは使われているのであって、仕入れた情報を元に依頼を請けることもある。悪い言い方をすれば、ただ仕事を選り好みしているだけである。
封樹の森からいつ魔物が溢れるか分からないため、領都の兵士と共に、常に冒険者ギルドは協力して体制を構築しているからだ。
そんな彼等でさえ、封樹の森の表層だけを探索するに留まっているのである。
表層、中層、深層、深奥。そう区分けのされる森は。やっと中層の手前まで上位の冒険者が進入することは出来ているが、その先は、まだまだ誰も進めていない。
何十年もかけて少しずつ、終わりの見えない森の領域を、削いで人類の住む領域としてきているのだ。
中層の手前でさえ、数えるほどしか到達できていない、魔の領域。
ここに来た彼の森を知る凄腕の冒険者達は、今回の緊急オーダーの原因であるあの光は、彼等が知らない未知の領域――恐らくは中層で光っていると見立てている。
そうなると、現最高峰の数人に当たる冒険者であればまだしも、表層で戦う集まった冒険者達には荷が重い。
これからも冒険を続けるのであれば、おいそれと飛びつくことができないのだ。
それは受付嬢のメリィも分かっていた。
だが、何が起きたのかを誰かが調べなければ、この先に起きる不慮の事態に対応できない。だから、ギルド員として、精一杯の声かけをしたのだが。
誰もが、死が怖い。
そう言われてしまえば、安全な場所で依頼をするだけの自分がこれ以上オーダーを薦めることは、できなかった。
それに、もしあの光が災厄の前触れで。
森から未知の化け物や厄災の魔物が溢れ出してきたら。
真っ先にこの領都が餌食となる。
町に住む民を護るためにも人は必要で、籠城戦にも備える必要があった。
それには数が必要だ。
勿論領都の騎士達もいる。だが、どれだけの人員が必要になるのか分からないこの状況で、誰が我先にと進むことができて、行きたくもない彼らに薦めることができるのだろうか。
一瞬にして静まり返るギルドホール。
一階にいた受付で他のオーダーを受けようとしていた冒険者達も口を塞ぎ、二階の酒場で騒いでいた誰もが静かに席に座り直して言葉を失う。
そんな中。
キィ、キィ――と。
木製の両開きスイングドア――ギルドの入り口の扉が開く音に、誰もが声を消して注目した。
こんな忙しいときに誰が入ってきたのか、いや、こんな時だからこそ仕事にありつけると思ってやってきた冒険者なのか。
あんな超常現象だ。
見たことのないあの現象に関わろうとするのは、馬鹿か勇者か愚か者のどれかだ。
「な~んか、いつもの騒がしいのがないことが気になるけどー?」
そんな声と共に、扉の向こう側の光を浴びて内部にいる特定の相手ではない、全体に対して聞こえるように声をかけたのは――
「あの光の調査のオーダーって、もうあるのかな?」
――狐の仮面をつけた、白衣と緋色の袴を着た女性だった。
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