第14話 黄金の風

「あっ…ごめんなさい! 私、竜一くんの気持ち―――」


 珠央は、言ってはいけないことを言ったかのように、申し訳なさそうに謝っている。


「ちょっ…竜一!」


 美菜子も言葉に詰まりながらも、俺がしゃべるのを止めようとする。


 直は、ぼーっと俺らを見ている。


 違う。

 親父は……。


「今の親父は、珠央だから大事なんだよ」


 ソファから降り、膝を床につけて、珠央に目線を合わせて、言った。


 珠央は、びっくりした様子で、言葉もなく俺の目を見つめている。


「そりゃ、きっかけは珠央って呼んでだったり、明里って呼んだだったり、したのかもしれないけど。それだけじゃない」


 思い出す。


 あの日、激昂されるかもしれないのに、真摯に正直に、小泉孝二郎さんに自分の気持ちを伝えた親父。


 結果、マブダチになった2人。


 それを後押ししたのはたぶん、母だ。


 俺はあの黄金の風を、まだ鮮明に覚えてる。


 母の記憶が一切ない俺の、唯一の、大事な母の思い出なんだ。


「珠央だから、親父は大事なんだよ」


 わかってほしい。

 親父と、母の想いを。


 珠央の目から、大粒の涙が堰を切ったかのように溢れ出す。


「ありがとう……ありがとう、竜一くん」


 止まらない涙、嗚咽ながら、言葉を絞り出してくれる。


 珠央……


 笈さん、明里さんを思い出せてるかなあって、言ってた。


 親父が自分といる理由は、母を思い出せるからだと思い込んでたんだな……。


 親父のために、母の影武者に自らなってた。


 でも珠央だって本当は、母の身代わりなんて辛かったはずだ。


 珠央の思い込みだけど。


 それでも、親父を思い続けてくれた。


 親父と結婚したいと望んでくれた。


 きっと、そんな気持ちが、親父を変えたんだ。


「こちらこそ、ありがとう、珠央」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る