第9話 直のお仕事
今日は、土曜日だ。天気もいい。
そんな休日に女子2人に囲まれて、お買い物だ。
1人は背が高めのモデル系。
大きめのニットにスキニーデニムで、脚の細さが際立っている。
もう1人は、小柄な体にくすんだ水色のワンピース、白い薄手のダッフルコートの短いやつ、みたいなのを羽織っている。
小さい珠央と大きい美菜子は、意外と気が合うようで、今日は2人で俺ん家で晩ごはんを作るそうだ。
……なんで俺ん家なんだよ。
2人とも料理もあまりしたこともなければ、食材の買い物なんて、したことがない。
2人ともって言うか、俺もない。
珠央と美菜子がレシピ検索をめっちゃして、ハンバーグとコーンスープを作るらしい。
直もバイト後、うちに来る予定だ。
「あ、直のコンビニ。ハンバーグでいいか、直に聞いとこっか?」
と美菜子が問いかける。
珠央は首を傾げて、
「直のコンビニ?」
とオウム返ししている。
「直がバイトしてるコンビニだよ、正しくは」
と訂正を入れた。
「ああ! 直くんのバイト先ってここだったんだ。何回も通ってるのに気付かなかったよー」
「まあ、そりゃー…そうだろうな」
と俺がため息をつくと、美菜子も
「そりゃそうね」
とヤレヤレ、のポーズでコンビニに入った。
♪♪ ポンポロピンポロピン ♪♪
のメロディーが、繰り返される。
「いらっしゃいませー!」
威勢のいい声がする。
オーナー田中の名札を付けた、おばあさんだ。
次いで、
「らっせー」
と、小さなふざけた声が聞こえる。
直だ。
レジの前で笑顔で立っている田中オーナー。
その横で、椅子に座ってスマホをポチポチしてる直。
私語だけするのも気まずいので、それぞれペットボトルの飲み物をレジに差し出す。
田中オーナーが、
「お会計は別々ですか?」
「150円になりまーす」
「ありがとうございまーす」
と、接客してくれる。
「いや、お前がレジ打てよバイト!!」
ずーっとスマホポチポチな直にさすがに言わずにはいられなかった。
「なにオーナーにレジ打ちさせて、バイトが座ってんだよ!」
「え、いや、だって」
と、オーナーを指差す。
「いいのよ」
菩薩のような悟りきった笑顔で、田中オーナーが言った。
「直くんが出勤してくれるだけでいいの。明日も直くんに来てもらうために、今日の時給分を払うのよ」
「ちーす」
オーナーは、幸せそうな笑顔を満面に浮かべている。
……オーナーがいいんなら、いいんだろうけど……
「直くんは、それでいいの?」
小首を傾げて、珠央が尋ねている。
「直くんは、働きたかったんじゃないの? お金さえもらえれば、それで良かったの?」
直は真顔で、珠央を見つめている。
視線を直から田中オーナーに移し、珠央はニッコリ微笑んで言った。
「オーナーさんだって、直くんが一生懸命接客する姿、もっともっと癒しになるんじゃないかなあ?」
みるみる、田中オーナーの顔が赤くなる。
「見たい! 接客してる直くんが、見たい!! ……そういや、一度もしてもらったことなかったわ」
菩薩から、オーナーの顔になったようだ。
直は?
直の方を見ると、真っ直ぐ前を向いて、勢いよく立ち上がった。
「そうだ……そうだよ……! 俺は……俺は、バイト王になる男だった!! ……甘やかしてくれるから、ついつい」
バイト王?
ウソツキでも探し出して仲間にするのか?
田中オーナーが直の方を向く。
「覚悟して、直くん! ビシバシいくわよ! いずれはこの店を継いでちょうだい!」
直も応じる。
「望むところですよ! ここいら一帯に5店舗を展開してやりますよ!」
なんと、直が自ら椅子を畳んで壁に立てかけた。
おおっ…!!
小さなどよめきが起きる。
ふと見ると、いつの間にかいたカゴにお弁当などを入れた老夫婦が無意識に拍手を送っている。
直が立った状態だな。
まあこれで、店の外からも直がいるのが見えるようになるだろう。
しかし、なんなんだ、この人は。
美菜子といい、直といい……人の新しいスイッチを押す押すの実の能力者なのか。
そういや、親父もだよ。
再婚なんて、さの字も感じたことなかったのに。
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