第6話 父の想い

 手前に、大の字になってグッタリと疲れきった様子の息子。


 リビング中央の辺りには、婚約者の両親と兄姉が崩れ落ちたように眠っている……。


 帰宅した父が見た光景は、ざっとそんなもんだ。


「うわっ、なんじゃこりゃ」


 と、パーフェクトフェイスとはギャップのある声を上げた。


「おせーから」


 ぶっきらぼうにひと言だけ言う息子の様子もあり、父はある程度状況を理解したようだ。


「ごめんな竜一。たまたまお父さんとお兄さんの時間が急に取れるって連絡来てさ。授業中だろうからと思って、ライン入れたんだけど」


 あ……そういや、スマホ全然見てないな。


 確認してみる。


 ライン来てるわ。


『16:15

 珠央ちゃんのご家族が今晩来るって』


 16時15分。


「授業終わってるよ! 下校途中の、なんならベストな時間だよ!!」


 くっそー。

 この連絡が電話だったら、きっと気付いたのに!!


「あれ、高校ってそんな終わるの早かったっけ?」


「うちは終わってんの! 学校の近くでバイトしてるやつとか、4時からシフト入れてるから!」


「そっか、ごめんごめん! 授業の邪魔しちゃ悪いと思ってさ」


「うちの高校も終わってるよー。笈さんの高校は何時まで授業あったの?」


「たしか4時半くらいまでやってた気がするんだよね」


「えー!何時間目なの、それ!」


「毎日じゃないんだけど、7時間目まであったよ」


「なるほどねー。うち、6時間目が最後だもん」


「うちもだよ。7時間目までなんてある方が珍しいんじゃないの?」


 なんて、普通に会話していたら、小泉父が目覚めた。


「あ…店長さん……」


「あ!おはようございます!」


「あ!お父さん、おはよー」


 小泉父は、周りで他の家族がまだ眠っているのを確認すると、


「珠央、お母さんたちに……布団でも、貸してもらえないかな?」


「へ?」


 キョトンとする娘じゃダメだと思ったのか、俺に


「えと……竜一くん、なんか掛けるものあるかな? 珠央に渡してやってくれないかな?」


 と言ってきた。


 親父に何か話があるのかな?


「わかりました。えーと……こっち来てもらっていいっすか?」


 小泉珠央さんをなんて呼べばいいのかわからないまま、誘導して俺の布団を渡し、小泉珠央さんが掛けに行ってる間に父の部屋から布団を持ってきた。


 父の布団を手にリビングに戻ると、お姉さんがぼんやり目覚めかけていて、小泉珠央さんは声を掛けていた。


 小泉珠央さんに布団を渡し、案の定2人で話し込んでいる父と小泉父の方に、そーっと近付いてみる。


 高校生の娘が40代の子持ちと結婚しようとしている。


 親父、何言われてるんだろう……。


 小泉父は、父と隣り合いながら真正面を見つめていた。


「店長のおかげでバイトが楽しいって、本当に明るくなったし、君の人柄は分かっているつもりだ」


 ありがとうございます、って感じで、父は笑顔で軽く頭を下げる。


「だからこそ、まだ若い珠央が長い生涯、店長さんの気持ちに応えられるのかどうか……。上の子たちと比べても、年齢より幼い気がしてた珠央が、今結婚するって頑なに言うのが、なんなのか……。」


 小泉父は、末娘が結婚を望むこと自体に疑問があるのかな?


 相手が40代なら、若い娘の暴走を止めてよ、ってニュアンスも感じた。


 ……その通りだよな。


 父は、少し物悲しくも見えるけど、笑顔で小泉父の顔を見ていた。


「ご心配をお掛けして、申し訳ありません。珠央さんは……高校を卒業する、3月の結婚を譲る気はないようです」


 ふうー……と、小泉父が小さなため息をもらした。


「結婚を決めたからには、正直にお話します」


 と父が言うと、小泉父が険しい顔で父を見た。


 親父、何を言う気なんだ?!


 一瞬、父が人道に反したことを言う可能性を感じてしまい、小泉珠央さんの方を確認した。


 すっかり目覚めた様子のお姉さんと、まだ目覚める気配のないお兄さんの鼻をつまんで笑っている。


 父は、小泉珠央さんの方は見ていない。

 小泉父は、また真正面を見ている。


「僕は、今も竜一の母親を愛しています。珠央さんにも、それは伝えています。……聞かれたから。もう愛してないなんて、言えませんでした」


 小泉父は真正面を見ていたのが、床を見つめてしまった。


 まだ高校生の娘が自分とそこまで変わらない歳の男と結婚するんだ。


 前妻よりも全然愛している! とでも言われなければ、そりゃ納得できないだろう。


「でも、それでも珠央さんは僕との結婚を望んでくれました。自分の歳は、そりゃ分かっています。珠央さんと竜一が同級生ですし……」


 床を見つめ続ける小泉父を、真っ直ぐに見ながら父は続けた。


「僕は今、珠央さんの幸せを一番に望みます。珠央さんの幸せに関われることが、僕の幸せだと思っています」


 小泉父が、ゆっくりと父の方に顔を向けた。


「珠央さんは、頑なに竜一と会う前に結婚を決めることを望んでいました」


 急に自分の名前が出てきて、びっくりした。


「竜一はあの通り、目を奪われる子です。それも伝えてたから、竜一と会う前に、僕への気持ちだけで結婚したいんだって想いを伝えてくれてるのかなって」


 たぶん、父と小泉父の目は完全に合っている。


「本当に嬉しかった。珠央さんを幸せにしたいと、心の底から思いました」


 その瞬間、父と小泉父の間に、風が流れた。


 黄金の風が……。


 風に色なんて、あるはずないのに。


 小泉父が、目を見開いて言葉を失っている。


 俺と同じ風を、見たんだろうか……?

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