第5話 小泉家、来襲

 朝からひと騒ぎあったせいか、単純に寝不足のせいか、学校でもなんだかぼーっとしてた気がする。


 早く帰ろう。


 でも昨日、小泉珠央さんも下校後うちに来るって言ってたんだよなあ……。


 親父、家の鍵渡してたけど、親父と一緒に来てくれないかなあ。


 今日は親父、普通に仕事だよ。

 むしろ昨日休みだったから、遅い可能性まであるよ。


 なるべく早く帰るよ、とは言ってたけど。


 今日は美菜子にも会わず、徒歩20分くらいの距離の通学路を20分くらいでNOVAに着いた。


 鍵を取り出そうとポッケに手を入れたところで、ふと、その手でドアノブを回してみる。


 開いてる。


 いるなあ〜やっぱり……


 いや、そりゃいるんだろうけど。


 自分家なのに、

「た…ただいまー……」

 と、声を掛けてから家に入ろうとした。


 パタパタパタパターと、奥から足音がする。


「おかえりなさい! 竜一くん!」

 小泉珠央さんが、笑顔で出迎えてくれる。


 今日は私服だ。


 薄い紫のパーカーに、ネイビーのレースのロングスカート。


 うん、私服の方が小学生に見える。


 着てるアイテムは普通に大人っぽいのに、不思議だ。


 俺の顔を見て話しても平気だから、てのも、あるのかもしれない。


 より小さな子供ほど、大丈夫な率は高い。俺調べ。


 洗面所で手洗いうがいを済ませると、廊下で小泉珠央さんが待っていた。


「えーっとその、急なんだけど!」


 小泉珠央さんが、やけにテンションを上げようとしている気がする。


 急? なんだ?


 廊下をリビングに向かって歩く。


 リビングに入ると……


「私の父と母と兄と姉でーす!」


 急――――――!!


 マジか。マジだ。いるよ。


 初めましてな人が4人、リビングの真ん中辺りに固まって立っている。


 来たばかりのタイミングだったのか、とりあえずリビングの真ん中から部屋を見回していた感じだ。


 160cmくらいの少し小太りなジャケットを羽織った父らしき男性。


 小泉珠央さんより少し背が高いかな?くらいの黒地のワンピースを着た小柄な母らしき女性。


 この家族の中、突然変異かくらい背の高い、20代であろう兄らしき男性。


 顔も背格好も小泉珠央さんによく似てる気もするけど、バッチリメイクで大人っぽい雰囲気の姉らしき女性。


 どーすんの?!

 平日だし!

 まだ5時前だし!

 親父帰って来るまで3時間はあるし!


 俺がおもてなしすんの?!


 小泉家5人を?!


 無理!!


「ほんとに…光ってる……」


 姉らしき女性が、うわ言のように呟いている。


 小泉家の皆さんが俺を見てボーゼンとする中、いち早く我に返ったのはお父さんらしき男性だった。


「初めまして、珠央の父です」


 と、右手を差しだした時。


 お父さんの隣に立っていたお母さんが、フーっと、崩れるように倒れ込んだ。


 それを皮切りに、兄、姉も次々倒れだした。


「お母さん?! お兄ちゃん! お姉ちゃん!」


 慌てる小泉珠央さん。


 俺は、とりあえず差し出された手と握手をするべく、


「初めまして、藤井寺 竜一です」


 とお父さんの顔を見ながら、自分の手を差し出した。


 のだが。


 握手が成立する前に、もう限界、とばかりにお父さんも崩れ落ちてしまった……。


 小泉珠央さんもボーゼンである。


 これは……


 小泉家の皆さんには悪いけど、親父が帰って来るまで、なんとかもたせられるかもしれない。


「ん……」


 お母さんらしき人が目覚めそうだ。


 そばへ行き、スタンバイ。


 目を開けたらすかさず、顔を覗き込んで目を見つめ、笑顔で


「おはようございます」


 と、精一杯さわやか好青年になりきって言ってみた。


「キャ―――」


 と一声、また眠りの世界へ……。


 よし、いける!


「へぇーすごい! 催眠術みたい!」


 小泉珠央さんにも楽しんでいただいてるようだ。


 俺に怒ったり家族を起こしたりしないんだ、と少しびっくりしてもいる。


「んが……」


 お、今度はお父さんだ。


 お父さんにも効くんだろうか……。


「あ……ここは……」


 キョロキョロしようとしだしたところで、さっきよりも気合いを入れて、全オーラを集中するつもりで……!渾身の……!


「おはようございます」


 ガッツリ目を見て、これでもかって笑顔攻撃!


 釣られて笑顔になりながら、お父さんも再び夢の世界へ……。


 よし!いけた!


「きゃー竜一くん、カワイイ〜!」


 小泉珠央さんにもお喜びいただけたようだ。


 その後、お兄さん、お姉さんにも笑顔攻撃をくらわし、しばらくするとまた目覚めようとするので、再戦に応じる。


 表情筋が筋肉痛になるんじゃないか、ってくらい、笑顔を向け続けた。


 外では笑顔は禁物な人生だった。

 こんなに思いっきり笑い続けるなんて、初めてのことかもしれない。


 合間合間に水分を取り、小泉珠央さんが表情筋をリフレッシュする動画を探してくれたので参考にしながらマッサージを施す。


 てか、ほんと止めないな、小泉珠央さん。

 完全におもしろがっている。


 ガチャ。


 玄関ドアが開く音がした。


 帰って来た!

 ついに、俺はミッションをコンプリートした!


 いつの間にこんなミッションを課されていたんだ。


 小泉珠央さんが玄関に走る。


「おかえりなさーい!おいさん!」


「ただいま!」


「今日、忙しかったの?」


「平日にしては忙しかったなあ。遅くなって悪かったね」


「しょうがないよ、やたら混む平日あるもんね」


 玄関から洗面所へ、父の後を小泉珠央さんはついて回ってるようで、声が聞こえる。


 おー新婚さんだ。


「つっかれた―――」


 俺はもう、グッタリだ。


 父たちがリビングに入ってくる。


「お父さんたちは?」

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