第18話 昔日との邂逅④

「お兄ちゃん...お兄ちゃん....!」


 セリは怯えきった体でその言葉を繰り返す。


 俺は全身が震えていた。今にも飛び出して、セリのところへ駆け付けたかった!強く抱きしめてやりたかった!もう大丈夫だよって、お兄ちゃんが護るって、そう言いたかった。でも俺の体はゲチス兵によって取り押さえられており、どんなに力を入れようともピクリともしなかった。


 そんな無力な俺は唇を噛み締めてただ見ているだけしか出来なかった。


 そんな場所にゆったりとして更には不気味な笑みを浮かべながらも黄金色の鎧を着た男は現れ、セリに近づいてゆく。

 そうして自己紹介を始める。


「私の名前はハーレクイン。ゲチス様の名の下に【洗脳神】を戴いております。どうぞお見知り置きを。」


 自己紹介中も余裕の笑みを絶やさず、セリに向かって尋ねる。


「さて、こんな幼い子に洗脳を施すのはとても気が引けますが....」


 ハーレクインは態とらしく俺を見ながら言葉を切る。

 心にも思っていない言葉を俺を挑発する為だけに発していたのだ。俺は内心で渦巻く怒りの炎がより大きくなっていくのを感じていた。


「では尋ねさせて頂きますが、セリちゃんと言いましたね。貴方は貴方のせいで、お兄さんを殺されるか、それとも貴方は私と共に来ることによって、お兄さんの命を救うか。どちらにしますか?」


「私...私のせいでお兄ちゃんは殺されちゃうの?」


「やめろ!セリィィィ!!!そんな奴の言葉は聞いちゃガハッ!!???」


 俺はハーレクインのあんまりな言葉に叫んでいたが、兵士に殴られ言葉に詰まる。


「そうです。貴方が私達と共に来ると約束してくださるのであれば、お兄さんには何もしません。でも貴方が断るのであれば貴方のお兄さんの命はありません。」


 6歳の少女が判断出来るような内容では無かったが、お兄ちゃんに向けられている刃物や、今までの人達の光景も見ていたセリは、怖くて怖くて、震える体と、零れ落ちる涙を堪えようとしながらも答える。


「ハイ....ぐすっ。私は....ハーレクイン様と、共に行くことを約束します....。」


 セリはそう泣きながら答えた。

 そしてセリは涙と泥と唇を噛み締めて血で汚れた俺にいう。


「お兄ちゃん...!今日までありがとう。そんな怖い顔してないで、笑ってなきゃ駄目だよ。そんな怖い顔したお兄ちゃん見たくないもん...。」


 セリは俺に向かって無理をしながらも笑顔を作った。

 俺もその笑顔に対して精一杯笑顔を作った...でも、その笑顔はすぐに涙で押し固められて、セリに笑顔を見せられたのかどうか俺には分からなかった。

 この時ほど俺は自分の無力を呪った日はなかった。

 俺に力があればセリにあんな苦しい思いをさせずに済んだのに。俺にもっと力があれば、こんな奴ら蹴散らして、セリを救えたのに。俺にもっと力があれば、こんな奴らに捕まることだって無かったのに!!!


 しかし、現実は非情だった。セリはあっさりと洗脳され、誰からも教えられなかったであろうゲチスの誓いの言葉を発する。そうして俺に見向きもせずに去った時、俺の中で何かが壊れた音がした。

 しかし俺にはそれが何かは分からなかった。


 そうして俺は広場に戻される。その時の俺は全てを失った抜け殻のようで、そのまま丸2日ほど。それこそゲチス軍が去ったあと、俺を両親が見つけ出すまで、ずっと動けずに居たのだった。


 そうして気付けば、俺は1人になっていた。どうやらまた時が流れたようだ。俺は色々思い出してくる。この街のいや、この世界のゲチス民以外の唯一の生き残りで、俺はこれから食料を求め、隣町へ向かうんだったな。それから隣町へいき、ゲチス軍に驚いて逃げ、追われながらもなんとか山を踏破するも、そこには大佐が居て、敗北した俺はゲチスの支配が及ばぬところを目指して逃げ始めるも、逆に罠にかかりフウゲツにボロ負けで。起死回生を信じた一手は実は毒だった。


 そうして俺はずっと心の奥底に、思い出しそうになれば敢えて明るく振る舞って、そうしてずっとずっと秘め続けていた過去を追体験させられたのだ。

 そうして俺の心は怒りと、恨みと、訳もわからぬ激情と、発狂しそうな程の狂乱で慟哭した。

 今までずっと1人で耐えてきたものの封が解かれて爆発したのだ。


「うわああああああああああああああ。」


「称号 【激動なる過去に打ち克ちし者】を入手しました。精神力が+100されます。」


「称号 【理不尽に立ち向かう力】を入手しました。格上との戦いでのステータスが1.2倍になります。」


「称号 【スピリットキング】を入手しました。精神力が+100されます。」


 俺の頭の中にシステムの声が響くがそれどころでは無い。今の俺にそれを確認するような余裕は無かった。

 だが、俺は今崩壊してしまった何かが、完全に壊れる前に心の、いやそれよりももっと奥深い部分で生きているのを感じた。

 すると、先ほどまで精神が崩壊しかけていた俺の心に怒りと恨みと悲しみと。それがごちゃ混ぜに掻き乱され、常人なら、いや。精神力お化けの俺であっても耐えられないような、身をごっそりと抉り取るようなそんな感情が収まっているのを感じた。


 そうして何とか平静を取り戻した俺は現実に戻る方法を考える。恐らく方法はあるはずだ!

 現実に戻って、とにかく逃げなければいけないんだ!今の俺にはまだ足りない...!

 このゲチスから、この世界を!洗脳された人たちを、むざむざと死んでいった人の無念を!そしてセリを救い出すためにも俺は逃げて強く....強くならなければいけないんだ!


 そんな俺に誰もいない空間から声がかかる。


「少年よ。我はこの世界を創造せし神なり。少年には聞いて貰わねばならぬ話があるのだ。」

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