第11話 海の街へと

あれから数時間が経った。

 今は夜なのだが、街道にはチラホラ奴らとゲチス軍の姿が見え始める。


 俺は焦る気持ちを抑えつつその場を離れることにする。また街道に沿って走る。俺は襲ってくる眠気を自身の体を傷つけながらも耐え続けた。

 常人であれば長期に渡り寝なければ発狂し、正常な判断が出来なくなり最終的には死に至るという。


 しかし、不死身の技能を得たジンは違った。本来人間に備わっている機能の中でそれが現れれば死に至るような症状の場合、その全てが抑制されるのだ。つまり眠気が襲ってくるという段階でジンの場合はストップがかかるのだ。つまり、体に痛みなどの何らかの刺激を与え続ければ、永遠に起き続けるということも可能なのである。事実ジンはサルマイアの街を出てから約3週間程寝ていないわけなのだから。

 無論何の代償も無いわけではなく、ジンの身体が縮むといった影響にも少なからず関わってはいた。


 そして俺は街道を少し逸れた場所を駆けて行く。

 途中で態と転んだり、眠くなれば、道中にある崖にぶつかったり、渓谷を飛び降りたりもした。

 背が縮むかもしれない恐怖も、寝てしまえば居場所がバレて詰んでしまうよりはマシだった。


 そうして夜が明けるころ、街が見えた。俺は気配遮断を強化する。自分の周辺に発生する僅かな空気の流れさえも消す。ただ、これをやると大きく魔力を吸われる。とはいえど、30分で1程度なので、街を抜ける短時間であれば全く問題は無い。


 そうして街へと侵入し、一気に突き進む。

 一応街なので、周囲を囲う堀や壁の類はあり、先に占領したゲチス軍によって、門は閉ざされているのだが、先の戦争によって修復が追いついていない壁もあるわけで、侵入は簡単だったね。勿論そこに兵士はいたけど、気配遮断を強化した俺に気づくはずもなく。

 そうして、俺は街の中で夜が明けるのを待ち、哨戒の兵士の隊列に混じって無事にこの街を通り抜けることに成功したのである。


 そこから俺は一週間程かけて、否、駆けて3つほどの街を踏破した。しかしながら、やはり何処の街も既にゲチス軍に占領されていた。

 俺が雪山で震えている間にサルマイア山脈を迂回し、無人の街や村々を瞬く間に占領してしまったのである。


 俺は内心焦り始めていた。既に残り魔力は20を切り、気配遮断を使える時間はあと3日足らずというところまで追い込まれていた。

 そんな俺に今までとは違う雄大な景色が広がる。


 俺は初めて見るその景色に息を呑んだ。


「…………凄い。」


 その景色が目の前を覆った時、言葉が出なかった。

 その色は天気は晴れであったが、色そのものはダークブルーとでもいうのだろうか。俺が昔読んだ本で紹介されていたコバルトブルーのような鮮やかな青ではなかったが為に、余計に深く目に、いや、脳裏に焼き付いていったのだった。


 実は海の色は海上の風の強さによって波が高くなれば、海面に影ができ、今ジンが見ているように黒く見えることもあれば、凪の時その影がなくなり、鮮やかな青それこそ場所によってはコバルトブルーのような。にもなったりするのだが、今初めて海を見たジンがこれを知るところでは無い。


 そうして俺は人生で初めて見る海というものを見て足が止まっていたことに気付く。


「うおっ!なんだこの匂いは!!敵か?それとも俺を炙り出すための罠なのか?」


 気を取り直して街道に沿って走っていくと、今まで嗅いだことのない不思議な芳香がジンの鼻を突き刺す。

 ジンは驚き周囲を警戒するが、特に何も無い。


 それもそのはず。これは磯の香りであり、海に近づけば臭う香りなのだから。

 そんなことを知るよしも無いジンは、急いで、自身の周囲にも気配遮断を発動する。

 残り少ない魔力を消費するのは痛いけど、万が一ここで発動しないで敵に捕まるとかここまで来てそんな間抜けな展開は避けないとね。


 そんな風に考えつつ、ジンは初めて感じる磯の香りによって魔力を無駄にするのだった。


 そうして、過剰な魔力を消費し、周囲を警戒しながら街道沿いに進むこと2時間。海沿いにある発展していたであろう街が見えて来た。


「ここが街道の終着点か...。どうやらゲチス軍から逃げるには地平線の遥か先まで一面青のこの海とやらを越えないといけないらしいね...。」


 俺の絶望はより深まっていった。どうしてかって?

 そんなの決まってる。俺は泳ぐことができないからだ。生活圏にある川だって、深いところでやっと小さな俺の腰程度の深さなのだ。

 泳ぎを覚える必要性がなかったわけだね。


 しかしそんな絶望した俺の目に一縷の希望が映った。

 船だ。そう帆船だ。一隻の帆船が見えたのだ。

 あれを奪って脱出するしか道はない!

 どうして帆船を知っているかって?

 それは帆船の挿絵の入った、そう。海を知ったのと同じ本から得た知識だった。


 とにかく帆船を得るには街に入らなくちゃいけない。

 帆船を動かす自信は無いけど、アレを動かさなきゃ、俺に待つのはゲチスに捕まる未来のみ。

 何としてでも動かすという決意を胸に俺は気配遮断を強化したまま街へと潜入してゆくのだった。

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