第6話 サルマイア山脈を越えて

「さ...寒い....」


 俺は今猛吹雪の中に足を踏み入れていた。

 どうして俺はこんなところを歩いているんだ...

 考えれば考えるほどに寒さで思考が停止してゆく...

 しかし意識を失う寸前で技能 不死身、自動回復が発動し続け、瀕死状態のまま半裸で登山するという地獄を味わっていた....


「俺...早速死にたくなってきたよ。」


 いくら不死身の体を手に入れ、常人では想像できない精神力を持つジンであってもこの寒さは相当に彼を削っていた。

 ジンが気付いているかどうかは定かではないが、現在彼が居るのはサルマイア山標高4000m地点である。

 日本で言うところの富士山の山頂よりも高い場所であり、その寒さは想像を絶する。

 そんな場所に半裸で挑む彼の正気を疑うところではあるのだが、彼は生まれ育った環境から山の頂上に向かえば寒くなることを知らなかった。


「くそっ.....!こんな寒くなることをしていたら多少遠回りしてでもこんな山迂回してやったのに!」


 歯をガチガチ鳴らし、体は超高速で振動していた。

 普通ならば、エネルギーを失うと体の震えの類も止まり、生命活動を停止するのだが、彼の技能 不死身はそれを許さず、自動回復によって毎分回復する体力によって彼の身体は電動ノコギリ顔負けのスピードで、ここ3日ほど寝ることも食うこともせず振動を続けている。


「なんだこの地獄はよっ!死ぬよりも生きる方が苦しいじゃねぇか。」


 実は彼の知るところでは無いのだが、迂回路は

 アブカス大佐によって指揮されたゲチス軍が数万人体制で封鎖しており、結局この地獄の山越えを決行しなければならない定めだったことは秘密にしておく。


 そうして飲まず、食わず、寝ず。彼は二週間かけて、山越えを果たす。

 5000m級の山を半裸で山頂を越えて反対側へと向かう通常の者であれば即死である行為を見事に成し遂げてしまったのである。いくら不死身であると言えども倒れて仕舞えば、その場でなす術なく氷漬けとなってしまうことを考えればやはり不死身を得るに値する精神力を持っていたことになる。


 俺は嬉しかった。今まで憎くて、憎くて、全て刈り取り焼き尽くし、破壊し、この世から消し去りたいと思うこの一面もや世界の木々と地面。あの忌々しい吹雪で彩られた極寒の白よりも何倍も今は嬉しかったのだ。


「よっし!やっと俺はあの地獄から抜け出したんだ!何度死んだか分からないけどね。出来ればもう二度と山には登りたく無いね。」


 一通り飛んだり跳ねたり喜んだ後、

 俺はレベルの上がった気配遮断を発動する。

 おお、...おおお...おお?

 何が変わったのかやっぱり分からん。

 本当に気配が消えているのかどうなのか。

 俺から見れば体はそのままだし、決して体の色が薄くなるとかそんな現象が起こっているわけでも無いからね。


 そうして山を駆け下りてゆく。体が軽い。先ほどまで吹雪との格闘が嘘のような軽さだ。

 不死身だからこそ多少の無茶が効くというのもあって、ノンストップで渓谷を飛び越しきれず落下し致命傷を負い、自動回復で傷が治ってくると、今度は崖を駆け下りて頭から地面に落ちて致命傷。

 どうやら極寒の吹雪で何度も臨死体験をしたおかげかどうかは分からないけど、死に対する恐怖というやつも消えてしまったらしい。


 とはいえ無茶な山下りを決行したおかげで、結局下山には5日ほどかかってしまった。勿論ずっと気配遮断は発動してるよ?

 寝たら魔力は回復するんだけど、気配遮断は解除されてしまうからね。


 そうして遠目に街を見つける。ただ、そこにはかなりの人影があった。おまけにどう言う手段を使ったのか知らないがもやのかかった木々を切り倒し、街の周囲の見通しをよくしている。

 ちょっと卑怯じゃない?俺達がどうしようもなかったもやをそう簡単に倒されちゃ困るんだけど。これでゲチス軍と奴らの関わりはより決定的になったね。


 そして切り倒されていないもやのかかった木々の10mほどの位置まで近づいた。ここから街までは50mほどの位置だね。ここまで近づいても気づかれた気配がない辺り流石気配遮断って感じだね。問題はここからどうやってここをやり過ごすかだけど...


 パッと思いつく案としては二つ。


 1、正面突破

 2、街を迂回して逃走


 ただどっちも確実性に欠けるよね。

 正面突破だとトラップにかかる可能性があるし街を迂回するにしても、それはそれで多くの巡回兵を躱している間に囲まれちゃうかもしれない。そう考えるとここから迂闊には動けないね....


 ジンがサルベキア(ジンは街の名など知る由もない)を越える方法を考え悪戦苦闘する最中、

 ゲチス軍内では、アブカス大佐が苛立ちを募らせていた。


「ええい!奴はまだ出てこないのか!!」


 アブカスの怒声が響き渡る。


「落ち着いてください。大佐!奴が出てくれば奴の気配操作系技能にペイントしマーキングするトラップを山の周囲に張り巡らせております故。」


 アブカスの部下は落ち着いた表情でアブカスを宥める。


「そうは言ってもな。山の山頂付近に生命反応が出て消えてからもうそろそろ一週間だぞ?お前はそんな長続きする気配操作系技能を聞いたことがあるか?しかも南方軍を見て備えなく逃げ出した後のあの極寒の山越えだぞ。最早人かどうかでさえ怪しい。そんな奴を捕らえねばならんとは....。もしかするともう逃げているやも知れん。」


 アブカスは迷っていた。そしてそのどうしようもない迷いが苛立ちとしても現れていた。

 姿を見せぬターゲットにどう対応すべきなのか。そしてもし死んでいるのならば、その死体確保の操作のために登山の準備をせねばならない。

 既に(ジンを見落としていた)誤った報告をし次のミスが本当の命取りになるが故に彼は余計に動けずにいた。


「アブカス大佐!奴です!奴の反応がサルベキアの街のサルマイア山脈側の門の前に現れたようなのです!」


「なんだと!!??それは本当か!奴はトラップにかかったのか? 」


「いえ。それが急にブラックミスターズの面々が反応を見せたようですので。」


「よし。急ぎ部隊を整え、奴を捕らえる。あの山脈を本当に越えたのは驚きだが向こうから出てきたのであれば、この機会を失う訳にはいくまい。」


 アブカスはようやくこの数日の苛立ちから解放された喜びと同時に怒りが湧き出していた。

 よくも俺のキャリアに傷をつけやがって...俺直々に成敗してくれよう。


 完全な逆恨みではあったが、アブカスは怒りを抑えつつ駐留していたサルマイアから一路サルベキアへと向かう。山を登るのかって?違う。迂回するのでもない。技能 転移持ちの部下の手によって一瞬にしてサルベキアの街へとたどり着いたのだった。

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