第4話 新生都市ゲチスの真実

ジンは走った。走り続けた。


「何故だ!何故だ!何故だ!何故だーーーー!!」


 訳もわからず何故と叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。途中で喉が裂け口から血を吹き声が出なくなった。それでも足は止まらなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ、ゲフッ」


 地面に血が滴る。


「俺は...俺はまだ絶対に死ぬわけにはいかないんだ」


 それでも俺は走り続けた。

 頭の中を巡る奴らとゲチス...本来なら相容れぬはずのそれを俺は見てしまった。軍として成立するはずはないんじゃなかったのか?奴らは命に吸い寄せられるようにして動き無差別に命を喰らいそしてその体を模倣しどこかへ去っていくはずじゃないのか?


 頭の中に最悪の想像が浮かぶ。

 それでもそれを否定するため、軍から逃げるため、ジンは無我夢中で走り続けた。


 分かってはいる。でも理解ってはいない!

 解ってはいる。でも理解りたくはない!


「そうだとしたら、俺は...俺たちが、カイトが、両親が、役場のおじさんが、街のみんなが、死んでいった人はなんだったんだ!」


 俺は走りながらも内心に大きな怒りがこみ上げてきた。

 それと同時に最悪の事実が想像として組み上がってゆく。認めたくないのに、考えれば考えるほど不可解だった現実が夢だと思いたい現実がゲチスの名の下に繋がってゆく...


 ゲチスは、何らかの方法を用いて黒雲を呼び出し、当時の大陸都ガイセルを壊滅させたこと。


 その他の大陸全土の都市の上層部を妹にも使ったような洗脳術を使った人員を組み込み馬鹿な戦争を引き起こしたこと。


 そしてゲチスが勝つように奴らを仕込み戦争に勝ったこと。


 その後奴らの脅威を世界に示し、障壁の技能によって守ることができる人200万人を選別すると世界に告知した。


【人類の選別】を強行し有能な者達を囲い込み洗脳し、自分達の企みを隠し、例えバレたとしても将たる有能な人物がいない凡人に結託して反攻されないようにしたこと。


 そして残りの選別から漏れた者達を奴らによって殺戮しつくしたこと。


 こうして考えていくと辻褄が合う部分が出てくる。街道に奴らがいなかったこと、ここ一週間急に奴らが姿を現さなくなったことがだ。


 街道に奴らが現れなかったのは人がいないから。当初の俺の考えだと命に引き寄せられることだった。だが、それだと街道のほうが草木が多く生えているはずであり、街と同数もしくはそれ以上いなければおかしい。


 勿論街道だって奴らの痕跡は残っていた。あたり一面もやがかかったかのように全ての植物にもやがかかっていた。ただそれは街も同じで、街道だけにいない理由にはならない。


 そしてここ一週間ほど奴らが現れなかったのは殲滅の完了を何らかの方法で察知し占領の準備だったといえば全ての辻褄が合うのだ。


 つまりゲチスはこの大陸全土の掌握の為に洗脳をした安全で有能な人物以外の全てを殺したのだ。


「ふざけるな!ふざける...んじゃねぇよ!」


 俺は裂けた喉から、声を絞り出す。

 怒りが体内で燃え上がり、ほとばしる。

 怒りは生命力となり、俺の体を突き動かす。


「あああああ、うぁあああああああ!」


 俺は声にならない声を上げ怒りのままに走り続けた。気がつけば服は破れ落ち、噛み締め叫び続けた口からは大量の血が流れ、無理に走り続けたせいで全身を筋断裂が襲った。


 それに気付いた時俺は倒れていた。


「くそ!動け...グフッ。動けよ。俺はここで死ぬわけにはいかないんだ。カイトの、両親の、おじさんの....無念のまま死んでいった人達の思いを殺すわけにはいかないんだ。」


 ゲチスの魔の手はジンに迫りつつあった。



「グレゾン元帥閣下!旧ケニアン領サルマイアにて生命反応が確認されたと報告します!」


「それは真か?アブカス大佐よ。」


「はっ!サルマイア方面に向かったブラックミスターズからの報告ですので間違い無いかと。」


 アブカスは滝のような汗をかいていた。にもかかわらず顔面は蒼白である。

 というのも彼はジンが奴らと呼ぶブラックミスターズの統括隊長であり、先日元帥に【新生都市ゲチス】以外の地域の生存者は確実にゼロであると報告していたのだ。


「で...ですが、生命反応が無いことが確認された後も数日は念入りに、調査しましたし...」


「それで、お主はどうするのだ?」


 言葉を遮られたアブカスは滝のように流れていた汗が一瞬にして止まり、そしてこう言うしかなかった。


「か...必ずやその生命反応の根源を断ち、首を持ち帰ります!」


「良い。もし失敗すれば解っておろうな?下がれ。」


 アブカスは流石大佐という地位を得ただけはある。元帥の圧力を受けてなお、その場から素早く立ち去った。ただ、今は秋だというのにその体から流れる尋常で無い汗と彼の真っ青な表情がこの上なく彼の現状を指し示していた。


「これは良くないな。その者は恐らく気配操作系技能の達人であろう。軍隊を見て余程動揺したと見える。それ即ち儂等ゲチスの真実を悟ったと思って間違いないだろう。ここは儂も手を回しておくしかない。万が一にも外海へ逃げられることになっては堪らんからな。」


 グレゾンは不敵に笑いながら秘書に指示を出したのであった。



「不味い!不味い!不味い!」


 彼は確かに生命反応が無いことを確認していた。だがそれが現実に間違いだということが示されてしまった。このままでは自分の首が飛ぶ。必ずやつを捕まえこの手で首を落とねばならん。

 季節外れの汗をかき彼は急いで指示を出す。


「生存者を囲い込むぞ!東方軍は【新生都市ゲチス】より南西に約200km旧ケニアン領サルマイアへ直行せよ。

 南方軍はサルマイア山脈を迂回して同領サルベキアに進軍!私はアブカス親衛隊を以てサルベキアの先ブルトー領ブルースカイへ向かう。出陣は明朝。かなりの強行軍となる。入念に準備せよ!」


 そして部下達が慌ただしく動き始める中、アブカスは思考を巡らす。


 かの者はかなりの錯乱状態であったと見える最後に反応が途絶えたのが、5000m級のサルマイア山脈の中腹付近であったというのだからな。現地の道に詳しいのなら話は別だが、あそこに留まっていたことから食料に困って別の街から移ってきた、もしくはそこに住んでいたとして地理を知らない者なのだろう。そうでなければ、早々に別の地に向かっていてもおかしくはないからな。親しき者がいた場合にはその限りではないか。


「とにかくだ。打てる手は全て打つ。布石は積めるだけ積むべきだ。」


 そして追加で部下に指示を出し、明朝ジンに向かって出陣していくのである。


 さてその頃ジンはというと、アブカスの予想通りサルマイア山脈の中を疾走し、全身から血を流しそして倒れていた。


 無理をして怒りに身を任せ山脈を走り続けたのだ。体中の筋肉が切れていても不思議ではない。

 一度倒れた体はもう指一本動かなかった。

 全身の筋断裂、出血多量による貧血、更には長期における寝不足と栄養失調。怒りに任せたとはいえここまで走れたことが奇跡なのである。


 そうして彼はふと思った。

 そういえばもう半年以上ステータスウインドゥの存在を忘れてたな...


「最期を迎える前に見てみるのも悪くない...か」

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