第2話 束の間の平穏

朝日が上り、夜を生き延びた人々が顔を出す。

 ここは中央広場だ。

 この街には選別後も3000人はいたはずなのだが、それも今となっては500人を切っていた。

 それでも生き残った人々は絶望と哀愁を漂わせながらも、生きている人を確認してゆく。


「はーい!まだ名簿の確認が済んでない人はここに並んで。確認が終わった人から今日の配給分の食料を渡すよー。」


 町役場のおじさんがどこか諦めたような笑顔で皆に呼びかける。


 奴らが現れた当初はいつ自分が死ぬかの恐怖で軽く恐慌状態だった。そこで絶望した者達は自殺や失踪をしてしまったため、そこでかなり多くの人がこの街からいなくなったのである。

 それを見て死の覚悟が決まったからかどうなのか次第に落ち着いた(諦めたともいう)対応を取れるようになり、今がある。当然諦めていない者も少ないながらいる。俺みたいにね。


 ただ、日に日に人が家畜が畑が奴らに侵されていくにつれて、この街の残りの人々の把握と無事な食料を各家々から集め、配給する形となったのである。

 この街には、安全な場所は既にない。奴らは霧状であるが故に何処へでも出入り出来る。それこそゲチスのような障壁でもない限り...


 食料も奴らに侵されるんじゃないかって?

 それは大丈夫。食料は基本的に命を失ってるから奴らに奪われるわけじゃないし、仮に奴らに侵された食料であっても侵された後数日のうちに処理すれば食べることができる。


 植物であれば生長が止まる。

 家畜であればその場に横たわるだけだから...

 とはいえ、毎夜奴らがやってくる環境で今となっては畑や花壇は余す所なく奴らが侵した植物が鎮座し新たな植物を育てるスペースは無く、育ててもその日のうちに犯されるから、新たに食料が増えるわけではないのだ。つまり今ある食料が全てなのである。


「おーいジン!何考え事してるんだ?お前早く並ばないと待ち時間が長くなるぞー。」


 自分と列を隔てた向こう側から声がする。

 幼なじみの少年カイトである。幼なじみというだけあって同い年でもあるのだ。


「ああ、悪い。今から並ぶよ。」


 と言いつつも列の最後尾であった。

 どうやら相当長く耽っていたらしい。


「カイト無事だったんだ。てっきりもう死んだのかと。」


 ジンは呆れつつも少し怒ったように言う。


「ジン....お前....毎回会う度に同じこと言うんじゃねーよ。無事に決まってんだろ!」


 どうやら決まり文句になっていたようだ。失敬。


「ハハッ。そうか。そうか。カイトが生きてて嬉しいよ。明日も話せるといいね。」


「そういうフラグは立てちゃいけねーんだよ!見てろよ。明日も絶って〜にお前に声かけるからな!」


 そんなやり取りの後、1時間ほど談笑したり今日の配給の予想をしつつ自分達の順番の待ち時間を潰し、ようやくその時が来る。


「ジンです。」「カイトです。」


 役場のおじさんに名前を告げる。


「ジンに、カイトだな。お前らでどうやら最後のようだな...今日は400と39人。昨日と比べて20人近く減ったな。」


「おいおい、そんなに減ってるのかよ!」


 カイトは驚いたように言う。


「これでもピークよりは減ってるんだぜ。奴らが現れた当初の恐慌の時に比べればな。」


 おじさんは途方に暮れたように言う。


「まあ、亡くなった人は残念ではあるが、とりあえずお前らは元気そうで何よりだ。空元気でも周りにいる諦めた亡霊のような奴らよりはマシだ。」


 普通の街ならそんな風に言われれば、周りから否定の一言でも上がるのだろう。だが周りは人がいるにも関わらず、葬儀のようであった。否、葬儀では供養の言葉がある分、葬儀の方がまだ活気がある。


「確認は以上だ。さっさと配給を貰いにいきな!今日は干し肉と干し野菜のスープだ。」


 おじさんの言葉に適当に返事して俺たちは配給を貰う。スープは若干の塩が入れてあるものの、ほとんど水だ。何故かって?ここから別の街まで馬車を使ったとしても一日以上かかるし、夜になれば奴らの餌食だからね。ゲチスに助けを求めるにしろ、ここから馬車で2週間。

 まあたどり着けたとしてゲチスは奴らを入れないために門前払いだろうし、他の街や村も同じ状況だろうから食料なんて分けてもらえないだろうけど。


 奴らが現れた後にこの街に来た人は役場のおじさんによるとゼロらしいから、つまりはそういうことなんだろうね。


 そんなわけで塩は日に日に無くなってる。食料は新しく作れないから有限。毎日人が減る。

 考えてても待ち受けるは絶望しかないよね。


「うっわ〜。味うっす。もう慣れたけど。」


 カイトが若干残念そうにスープを口にする


「そういうなって。このスープも高級料理だと暗示をかけて飲めば絶品になるんだ。」


 俺はそうであったらいいなと思ってそんな冗談を言う。


「ならやってみろよ。暗示だっけ?クソマズウスアジスープが美味くなるわけないだろ。」


「ふーご馳走様。」


 呆れたように文句をいうカイトを尻目に俺は一気にスープを飲み干す。


「っておいおい!暗示はどうしたよ。暗示はよっ」


 カイトも俺を見て急いでスープを飲み干す。


「さて腹ごしらえも済んだし、お互い今日の仕事といきますか。収穫あるといいね。」


 カイトに向かって俺はいう。

 ここで言う仕事と言うのは、奴らのいない今のうちに奴らに侵されていない動物含む可食なものや飲料水を確保するのだ。(とはいえ、ここ2週間ほど可食なものは見つかっていない)

 その後、死体の無い家または、死体がある家から死体を外に出して眠るのだ。夜は奴らが来るから眠ってる時が無いからね。

 ちなみに、街の中にいるハイエナやハゲタカも狩れなくはないんだけど、臭すぎて食えたもんじゃないんだ。香辛料とかあればまだ食べられたかもしれないけどね。とはいえそのハイエナやハゲタカももうかなり少なくなってるけどね...


「ああ、ジンもな。」


 その後カイトと別れた後、俺は気配遮断を使ってモヤがかかった森を駆ける。気配遮断を使う理由は、動物を狩るのに気配は邪魔だからね。

 といっても動物はいないんだけど。僅かな希望に賭けてもいいじゃない。


 ちなみに街で最後に鹿を狩ったのも俺である。今スープに入っているのは俺が狩った鹿の肉なわけだ。

 そして何事もなく奴らの森を抜け、小川で水を汲み街へ戻る。勿論色々探っては見たものの、生き物自体がいなかった。


 そんなことをして役場のおじさんに会いに行く。俺の技能が周辺の偵察に1番向いているから、俺は他の人の仕事に加えて周囲の状況調査並びに報告も兼ねているというわけなんだ。


「おじさん、やっぱり生き物の足跡や気配すらなかったよ。あるのはもやがかかった植物だけだった。」


「そうか...それは辛いな...今ある薄味のスープを出し続けるとして今の人数でもう食料は3ヶ月分。この調子で人が減っていけばあと半年は保つだろうがそこまでだな...」


 おじさんはとても辛そうに言う。

 俺は言葉が詰まる。街長が死に、その後を纏めて来たおじさんの重い言葉に返す言葉が無かった。


「そんな辛い顔すんなって!まだ生きてれば希望はあるさ!最悪お前は気配遮断の技能を使ってどこか遠くへ逃げちまえ。その時は俺がお前は死んだことにしておいてやるからよ。」


 おじさんが無理してそう言っているのが嫌でもわかった。それでも俺はいう。


「そんなこと出来ないですよ...この街には希望はないけれど、恩があります。18年この俺を育ててくれた恩が。それを裏切ることなんて考えられませんよ。」


 そんな報告を終え、俺は家に戻る。両親と会いお互いの無事を喜んだんだ。そして軽く会話してその日は眠りにつく。

 今夜もまた奴らから身を隠す生き残るための戦いに備えて。

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