13:可能性を盾にこちらを拒絶する君に届ける言葉

 先交屋先生と栄を乗せたタイムマシンが墜落をして、当初とは違った意味で猶予が無くなっていた。


 急を要する、ということで天目さんが自家用の燃料噴射式キックボードを貸してくれて、俺は多田羅山を駆けのぼっていく。普段使いで学校にも乗ってきていると言っているが、上半身が持っていかれそうなほど加速するのはどうだろうか。道交法に違反してはいないだろうか。


 ちょっと深刻な疑念が生まれはしたが、そんなことより、二人の安否だ。

 ジェットエンジンの噴射音をがならせ、夜の冷たさに頬を裂き、先を急ぐ。

 向かうのは、多田羅山公園。


 目算であるが天目さんが「また、わしの家の辺りじゃのう……また……」と遠い目をしていたから、間違いない。だって神様が言っているのだから。

 都合の良いことに、公園までは人通りが少ないがアスファルトは敷かれており、障害も目撃者もいない。

 遠慮なくかっ飛ばし、公園入口、砂利となる境に至ってキックボードを乗り捨て、


「見つけた!」

 幸運なことに、目的の飛行物は公園内に着地していた。当初の目論見では展望台から行方を探るつもりだったのだが、手間が省けたことになる。

 駆けつけるにつれ、しかし故にはっきりとしてくるのは、その様相が無残であること。


 美しい曲線は、強い力で焦げ、風穴が開き、焼けた煙をたなびかせる。

 力強い全景は、底板の球体の一つがひしゃげ、大きく傾き、不安定に揺れる。

 未知の輝きを放ったシャッター型ドアは、その歯止めがいかれたのか、だらしなく口を開け放っている。

 そして、その出入り口で、倒れ苦し気に眉を寄せる先交屋先生と、


「栄!」

 そんな彼女を助け起こす、愛おしい幼馴染の姿を確かめるのだった。


      ※


「幸ちゃん……」


 倒れる時空警察の背を支える彼女は、困ったように俺の顔を見つめ返してくる。

 世界が抱える難問を、全て背負い込んだような顔色だ。

 俺には、許すことができない色である。ハッピーエンドを願う俺を、逆撫でしてくる眼差しである。

 だから、


「未来ってのは、ずいぶん勝手だ」


 怒りで以て、歩を進めていく。

 気配から、ボルテージの高まりに気づいたのだろう、幼馴染が、息を呑んで困り顔を濃くする。このあたり、以心伝心なのはさすが付き合いが長い。

 誇らしく、だけど、だからこそ胸の内を吐き出さなければならなくて、


「前触れもなく顔を覗かせて、俺とは付き合えない? 犯罪だから連行する? 勝手に決めて、相談も打診もせず、安全だからと蚊帳の中に置いてけぼりかよ」

 勝手が過ぎる、未来からのご宣託を殴りつけなければいけないのだ。


「可能性は」

 未来からきた警察が言うに、

「可能性は未来からしか観測できない分岐だ?」

 あったかもしれない、という蜃気楼なのだと。

 だけど、俺は、


「バカにするな! 未来を知っているお前らが、その情報の優位性で、今現在を生きる俺の視線の先を軽んじるっていうのなら、それは大激怒に十分だぞ!」

 怒るのだ。


 可能性は、先を見てきた者が図る尺度なんかじゃなくて、自らのこの手に輝く無形の道程なのだから。

「言っただろ。先生に向かって言ったつもりだったけど、今度は栄。お前に伝えるぞ」

 歩みは止めない。

 だから、腰を下ろしたままの幼馴染の眼前まですぐに辿り着き、


「往く道が未舗装だろうが、穴という穴にハッピーをねじ込んでやる! そうして、ハッピーエンド迄の道を敷いていくんだ!」

 力強く宣言すると、困った顔の愛おしい人に視線を合わせるためにしゃがみ込んで、


「その道行を、お前と一緒に歩きたいんだ、栄」


 いまにも泣き出しそうになってしく瞳を、逃がすまいと視線を注ぐ。

 足掻くと。

 皆に背を押され、頬を叩かれ、兎に角もハッピーエンドを目指すと。

 目指すために、目一杯に足掻くと。


 そう決めて、ここに至ったのだから。


      ※


「ダメ、だよ、幸ちゃん……」

 拒否はわかっている。

 次の言葉も、


「世界が滅んじゃうんだよ……」

 力ない言葉も、わかっている。

 わかっているから、


「大丈夫だ」

 反証の用意も十分だ。


「もう、これ以上のタイムリープはよせ。それで、問題の八割は解決するはずなんだ」

「え?」


 まなじりに涙を溜めながら疑問をつくる栄に、

「バッドエンドは、お前が未来の過激派に狙われ、俺が庇う事で発生するんだろう。なら、いまからでもその可能性を減らしていけばいい。な? 可能性は未来から見た分岐点なんかじゃないんだから」

 我ながら完璧な理論武装であるが、幼馴染は、でも、と否定を重ねて、


「もう、何回も使っちゃったし、もう遅いよ……」

 だけど、こちらの言葉に信を置きたいと揺らいでいるようでもあって、

「大丈夫だ」

 ダメ押しをねじ込む必要があるから、


「お前を狙う奴は全員とっ捕まえて」

 そのうえで、

「全員、俺の味方にしてやる」


「え?」

「栄が言ったんだぞ、俺はこの先、わけわからん連中とも縁を作っていくって。なら、未来の過激派ぐらい、どうにかしてみせる」

 彼女の、小さな温かな手を取って、

「だから、もうタイムリープは必要ないんだ」

 だって、


「俺が、世界を守るんだから」


 彼女の指が、驚いたように少し開いて、それから強く握り返してくる。

 言葉は伝わったのだ、と確信して、

「もう一度言うぞ」

 望むのなら、何度だって言ってやる。


「栄、好きだ。一緒に居たい。一緒に居てくれ」

 大きな瞳が、ひどく濡れて溜まり、


「うん……うん! 好きです、幸ちゃん! 幸ちゃんのこと、好きなの!」

 こぼれて溢れた。


 きらきらと、夜の空に輝きながら。


      ※


「今の言葉、つまり、君の本心ということだな、虹珠?」


 抜けるような夜の空の下。

 手を繋ぎ、幼馴染と想いを伝いあえた俺たちは、栄が抱いたままにしていた先交屋先生の言葉を聞く。


 どこか痛めているようで呻くように揺れているが、けれど薄く固い笑みは変わらず。

 だから、彼女の問いは俺の覚悟へ挑むように聞こえてくるから、


「はい、ええ。心からの言葉ですよ」

「幸ちゃん……嬉しい……!」

「なるほど。確かに受け取った」

 誤解のないことを肯定し、追認され、


「タイムマシンを撃墜したことといい、見事な宣戦布告だよ。思い切りが良い」

「幸ちゃん……カッコイイ……!」

 未来を知る二人の誤解が判明し、次いで当方の重過失を思い出し、毛穴という毛穴から冷たい汗が噴き出して、告白成功にのぼせる頭へ冷や水がぶちまかれるのだった。


      ※


「つまり、ビームは事故だったと」

「安ちゃんが一人で盛り上がったんだね……」

 通告なしの先制攻撃が誤射である旨を土下座で説明する機会を設けてもらい、どうにか誤解はほぐすに至った。


 先生は、破壊光線の打撃と墜落の衝撃で半壊となったマイカーに、冷たい視線を送りながら、

「とはいえ、巻・栄の罪状が消えたわけじゃあないぞ」

 お前が望むハッピーエンドには足らないものがある、と冷たく指摘。


 それは現状の最初に提起された問題であり、この先の振る舞いや対策では解決しない。これまでに重ねた罪である。

「罪は罰で贖わなければならない。私の、栄を法廷まで連れだす義務は残ったままだ」

 見れば幼馴染も、反論の余地なしと、暗く顔をうつむかせていた。


 どうするんだ、という先生の詰問に、だけど俺の答えは、

「決まっているでしょ」

 むしろ栄も先交屋先生も、なぜこれまでの会話を聞いたうえで、些事を問題とするのか。

「罪は贖う。そのためにUFOを修理して、先生が未来に帰れるようにします。そのうえで先生を弾劾する言葉からの盾になりますよ。弁護人、擁護者、好きに呼んでもらって構わない」

 意外だったのか、酷薄な笑みが、驚きに呑まれて溶けた。


 俺の見立てでは先生も、未来の時空渡航関係の法律に抵触しているはずなのだ。

 未来を救うと奔走していた栄とは別に、俺にそれとない助言をいくつも手渡してきているのだから。

 真上の時も、今日に栄を探している時も。

 どんな訳があったのかは知らないけれど、助かったのは間違いがなくて、だから、


「俺は、先生のことを味方にしたい」

 なんだか幼くも見える目を見開いた顔に、宣言をする。

「だからもはや、嫌だやめろと泣き喚こうと、ハッピーエンドに叩き込んでやりますよ」

 そのためにも、


「タイムマシンを直しましょう。俺たちの可能性を示すために」


      ※


 ビームによる撃墜という、未来人でさえ予見しえなかった状況に、俺たちはいる。

 つまり、未来からなんか可能性を観測などできやしないという証明なのだ。


「……負けたよ」

 驚きに開かれていた少女のような面持ちが、薄い笑みへと潰れるように戻っていき、

「わかった、味方になろう。お前も、約束を違えるなよ」

「当たり前だよ、先生! 幸ちゃんは約束破ったりしないもん! 今だって岳ちゃんの足の裏ペロペロ……」

 ストップ。ストップだ、マイラバーガール。いまはそういうフェイズじゃない。


「虹珠、お前……彼女がちゃんとできたんだから今後は……」

「違うの先生! ペロペロしないと世界が滅んじゃうんだよ! あと水奈ちゃんとキスしなきゃだし、安ちゃんのこともギュッとしてあげないといけないの!」

「……私が思っていた以上に、世界は薄氷の上に楼閣を築いているんだなあ」

 氷の色はピンクか、なんてしみじみ呟くから、やめてくれよ、いたたまれなくなるだろ……!


「先生はどうする?」

 どうするってなんだよ。

「考えておくよ」

 そこは断ってくれよ、教職員。


「まあ、今日のところは」

 先生が揺れる足元を確かめながら立ち上がり、一度傾くマイカーを見やって、

「一件落着で、家に帰るとしようじゃないか」

 それから、公園の入口へと視線を投げる。

 ちょうど、がやがやとやかましい話声が聞こえてきて、

「みんな、追いついてきたみたいだね」


 栄が言う通り、でこぼこなシルエットが歩み寄ってきていた。ちょっと発光しているから、なおさら影が濃く見えるのは、幸か不幸か。

 けれど、先生が言う通り一件落着であり、

「頼むぞ、虹珠。私のことをうまく説明してくれ」

 なんてプレッシャーが掛けられる。


 そう、助け助けられた彼女たちには、いろいろと伝えなければならないことがある。

 その中にはとても大切な言葉があって、


「まずは、付き合うことになった報告をしなきゃな」

「うん!」

 ようやく手をつなぐことができた愛おしい人と、秋の星空の下で微笑みあうのだった。

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