12:遠のく君に声を手を届かせるには

 ああなりたい、と言ってもらい。


 だけど、なれはしないのだと突き付けられて。


 望みを果たすなら、俺が俺でいるせいで、不幸せが世界に広がるのだと。


 幼馴染は、泣きながらそう言って、俺を夜空に解き放った。


 プールに飛び込んだばかりでずぶ濡れな体を、冬を匂わせる乾いた風が裂くように叩くように、なぶってくる。

 見つめる先は、遠のいていくタイムマシンの姿。

 彼は離れ、多田羅山の頂方方向へ向かい、俺は落ちていく。

 相対で距離が作られていくから、あっという間だ。

 抗うように伸ばしていた手が、定める先を失って、力なく垂れ下がってしまう。

 なぜなら。

 つまるところ、俺は愛しい幼馴染に望まぬ拒絶をさせてしまい。


 挽回しようにも、あんなにも遠くへ行ってしまっていて。


      ※


 周りの高度から、間もなく地表に辿り着く頃合いなのはわかっていた。


 落下距離は、十メートル以上。大怪我、どころか死すら視野に入る。

 けれど、受け身を取る気にもなれず、加えてタイムリープができる栄のしたことだから何かしら解決するのだろうと、落ちるに任せていた。


 諦めていたのだ。

「虹珠くん!」

 そんな力の抜けた俺に活を入れるよう、名を呼び、光を放ち、

「大丈夫です!」


 安貞さんが、その身を躍らせて、俺を抱き受けてめてくれたのだった。


      ※


「ご無事ですか?」


 笑顔の安貞さんが、こちらを気遣ってくれる。

 自分の五体は無事であると伝え、


「なんでこんなことをしたんだ!」

 彼女の五体が、無事でないことを確かめる。


 左腕がひしゃげ、肘から骨格とケーブルが突き出し、胸部から腹部にかけては大きく潰れてしまっているのだ。足も右足が千切られ、アスファルトに転がされている。

「落下衝撃を消すために空隙を利用したんですが、ちょっと失敗しちゃいましたね」

 ボディの隙間にある空間をクッションにした、のだが勢いを殺しきれず、他のパーツを潰しながらパージするしかなくなったのだとか。


 なんにしろ、悲惨な姿に変わりなく、

「ごめん、俺のせいだ……」

「なにを言っているんです。原因はUFOでしょう? それに、この体は、直せばすぐに元通りですよ。だから、泣きそうな顔をしないでください。」

 見つめ返す彼女は、顔を赤くして、

「こんな至近距離でそんな顔されちゃうと、その……我慢が臨界に」

 発光を開始した。


 これだけボディが潰れていても、砲門は無事なんだな……

「ほら、皆さん追いついてきましたよ」

 言われてみれば、確かに人影が坂の下からこちらに向かって駆けていた。

 三人とも、こちらの安否についてをぶら下げながら。


      ※


「なるほどな」


 俺が落下したのは、多田羅山を横断する道路上だったらしい。距離感覚を完全に失っていたからしばらく飛んでいた気がしたのだが、想像以上に足は遅いようだ。

 街灯の下で、事情をありのまま説明すれば、


「つまり、栄は、お前を助けるために、先生に連れていかれたってことか」

「先輩は、知らずに加担させられていたから目こぼし、ってことっすね」

「実際に罪を犯したのはマッキーじゃからなあ。代わりに、ともいかんのう」


 全員が、難しい顔をして遠のいていくUFO型タイムマシンを見上げる。

 ちょうど、道路として開かれた先にその姿があって、ぺかぺかと信号を発していた。目的地が山頂なのか、その距離はあまり離れていない。


「それで、虹珠くんはどうするんです?」

 伊草に抱えられたアンドロイドが、負傷など問題ないように変わらぬ調子で小首を傾げてくるから、

「どうもこうも……決着はついたよ」


「決着っすか?」

「ああ。未来の人が捕まえに来たってことは、この上ない証明になるだろ。一緒になれば世界が滅ぶ」

 威勢よく啖呵を切りはしたものの、幼馴染自身の手で拒絶されたことが、決着である。


「俺がいるだけで、ハッピーエンドにはならないんだ。栄を取り戻しても、それだけじゃだめなんだよ」

 初犯で、法令施行以前の人間であるため、情状酌量は大きい、と先生は言っていた。さほど長い時間をおかずに、彼女は俺の隣に帰ってこられるだろう。

 けれど、


「そのままじゃあ仲の良いお隣さん止まり、じゃろうなあ」

 俺の気持ちも、彼女の気持ちも、果たされることのないハッピーエンド。

 だけど、それが最上だと、胸に収めようとしているのだ。

 そこに、


「ふざけんなよ」

 真上の怒りが、拳のかたちで叩きつけられてきた。


      ※


 俺の頬へ一発入った姿に、


「グーっすか、真上先輩……」

「パーじゃいかんのか……」

「うわあ、完全に白目剥いてますよ!」

 ヒイて、ヒイて、光っている。古代文明のオーパーツは、ちょっと価値観がわからない。


 けど狼の激情は外野の反応なんか一顧だにせず、ぐらついた俺の襟首を捕まえると、

「お前がこっちに何をしたか、何を押し付けてきたか忘れたのか!」

 犬歯を剥き出しに、吐息を迫らせて来る。


「てめぇのことになったら、あっさり諦めるのかよ! おい! 暴力的になにもかもハッピーエンドにしてみせろよ!」

 胸を叩く言葉だ。


 まさに、先交屋先生に向かって投げつけた啖呵がそのまま。

 けれど、栄に拒否をされて終わってしまって、

「相手を慮って、だあ? お前、私のことをめちゃくちゃにしてまで、ハッピーエンドに連れ込んだんだろ!」

 怒りの否定に、


「メチャクチャ……⁉」

「安貞先輩! UFOより目立ってるっすから! いや、誤解の余地はないくらいそのままの意味でメチャクチャされちゃったらしいんすけど!」

「誤解の余地が無い……!」

「パパ、真神の眷属に変な性癖を仕込みおって……」

「性癖……!」

 周りがすごく明るくなっていく。


 ちょっと直視したくない輝きであるが、真上の真摯な怒りは他の余地なくはっきりとわかる。

 確かに、彼女の言う通りだ。

 他に押し付け、自分にはその強引さを適用しないなんて、欺瞞だ。

 目元に力を入れ直し、


「……わかった。もう一度、栄と話をしてくる。俺の本心をちゃんと伝えてくるぞ」

 狼も、犬歯をおさめ、目元を笑いに曲げ、


「甘っちょろいこと言うなよ。引っ掴んででも、隣に連れてこい」

 言い草に、思わず笑ってしまう。

 方針は決まった。なら、どうするか、の段階だ。

 見上げた先、宇宙船型のタイムマシンは夜闇に隠れて滞空している。どういう意図かわからない、小さな信号灯が点滅していて、それが目視の頼りだ。

 栄に手を届かせるに、この距離をどうにかせねばならず、


「あれ? なんか光ってないっすか?」

「発生している光が、遮蔽しきれていないんじゃろうかの」

「え? それって……どういうことです?」

「何かの装置を駆動させるために、隠し切れない膨大なエネルギーを発生させているんじゃろうなあ。隠し切れないってことは、無理をしているってことで、無理が必要ってことは必須の装置ってことじゃ」

 つまり、


「つまり、時間跳躍装置が動き出したってことじゃな」

 制限時間が切られたということ。


      ※


 天目さんの指摘が終わるや否やで、俺は駆けだそうと、濡れた靴底をアスファルトに噛みつかせる。


「待て! パパ、ここから山頂に着くまで、余裕があるとは限らんぞ!」

 が、呼び止められて、

「だけど、じゃあどうしたら!」

 悔しいが、無策であることを披露する。


 受けた天目さんは笑い、周りの注目を浴びながら、

「パパの、自分の手だけでどうにかしようとする姿勢、大好きじゃがの。なに、個々人にはそれぞれ限界もある。自分は届かなくとも、隣の誰かなら手が長いかもしれんじゃろ」

 つまり、発明が趣味の鍛冶神には方策があり、手があるのだと。


 意外な言葉で、頼れと言われた俺は、目頭が熱くなってしまい、こらえようと頬に力を込める。

「そんな顔をするでない。安貞じゃないが、変な気持ちになってしまうじゃろ」

 冗談めかしながら、ぶら下げていた鞄に手を突っ込む。

 きっと、一発逆転のチートアイテムが飛び出すのだ。

 ありがたくて、うれしくて、その様子をまじまじと見つめていると、


「ダメです! 虹珠くん、そんな顔をされちゃうと、私、私ぃ……!」

「え?」

 伊草に抱かれた安貞さんが、変な気持ちを昂らせていて、


「両手が動かないからこんなはしたない姿も隠せないなんて! 見ないで! 虹珠くん、こんな私を見ないでください! あああああああっあっあっ!」

「え?」

 クライマックスに至って、ビームを発射。

 極太の光条は、


「え?」

 高い夜空を切り裂き、アダムスキー型UFOを直撃していた。

 吐息を熱く、満足げに脱力しているロボットの様子に、


「……パパ、一応わしの発明品も見ておくか?」

「……後でぜひ。それより、今の無かったことにする発明品とかありません?」

「冗談きついのう。ほれ、目の前にあるじゃろ。あの煙を吹いて墜落しておる……」


 必要なのは消火器と救急車かな……なんて、少しばかり現実から目を逸らしても仕方がないと思うんだ。

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